決して実らない恋の味(2)
二年間の遊学。
もう学生ではなかった。
日々の予定を細かく決めているわけではない。
ロードリッヒはこんな感じで、前日に翌日の予定を口にする。
「明日は港へ行こう。そこにその大きさ、速度、それを世界一と豪語する豪華客船が停泊しているらしい。金をとり船内見学もしていると聞いた。見てみよう」
実際にその場に足を運び、船内を見て、船員に話を聞く。
見学ルートで見る物すべてに質問をして、案内係を慌てさせる。
大雑把なのに、いざ動くと、どれだけ下調べをしていたのか。
ロードリッヒに対し、自分はいつも驚くことになった。
こんな感じで予定はざっくりだが、起床時間、就寝時間はきっちり守る。
寄宿舎に滞在しているわけではないのに。
この辺りの律義さは、ロードリッヒらしい。
その一方で、街のレストランで知り合った貴族から誘われ、舞踏会へ顔を出すと……。
出会った令嬢と、カフェで未明まで過ごすこともある。
令嬢達は、期待の目でロードリッヒを見ているのに、決して一線は超えない。
それでいて令嬢とはスキンシップをとる。
なぜそんなことをするのか。
「僕達は三年間。紳士として令嬢の扱いを実地で学ぶべき思春期を、野郎と過ごしてしまった。今さら令嬢の扱いは分かりません……では許されないだろう? 実地で学んでいるところだよ」
何もなかったことに心底落胆し、まだ夜が明ける前に屋敷へ帰るという令嬢のために馬車を手配したロードリッヒは、カフェの席に戻ると、優雅にコーヒーを口に運ぶ。
着ている黒のテールコートは一切着崩していない。
タイやボタンをはずして首元を緩めることもしていなかった。……それはまあ、自分も同じだが。
ともかくその姿に徹夜明けの疲れなんて、微塵も感じさせない。
「……というか、僕はまだいい。カルヴィン、君もちゃんと令嬢の扱いを覚えるべきだ。あんな仏頂面で『はい』と『ええ』しか言わなかったら、いくら見てくれと経歴がよくても、令嬢からウンザリされるぞ」
「……別に、自分は令嬢に好かれたいとは思っていない」
「ほお……」と応じ、腕組みをしたロードリッヒは、口角を少し持ち上げ、なんとも意味深な表情となる。
「そうか。仕方ないな。男子校だった。……それにカルヴィンは嫡男ではないしな。跡継ぎは求められない。それでも親御さんは驚くだろうよ。……僕はいろいろ学びたいと思うが、そっちについては遠慮しておく」
「待て、待て、待て! ロードリッヒ、君は大いなる勘違いをしていないか!」
「令嬢に興味がないということは、そういうことだろう?」
シドといい、ロードリッヒといい、なぜそっちへ自分の嗜好があると思うのだ!?
聡明なのに、あらぬ誤解をしている友に、「それは違う」と、疑いを晴らすための言葉を並べることになる。徹夜明けの、空が白みつつあるカフェで。
◇
「それで。どうだったのだ、カルヴィン。二年間の遊学は」
二年間のモラトリアム期間を終え、遂に帰国した。
ロードリッヒは、公爵家の遠方の領地を視察してから屋敷に戻るということで、彼より一足先に、自分は王都にある伯爵邸に帰ってきていた。
この日の夕食の席には、自分の帰還を祝い、家族が勢揃いしている。
兄嫁も同席していた。
せっかくなのでと騎士団の隊服を着て席につく。
食事がスタートすると、父親が早速口を開く。
父親に二年間の遊学はどうだったのかと問われた自分は、何を見て、どこへ行き、どんなことを感じたのか――それを皆に話すことになった。食後の紅茶が出る頃には、話尽くしている。
「カルヴィン、異国の令嬢と、何か胸が躍るような出来事がなかったのか?」
深緑色のセットアップ姿の兄がふざけて尋ねると、カナリア色の明るいドレスを着た兄嫁が「何をお聞きになっているのですか」とたしなめる。
婚約していた期間。二人は別段、仲がいいというわけではなかった。だがどうだ。結婚し、子供ができ、すっかり夫婦らしくなっている。例え、興味がなかった相手でも、結婚し、子供ができると変わるのだろうか。
忘れられない相手がいたとしても、結婚し、肌を重ねることで、その想いは消えていくものなのか――。
その疑問は、女性陣が別室でお茶を楽しみ、男性だけが残ってお酒を口にする席で、さりげなく聞くことになる。
「妻との仲がよく見える……? まあそうだろう。一緒に暮らしているし、子供もできたんだ。それに子育てする彼女を見て、イメージが変わった」
兄の言葉に驚く。
そうなのか?
学校を卒業し、すぐに結婚した同級生もいる。彼らは一概に「結婚なんて、地獄だ……」と嘆いていたが……。
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは明日の朝に公開します。
もし続きが気になりましたら、お時間会うタイミングでご覧くださいませ。