50. 深淵の扉
― 前回のあらすじ ―
新宿歌舞伎城地下深くから通じる遠い異世界
高鉄人の作り出した桃源郷に幽閉された王義明と劉蘭花
王はシンの申公豹に呼びかけ
蘭花は再び相馬吾朗に助けを求め祈る
狭い地下通路に、五十余体もの超常の者がひしめいていた。
その数は神族同士の総力戦でさえ、ほぼあり得ない異常な数である。
数だけなら、睦樹に倒された蟲使いが使役した雑魚妖虫どもの方が多いが、あれらは超常の者ではない。
常世に帰属していないからだ。
それらは虫の幽霊のような存在といえる。
がやがやと煩いが、喧嘩をすることもなく、互いに仲が良いというのもなかなかない。
それは極めて強いカリスマ性を持った指導者に従っているからだ。
彼らを導く者は使徒ではない。
元使徒だった妄鬼である。
これまで現れた妄鬼は、超常の者を従えたことがなかった。
それは本来あり得ないことだ。
なぜなら妄鬼は、その目に入るすべての生命を、破壊し尽くしたからである。
ゴロー鬼――もと、相馬吾朗だった者……その妄鬼は、本体の彼にさまざまな怨霊が習合して成った存在だ。
それが五十もの超常の者を従え、この歌舞伎城地下ダンジョンの深淵に到達している。
彼らはゴローの名を呼び助けを求める声に反応して、ここまで引き寄せられて来たのだった。
相馬吾朗が妄鬼になったのも、彼に助けを求める声がきっかけだった。
二日前、彼は歌舞伎城で澁澤教授に召喚された悪魔アスモデウスに討たれた。
その死の間際に、水生那美が発した助けを求める言霊に感応する。
相馬吾朗はすぐさま駆けつけられぬ己を責め、この世に猛烈な執念を抱えた。
それが無ければ、そのまま隠世に関わる記憶と使徒の資格を失い、ただの人に還っていっただろう。
那美への強い想いが、自責の念が、彼をして妄鬼へと変化させたのだ。
今や三メートルもの巨躯となった彼らの目前には、強力な結界錠の術式で守られた一つの扉があった。
つい先ほど、新たな《声》がここから聞こえたのだ。
ゴロー鬼はそれを受け取ると、吸い寄せられるようにここに辿り着いた。
錠の掛けられた扉を開けるには、鍵が必要だ。
これが常識。
だが、扉には鍵穴すら存在しない。
結界によってそれさえ封じられているのだ。
しかしもうひとつ、一般的に扉を開ける手段がある。
扉ごと壊せばよい。
ところが先ほどから力づくで開けようとしても、ぜんぜん通用しない。
まるで扉のふりをした壁であるかのように、微動だにしないのだ。
超常の者の中でも力自慢が次々と挑戦してみたが、ことごとく失敗した。
最後にゴロー鬼が殴る蹴るでひと暴れしたが、それでもまるで効かない。
超常の者たちからも失笑が起きたが、本人も「こいつは手強い」と、相好を崩していた。
次に茅野姫が根を侵入させようと探ったが、扉と壁の間には剃刀の刃すら入る隙間もなく、壁もまた傷ひとつない防壁となりそれを阻んだ。
こうなると、結界術式の錠を、何とか魔術的な方法で解呪するしかない。
境界を司り、扉の神でもある岐神の出番だ。
細身の体に着物を羽織り、開いた裾から白い褌が垂れているのが見える。
非常に古い神だが、若々しい姿をしている。
男のようで女の色香がある、狭間の神らしい両義の姿なのだ。
優美で艶めかしさすら感じる指先が、扉に優しく触れ探っていく。
すると、今まで無かった鍵穴が顕れ、恥じらうように震えた。
岐神の白い人差し指が、すうっと細く靭やかに変質する。
繊細な指先は鍵穴を捉え、音もなく滑り込んでいった。
機構の奥に施された封印の術式に接触すると、それをじんわり解いていく。
カラクリの錠が動き、カチリと音を立てた。
しかしまだ開かない。
錠の封印はひとつではないのだ。
「ゴロー殿、解錠しているのを敵に察知されたようだが……」
「構わん、続けてくれ」
次の術式に取り掛かる。
同系統の封印なので、容易く開いた。
だが、まだ終わらない。
残りを一つずつ解除していくと、六個目を解いたところで、最初から三つまでの封印が再び閉じてしまった。
「やりおるな……」
「どうしたどうしたガァ、クナトの旦那ぁ~。もう降参ガァ~?」
烏天狗が茶々を入れるが、岐神はニヤリと笑う。
そして十本の指すべてを細く糸のように変異させると、鍵穴にそっと差し込んだ。
繊細な十の指先から、同時に十の異なる開錠の術式を展開する。
たちまち十の封印が解けた。
そして次の十に取り掛かる。
しかしそれでも足りなかった。
