悪役令嬢は最後のお楽しみを満喫
前菜と共に、スタッフは焼き立てパンを籠にたっぷりいれ、部屋へと入って来た。
「お好きな物をおとりいたします」
そう言ってスタッフは、籠に入ったパンを示してくれる。
私は真剣な表情で、籠のパンを見ることになった。
毎朝王室へ献上している食パンは、どうしたって食べないといけない。レーズンパンは大好物なので、やはり食べたい。ブリオッシュは定番なので味わないといけないでしょう。ロールパンはもはや料理のお供なので、食べて当然。
とまあ、こんな風に、食べる理由はいくらでも見つかってしまう。しかも焼き立てゆえ、その香りにもそそられてしまうのだ。でも最後のお楽しみを思うと、我慢もしなければならない。だがしかし。パンが私を呼んでいる……。
葛藤する私を見て、カルヴィンは大変楽しそうに笑っていた。
こうしてパンとの誘惑と戦いながら、鴨のローティや鯛のポアレと言ったメイン料理を平らげていく。その間、カルヴィンは兄との学園生活の思い出、騎士団の裏話、遊学先で食べた美味しいものについて、話してくれる。
基本、カルヴィンが話し、私は相槌を打ち、笑う。おかげでどんどん食べることができた。ただ、これでは申し訳ないと、私が女性用乗馬服作りでの苦労話をしようとすると……。
「気を使う必要はない、今日は。エリノア嬢は、初めてこのお店に来た。料理を満喫したい……というのが本音だろう? ならば存分に堪能するといい。自分は職業柄、食べるのが早い。よって話すことで、食べるのが遅くなることもないからな。何より、エリノア嬢が嬉しそうに食べる姿を鑑賞するのが、楽しい」
そんな風にまで言ってくれるのだから!
そこは私が選んだ推しなだけある。
カルヴィン、最高! 神!
おかげで食べることに集中でき、ついにデザートに到達した。本日のデザートは、レモンタルト。添えられているシャーベットもカシスと、とてもさっぱりしている。おかげで最後のデザートで「もう満腹です!」となることもなく、食後の紅茶とクッキーにも辿り着く。
ええと、これでお終い?
最後のお楽しみって、何だったのかしら?
「エリノア嬢は、これでおしまいか――そう思っていることだろう。だが違うぞ」
まさにカルヴィンがそう言った瞬間。扉がノックされ、そして……。
「こ、これは……!」
デザート・ワゴンが登場したのだ。それはまさに夢のワゴン!
ワゴンは二段になっており、一段目には、フルーツケーキ、パンナコッタ、ゼリー、タルト、ババロア。二段目には、ロールケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキ、クラフティ。
なるほど。このワゴンのスイーツを堪能したいなら、確かに余力は必要だ。
カルヴィンの言葉の意味を噛みしめる。
「エリノア嬢、最後の最後でお楽しみになったか?」
「はい! 言われた通り、余力を残してよかったです!」
「ほう。まだいけそうなのか?」
「はい!」
その後、五種類のデザートを平らげ、まだいけるかも……と思ったが、我慢することにした。デザートの内容は日替わりと言うが、そうコロコロ変わらないだろう。また来た時のお楽しみにとっておくことにした。
「もう少しいけると思ったが、ギブアップか?」
「いえ、次回の楽しみにしました」
「なるほど。このお店が気に入ったので、また来たいと?」
コクリと頷くと、カルヴィンは碧眼の瞳を細め、不意打ちで秀麗な笑顔を見せた。
推しの不意打ちは、太刀打ち不可能!
これにはドキッとして、紅茶を飲む手が止まる。
「次回このお店には、誰と来るつもりだ?」
「え……」
それは……考えていなかった。
ただ、料理はとても美味しい。料理が提供されるタイミングも、スタッフの声掛けなどのサービスも、完璧だったと思う。それならば家族を、つまりは両親と兄とくればいいのでは?と思った。
「もし来る相手が決まっていないなら、自分と来るのはどうだ? 今日と同じように、エリノア嬢は食べることに集中ができる」
それは願ったり、叶ったりだ。二人での食事なのに、おしゃべり=社交をここまで気にしないでいいなんて、貴族としては奇跡!
何より推しとの食事。断る理由はない。
「その顔は、自分との食事が気に入った、ということか?」
「はい! 食事中、食べることに集中させていただけるので。それにカルヴィン様のお話は、とても面白いですから。一緒にお食事できる時間は、大変楽しいですわ」
「そうか。ではこの店だけとは言わず、朝も昼も夜も。共に食事をできる時は、自分と一緒に過ごすのはどうだろう?」
「え……」
今の言葉の意味を考えようとするが、カルヴィンはその時間を与えてくれない。スタッフを呼んでしまう。スタッフは当然、お会計と分かったのだろう。わざわざシェフを連れてきてくれたのだ! こうなると料理の感想などを、シェフに伝えることになる。
ひとしきり料理のおいしさを褒め、最後のデザート・ワゴンに興奮したことを伝え、お会計が終わった。馬車はすぐに来るということで、店の外に出る。
通りは、沢山の人達が行き交っていた。
丁度、コースで食事を楽しんだ人々が店から出てきて、馬車を待ったり、そのまま歩き出したり。
皆、満腹であり、美味しい食事をできた喜びで、笑顔に溢れていた。
「リーン、ゴーン、リーン、ゴーン」
夜の21時を知らせる、時計台の鐘の音が、響き渡った。
一日の最後に鳴らされる鐘の音だ。
この音を聞くと、なぜか皆、拍手をしたり、口笛を吹いたり、盛り上がる。
その様子は、前世のニューイヤーのカウントダウンで、大騒ぎする様子を彷彿とさせた。
食事中にお酒を飲んでいる人も多い。少し酔っぱらった紳士が、カルヴィンが王立ブルー騎士団の上級指揮官だと分かり、握手を求めている。
「馬車が来ましたね、お嬢様」
侍女の声に馬車道を見ると、確かにヘースティングズ伯爵家の紋章が見える。
私達のそばにいたカルヴィンの従者が、馬車の御者に向け、合図代わりで手を振った。
「コール公爵家のエリノア嬢ですね」
見知らぬ男性の声に振り返ると同時に、相手の胸元辺りに何かがキラッと光るのが見えた。
「あぶない!」
カルヴィンの叫び声と共に、ドンと体を突き飛ばされ、「きゃあ」と侍女が悲鳴をあげる。
「こいつ!」と従者の叫ぶ声と、さらに続く様々な悲鳴。
何が起きたか分からず、呆然とするが、ドサッという音と共にカルヴィンが倒れた。
その左胸にはナイフが刺さっている。
「いやーーーーっ」
信じられない程の声で叫び、その後の出来事は、現実のこととは思えない。
倒れるカルヴィンに抱きつき、周囲に多くの人が集まり、医者を呼ぶ声、警備隊を呼べという叫び声。
次第に周りの声が遠のき、視界が霞み、あまりのショックで私は……意識を失った。
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続きは明日、14時までに『悪役令嬢は目覚める』を公開します。
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