悪役令嬢は役目を果たす
大変ハンサムで性格もいい兄にエスコートされ、宮殿で開催される舞踏会へ向かうことになった。
兄が着ているテールコートは、黒の王道なもの。だが使われている布が上質であるし、タイにつけている銀細工の宝飾品は繊細なもので、珍しい貝を使ったカフスボタンをつけている。さりげなくお洒落で、洗練されていた。
その兄に同伴されている私は……。
これまたメイドに「本日は、お嬢様お気に入りのデザイナーの新作が届きましたので、これですよね!」と押し切られた、もうド派手なドレス。ベースとなる色は淡いピンク色なのに、スカート部分には花柄の五段ティアード、ワイン色のフリル、そしてウエストを飾る巨大なシルクサテンのリボン。オペラグローブもワイン色、一度見たら絶対に忘れないドレスだ。こんなドレス、この世界で似合うのは、エリノアしかいないと思う……! そんな一着だった。
そう。
今、まさに宮殿に到着し、私は兄にエスコートされ、舞踏会の会場となる大広間に向かっていた。
皆、まずはそのド派手な私のドレスに目がいき、それは見なかったことにしようと視線を逸らした瞬間、兄に気づく。男性は「ほう。立派な若者だ。どなたかな」となり、兄を観察する。女性は「まあ、なんて素敵な方」と、目を輝かせる。
兄がコール公爵家の紋章入りのポケットチーフを、分かりやすく胸ポケットに入れてくれているので「あれはコール公爵家の次期当主では!?」とみんな気づいてくれた。もしポケットチーフがなかったら……。婚約解消したばかりの私が、とんでもないハンサムな新しい男を連れてきたと、大騒ぎだろう。
すれ違う貴族達の視線を集めながらも、ようやくホールに到着した。
ホールに姿を見せた瞬間から、そこにいる招待客達の注目を集めている。それは兄に対して向けられる視線だ。皆さまからは、兄と話したい――というオーラが感じられた。
私のことは気にせず、兄に話しかけてくれていいのに。
皆さま、まずは私のご機嫌をとる。
「まあ、エリノア公爵令嬢、インパクトのあるドレスですわね!」
こんな風に話しかけ、しばらくドレス談義をした後に。
「ところでエリノア公爵令嬢、お隣の男性は……」
コール公爵家の紋章入りのポケットチーフを見て、兄だと分かっているはずだ。でもズバズバと兄に話しかけるようなことはしない。奥ゆかしく、そこは私に紹介させ、兄と話すつもりなのだ。
兄が目当てなのに、私でワンクッションとられるのは、面倒以外の何ものでもない。でもそうしているうちに国王陛下夫妻と王族が入場し、ゲースの隣には、ヒロインであるカーミランの姿も見えていた。
ゲースはお決まりの黒のテールコート。カーミランは苺ミルクみたいな甘い色合いのふわふわなドレスを着ている。見るからに“お姫様!”という姿だ。
皆が揃ったところでファンファーレが響き、国王陛下が一歩前に出た。
舞踏会の開始の挨拶を、国王陛下がしている。
その姿を眺めていると。
王妃が私の方を見た。扇で顔を隠しつつも、ウィンクをしている。
これは悪役令嬢エリノアとして、カーミランの躾、よろしくね――という合図だと思う。
分かっております、王妃様――私は手を胸にあて、軽く会釈する。王妃は満足気に頷く。こうなると最初のダンスが終わった後、兄は群がる令嬢に任せ、カーミランを観察することになる。
カーミランは、ゲースと三曲連続でダンスをすると、軽食コーナーへ向かった。この同じ相手との連続ダンスは、王族としてどうなのか――という問題があったが、指摘しそびれた。
二曲目もゲースと踊り出した時は、「えっ」と思った。だがゲースと踊っているのだ。ゲースは、王族が同じ相手と連続でダンスしないことが推奨されていると、知っているはずだった。理由は、沢山いる招待客と、少しでも多く交流するためだ。つまりは社交のため。それは王族としての教育の一環で、習っていると思う。
よってこの二曲目が終わったら、二人は当然、ダンスを終えるか、別の相手とダンスをすると思っていたのだ。まさか三曲目まで、一緒に踊ってしまうとは! 次回見かけたら、絶対に注意しようと思う。本当は、カーミランに甘えられ、ほいほい連続でダンスをしているゲースを叱りたいぐらいだった。
ともかくその三曲のダンスを終えると、カーミランは軽食コーナーに向かい、一方のゲースは、貴族の令息から話しかけられていた。そのまま私は軽食コーナーへ移動し、カーミランの様子を見ていると……。
驚いた。
カーミランは取り皿を手に、フルーツタルトをとった。次にレモンケーキを発見し、それを皿にのせたのだけど……。なんと、先に取っていたフルーツタルトを戻そうとしているではないか! ノー、それ、ダメだから!
「カーミラン嬢、何をされているのですか!? タルトとケーキを二つ食べたぐらいで、満腹にはならないでしょう! ちゃんと食べるか、ゲースにでも食べてもらいなさいよ! 戻すのはダメですわ」
「!! な、何を余計なお世話を! まだ口をつけていませんし、このお皿は新品ですから。口うるさいことを言わないでくださる?」
カーミランはそう言うと、やはりフルーツタルトを戻そうとするので、仕方なくその手からタルトとケーキが乗るお皿を取り上げた。
「何をするんですか!」
「おい、エリノア! 何しているんだ!」
いつものごとく、最悪なタイミングでゲースはやってくる。
「殿下! 聞いてください。エリノア様が、私が食べようとしたケーキのお皿を取り上げたんです!」
「何! エリノア、貴様、公爵家の令嬢のくせに、カーミランのケーキを横取りするなんて、どういうことだ! ここに沢山、ケーキもタルトもマカロンもあるだろうが! よりによってカーミランのケーキを奪うなんて……」
そこでゲースは憐れみを込めた目で私を見た。これにはもう、いや~な予感しかしない。
「あてつけか、そうだろう、あてつけなんだろう! カーミランとお幸せに、なんてあの場では言っていたが、わたしに未練があるのだろう、エリノア!」
これには呆れ、どうやり込めてやろうかといろいろなパターンを考えるが、ゲースの未練話に振り切ると、本末転倒になる。ここは王妃に指示されている、カーミランの間違ったマナーの是正に集中だ。
「カーミラン嬢は、最初にフルーツタルトを取り、その後、このレモンケーキを取ったのです。でもレモンケーキだけを召し上がりたかったようで、フルーツタルトを戻そうとされたのですよ。一度取った物を戻すなんて、マナー違反ですわ! 衛生面からもダメです!」
「たわけたことを! カーミランがそんなことするわけないだろう! いくらカーミランが地方領の男爵令嬢でも、それぐらいの常識、知っている!」
カーミランの顔が微妙に青ざめている。でもゲースに「そうだろう、カーミラン」と優しく問われると「勿論ですわ、殿下」とぎこちくなく笑う。
ズルいな~、悪役令嬢はこんな時、いつも損な役回りなのだから。
こんな時、目撃者がいてくれればいいのに。
そう思ったまさにその時。
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続きは明日、13時までに『悪役令嬢は驚愕する』を公開します。
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