錠を護る術は巧妙に罠を張っており、仕掛けた端から、解いた封印を潰されていく。
残念そうに、岐神は指を引き抜いた。
「封印の術そのものは大した強さではない。だが、実に巧妙な罠が十重二十重と張り巡らされておるのよ。一つを開錠しても、他を開けているうちにまた閉じられる。少なくとも十二の錠を一斉に解呪せねば、これは無理よのぅ」
「ガァ、足の指を足せ、クナトの旦那ぁ」
「ハハハ、わしの足はそれほど器用ではない」
ゴロー鬼は岐神の解析に頷くと、改めて問うてみる。
「術式ごと錠を破壊できないのか?」
「わしは壊すための強い術は、持ち合わせておらんのさ」
「そうか……では姫よ、根を鍵穴に入れてみてくれ」
「やってみるの」
茅野姫は、その強靭かつ繊細な根を張る権能によって、内側から錠を破壊しようと試みた。
※ ※ ※ ※
深淵の扉へのアプローチを、遠く離れた場所で察知する者がいた。
このダンジョンには結界を用いた監視システムがあり、重要なポイントのみに設置されている。
そのひとつが、深淵の扉にもあった。
扉には錠とは別に幾つかの微弱な結界が張られていた。
それが次々と破られていく。
何者かが扉をこじ開けようとしているのが、結界を張った術師の知るところとなる。
それはすぐさま、新宿歌舞伎城の支配者としての印璽の持ち主、摩天楼の最上階から外界を睥睨する高鉄人にも伝えられた。
「何と? それは何者の仕業です? まさか天津神どもではないでしょうね?」
「いえ、まだそれは判明しておりません」
高の純白のスーツとは対照的な、サングラスに黒のロングコートの結界術師が、左掌で右拳を包む拱手礼をしながら報告する。
「深淵の扉はまだ破られていないのですね?」
「はっ、侵入者は扉の結界錠の機構を、まだ突破できていません」
「しかし、いつ破られるか分からないわけですね、ハイ」
高は焦りを隠せない。
そうしたところも、指導者としての器が問われるのだが。
「今も破られつつありますが、私の仕掛けた術式で自動的に修復されます。今のところはまだ何とか防いでおります」
ゴロー鬼が暴れた時点で、最初の結界が破られ警報が出されていたのだった。
そして、この時すでに岐神が封印を解きだしている段階だ。
仙族の結界術師は、極めて迅速に対応したといえよう。
「地下に配した蚩崇民と莫麗詩を直ちに急行させなさい」
隣に控える副官の女使徒に命じる。
「それが……両名とも連絡がつかないのですよ」
青いドレスを着こなした何清月が、艷やかなワンレンを掻き上げながら眉根をひそめた。
「ええい、奴らは何をしているのですか。これは懲罰対象ものです」
「二人とも激気まぐれやからねぇ~」
むさ苦しい格好をした年齢不詳の男――羅景雲が、茶化すように言う。
伸び放題の頭髪は後ろで縛り、口髭と顎髭を、せっかく古風に細く長く伸ばしているのに、無精髭が混じっている。
手にした煙管からは、甘い香りのする紫煙が立ち上っていた。
高が幾ら禁煙だと注意しても、綿に拳みたいなものだ。
美味そうに煙を吐いている。
「変だよね~。蟲郎も屍姫もあのクッソ穴蔵、激お気に入りでな、ずっと動かんかったのにさぁ~」
「もしかして、侵入したという天津神使徒四名に撃破された可能性はありませんか?」
「いや、それはあり得ません。罠も存分に張り巡らせてありますから、ハイ。逆に返り討ちにしているはずです」
「はっ、その通りありますとも。転送の罠に見事に全員がひっかかり、バラバラの場所に送られました」
「はははは、死神兵どもの瘴気にやられて、正常な判断ができなくなっていたのですね、ハイ」
「それは見事なご采配ですわ」
高鉄人は、事前に天津神使徒四名が入り込むという情報を得ていた。
そのため隠世時間で四時間ほど前に、直々に出向いて二人に警告し、作戦を指示していたのだ。
莫麗詩は姿を見せないため、正確にいえば、片方は家令の梁玄白に対してだが。
「悪魔族に奇襲されたなんてこと……ないでしょうか?」
「いや、悪魔族の動向は注視しているのですよ、ハイ。今のところおかしな動きはないはずです」
「万が一も考慮すべきかと」
「そこは大丈夫。心配には及びません」
何清月は、常に最悪の可能性を想定して手を打つ優秀な副官であるが、緊急時には焦って行き過ぎることもある。
「もしかすっと、互いに潰し合ったりしてな。那幾個娃児、激仲悪だったからなぁ~……へっへっへっ」
高は羅が他人事のように面白がるのを、眉間のシワを増やすにとどめ無視し、清月と対策を協議する。
