悪役令嬢は卒業できない
聞くと王妃は上に三人、下に二人の兄弟がいて、娘は彼女一人だった。兄弟は剣術に乗馬、狩りと武芸を極めており、それを見ているうちに、自分もやってみたくなったのだという。
「でもね、『剣術なんて、令嬢には不要!』と父親に怒られてしまったわ。ただ、乗馬だけは許されたの。といっても兄弟のように乗るのは、無理よ。令嬢らしく、横乗りをするよう言われてしまって。兄弟が着ているような乗馬服も着せてもらえず、スカートで乗ることになったけれど……」
「王妃殿下、それ、おかしいと思われませんでしたか?」
これは……思いがけないところで、点と点がつながった!
「おかしいというのは、どいうことかしら?」
「王妃殿下。私は、女性もズボンで馬に乗った方がいいと、常々考えていました。それはお父様も同じです」
「まあ、そうなの!」
そこで女性用乗馬服の開発を父親がすすめており、同時に、女性は乗馬する時、スカートではなくズボンでもいいのではないかと、世の中に訴えて行くつもりだと話すと……。
「素晴らしいわ! 女性用乗馬服が完成したら、ぜひ案内していただける? せっかくだからわたくし、着させていただくわよ。それに女性も乗馬時は、ズボン着用でいいのではないか……という考えを広めること、協力しますわ!」
これはもう願ったり! 叶ったり!
王妃が広告塔になってくれるなら、これほど心強いことはない。しかも保守的な頭ガチガチ貴族も、王妃が嬉々として乗馬服を着ていれば、文句を言えるはずがない!
帰宅したら父親に早速、報告だ。
「ところでエリノア公爵令嬢。乗馬服に関しては、惜しみない協力をするわ。それでね、わたくしからのお願い、聞いてくださる?」
「!? お、王妃様からのお願い、ですか!? わ、私で叶えられる願いでしょうか!?」
「簡単なことよ。あのマナーのなっていない芋男爵令嬢を、躾ていただきたいの」
これには目がテン! 芋男爵令嬢=カーミラン=ヒロイン。
ヒロインを躾けるって……。
え、もう私、悪役令嬢の役目、終わったはずでは!?
「晩餐会や舞踏会であの子を見かけたら、ビシッと指摘してやって欲しいのよ。マナーがなっていないところをね。何か言ってきたら、王妃様から頼まれているからって、言っていただいていいから」
「え、あっ、そ、そうなのですか!?」
王妃相手に大変申し訳ないと思いつつも、しどろもどろになるのが止められない。
けれど王妃はそんなことは気にせず、こう言った。
「昔からわたくしね、あーゆうべたべた砂糖菓子みたいに甘ったれた子、苦手なんですのよ。男に媚びて、デキる女を踏み台にするようなぶりっ子は! 王宮の厳しさを教えて差し上げないとね。おーほっほっほっ!」
これにはもう、ビックリ!
王妃の気質は悪役令嬢だった。
でもそれなら話が合うし、今後もうまくやっていける気がする。
それにしてもまさか王妃が「おーほっほっほっ!」って笑うなんて。
ただ、そうなるとヒロインであるカーミランは……苦労しそうね。
私との婚約を解消した後、ゲースはいつになく迅速に、カーミランとの婚約を終えていた。その素早さからも、予めそうするつもりで画策していたことが、見え見えだった。
でも、正直、もう知ったことではない。
私は悪役令嬢のお役御免のはずなのだから。
とはいえ王妃自らに頼まれたのだ。カーミランのマナーの悪いところを指摘するようにと。何もしないわけにはいかない。ひとまず舞踏会や晩餐会でカーミランを見かけ、何かマナーでおかしいところがないか、チェックするようにしよう。
それにしても婚約破棄と断罪は終っているのに。
メイドは、悪役令嬢っぽいドレスを着せたがる。なぜか元婚約者の母親である王妃は、私に悪役令嬢のような振る舞いを求める。でもこれ、偶然よね?
ともかくそんな王妃とのお茶会を終え、帰宅すると、私は早速父親に報告した。
「何!? 王妃様が乗馬服の広告塔になってくれるのか!? それは心強い。保守的な貴族も多いからな。機能性よりも伝統だ! なんてざらにいるから」
「ですよね、お父様! 王妃様を味方につけることができて、良かったですわね!」
笑顔全開でそう言うと、父親の顔色が変わる。
「エリノア、お前はこういう時、そうではないだろう? いつも通りでいい。急にそんな風に笑われると、何か裏があるのではないかと、怖くなる」
うん? この言葉、なんだかついこの間も聞いた記憶があるわ。
えっと、これって……。
いや~な汗が伝う。
え、やっぱりあれ、しなきゃダメなの!?
チラッと父親を見ると、その目は「早くいつものあれを言ってくれ」と、言っている気がする。
「おーっほっほっ、当然ですわよ、お父様! わたくしのこと、誰だと思っているのですか~? コール公爵家のエリノアですわよ! 王妃ぐらい手懐けることができなくて、どうしますの!」
「むむむ、王族に対し、本当に失礼な奴だ! だがまあ良い。王妃殿下が味方になれば、こちらのものだ。引き続き、王妃殿下の心を掴むのだぞ」
「はい! お父様!」――って、父親の顔、曇っている!
慌てて言い直す。
「そんなこと、お父様から言われるまでもなくてよ! おーほっほっ(涙)」
「全く、実の父親に向かって!」と言いつつも、父親はご機嫌で部屋へ出て行く。
一方の私は頬をぴくぴくさせている。
え、メイド、王妃に続き、父親まで、いまだに私が悪役令嬢であることを、求めているの!? 断罪イベントが終わったら、どの悪役令嬢も「おーほっほっ」からは卒業じゃないの!?
え、悪役令嬢の皆さん、どうしてましたっけ!?
いくら問いかけても返事などないので、ひとまず様子見を決めたのだけど……。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きは、13時までに『悪役令嬢には兄がいる』を公開します。
ご無理なく、ご都合のあうタイミングでご覧くださいませ。