「今かき集められる使徒は何人ですか?」
「私と羅を含めて八名おりますが、主上をお守りするため、ここに最低でも二名は残さないとなりません。動かせるのは六名になりますわ」
「いや清月、貴方だけ私と残りなさい。七名を派遣し、速やかに敵を排除し問題を解決するのです」
「大丈夫ですか? もし地下が陽動作戦だったら……」
「ははは、もしそうだとしても、私は逃げ足だけは速いですからね、ハイ!」
「むしろ全員で移動した方が、安全ではないでしょうか?」
そう言われて、高鉄人はある懸念に気がついた。
敵は深淵の扉を開け、王義明を解放しようとしていた。
あの場所に奴が幽閉されていることを、他神族の使徒は知らないはずだ。
通常なら情報が漏れようがない。
そうなると、仙族の中に内通者がいるということになる。
もしかすると、今動員できる使徒で、何清月を除く七名のうちの誰かかも知れない。
まさか二名以上ということはないと思いたい。
こうしたとき、手勢を分けるのは下策だ。
裏切り者を抱えつつ監視の目を向け、最大戦力でそれを抑え込むのが最善手だ。
「よし、全員で行きましょう。他の者に至急通知を。五階のエレベーター・ホールに集合です!」
「はっ、直ちに」
黒服が拱手しながら、深く礼をして去っていく。
「羅先生、貴殿も来るのですよ」
「へいへい、こんな面白そうな案件、放っとくわけがないさぁ~」
「面白がっている場合ですか」
「あ、そうそう、俺は裏切り者じゃないぜ~。信じるかどうかはあんた次第だがよ……へっへっへっ」
羅は自分と同じ推論に辿り着いていた。
しかしあえて自分からそれを言うのは、自ら怪しいことを表明しているようなものだ。
だが、羅は下らない嘘は吐くが、行動に芯は通っている。
彼が裏切る道理がない。
「信じましょう」
短く断じると高は踵を返し、足早に最上階のエレベーター・ホールに向かった。
何清月がそれに続く。
「へへっ、あんたみてぇなのは、嫌いじゃねぇんだよ」
羅景雲は腰を上げると、道服の裾を引きずり杖を突きながら、ひょこひょこと軽快に付いていく。
「理想掲げて足掻いてるやつはよ、見てて退屈しねぇからな……とはいえ……」
しかしその表情は、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。普段がとぼけた表情なだけに、それはひどく滑稽にも、哀しそうにも見える。
「こいつは、面白がっておれんかもなぁ……へっへっへっ」
そう言いながら、頭をボリボリ掻いてフケを盛大に散らす。
羅景雲の見た目は悪い。
清潔感なく、ぱっと見だらしない中年にも見えるが、まだ三十二歳の若さだ。
ちゃんとした格好をすれば、ものにとらわれぬ飄々とした感じが、女子ウケしそうな好青年に化けるだろう。
しかし何より妖獣使いとして、味方からさえ恐れられる存在だ。
仙族位階第三位だが、実力は高鉄人を上回る。
二位は高に位階を譲ったうえで桃源郷に幽閉された王義明だから、戦力では実質仙族トップとなる。
歴戦の猛者である彼は、蟲郎も屍姫も撃破されたか、もしくは裏切ったと見ている。
それだけ敵は強大だと判じていた。
しかし、仙族精鋭の彼らがこれから対峙する相手は、辛うじて蟲と屍の二使徒に勝利した者などではなかった。
さらに強大で底しれぬ存在であることは、さしもの羅景雲ですら想像だにできなかった。
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~~ ハイキング編 その3 ~~
那美「着きました~!」
えにし「電車に乗ってるうちに夜が明けたぞ!」
あや「5時50分ね。さすがに山の朝は清々しいわね」
那美「え? もうそんな時間! 急がないと!!」
吾朗「ランファ、着いたぞ、起きろ」
蘭花「ムニャムニャ……ゴローの家、着いたデスか?」
吾朗「何寝ぼけてんだ! ここは高尾の山の麓だ」
蘭花「は? なぜウチは山にいる?」
吾朗「さあな、那美に聞いてくれ」
蘭花「ナミー、なぜウチはお山にデスか?」
那美「そこに山があるからよ」
蘭花「おおー」
えにし「なぜ? おお?」
那美「さあ、みんな、私たちには時間がないの! 走るよ!!!」
四人「「「「えええええ~~~~!!!!」」」」
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51話は令和8年5月17日日曜日更新予定
できたらそこそこお楽しみに!!




