悪役令嬢は納得する
カーミランは、とんでもない一言をゲースが放ったというけれど。
むしろ私はカーミランが王妃に対し、いろいろとんでもない言動をとっていることに、ハラハラドキドキだった。だが、それも次の一言で、上書きされてしまう。
「ゲース殿下は『もしかすると、カーミランとの婚約は、間違いだったのかな。……わたしの婚約者にふさわしいのは……エリノアだったのかもしれない』とおっしゃられたのです!」
あああああ、これはゲースが悪い!
そんなこと言われたら、カーミラン、追い詰められて、私を攫わせるわ。
ここですべての謎が解けた。
ゲースはヒロインに攻略されている。それなのに何を血迷ったのか。元悪役令嬢である私との復縁をほのめかす言葉を放ったのだ。こんなことを言われたカーミランは、気が気ではない。それは当然だ。
なにせゲースとの婚約を解消した後、私は新たに婚約をしていなかった。よって王家が頭を下げ、私と両親がそれを許せば、一応、ゲースと私は再び婚約をすることもできる状態なのだ。
ゲースと私が復縁でもしたら、カーミランは困る。
困るというか、裏切られたというか、とにかく頭にくるだろう。
復縁なんかさせない――そう思い、カーミランは考えたわけだ。ゲースと私が二度と婚約できない方法を。
手っ取り早いのは、私を消す=害するだが、さすがにそれはカーミランもできない。
では実質、害されたも同然にするには……。
私を攫い、一晩厩舎に閉じ込め、犯人に何かされたかもしれない……という噂を立て、名誉を汚す。
王族では婚約者の純潔を重視する。醜聞がある相手とあえて婚約なんてしない。
私の名誉が汚される=ゲースと婚約できない――そうカーミランは考え、画策したわけだ。
こうしてカーミランは策を練り、金で実行犯の一味を雇い、実行してしまったと。
もう、ヒロインなのに、何をやっているの、カーミランは!
ただ、すべての元凶はゲースでもある。
それは王妃も分かるはずだ。
王妃を見ると「分かってますわよ」という感じで、力強く頷いた。
「ゲースがそんなヒドイ言葉を、あなたに告げたなんて。それはゲースの母として、とても申し訳なく思うわ。ごめんなさいね、カーミラン男爵令嬢」
王妃の謝罪に、カーミランは子供のように「うわーん」と遂に泣き出した。
王妃が合図を送ると、控えていたメイドが、ハンカチを持って駆け寄る。
カーミランにハンカチを渡した王妃は、しばらくは彼女が泣くのをただ黙って見守った。
だが、カーミランの嗚咽が少し落ち着くと、王妃は冷静に尋ねた。
「カーミラン男爵令嬢、あなたに二つの質問をするわ。いいかしら?」
カーミランはヒック、ヒックと声を出しながらも頷く。
「まず一つ目。あなたにひどいことを言ったゲースのことを、嫌いにはならなかったの?」
するとカーミランはぐすっと鼻をすすり、でもハッキリ答える。
「好きです。ゲース殿下のことは」
一途だなぁ。さすがヒロイン。
私なら、元婚約者の名を平気で出すような男は、願い下げだ。
「そうなの。ゲースをまだ好きなのね。ということは、ゲースにひどいことを言われたのに、その怒りの矛先は、ゲースには向かわなかったのね。代わりにカーミラン男爵令嬢、あなたの怒りは……エリノア公爵令嬢に向かったのね?」
カーミランはこくりと頷く。
「二つ目の質問よ。カーミラン男爵令嬢」
王妃はすぐに問いを続けないので、カーミランはハンカチから顔を上げ、彼女の顔を見た。王妃とヒロインの視線が宙で絡む。
「あなたの中で爆発しそうになった怒り。それは呑み込んだのかしら? もしやその怒りを、エリノア公爵令嬢にぶつけなかった?」
王妃のアメシストのような瞳は、澄み渡っている。
その瞳とじっと見つめ合った状態で、嘘なんてつけるだろうか?
嘘をつくなら、その瞳から視線を逸らすのでは……と思ったら、カーミランが視線を伏せた。
「カーミラン男爵令嬢」
重ねて問われ、カーミランの体がビクッと震える。
「わたくしの目を見て。あなたが何も間違ったことをしていなければ、視線を逸らす必要はないはずよ」
こう言われては、顔を上げざるを得ない。カーミランは唇をぎゅっと噛み、ゆっくり顔を上げる。再び王妃と目が合うと、その顔は苦悩で満ちる。
ため息をついた王妃は、でもそこで諦めるつもりはない。答えを促した。
「わ、私は……」
「ええ、カーミラン男爵令嬢。あなたはどうしたのですか?」
「私は……エリノア様に殿下を取られたくないと思いました」
私がゲースを、カーミランから奪う?
ない、ない、ない!
絶対にないのに。
そんな風に疑われるなら、とっと別の男性と婚約すればよかったわ。
「エリノア公爵令嬢は、ゲースと婚約を解消したのよ。今は女性用乗馬服の販売に力をいれ、ゲースのことなんて、これっぽっちも目にはいっていないと思わないかしら?」
「エリノア様はそうかもしれませんが、殿下は違うと思います。殿下はエリノア様を見かけると……じっとその姿を見つめ、ため息をつかれていました」
ゲース、あなた、婚約者がいるのになんてことを!
あ、でも……。
そうよね。
そもそも私が婚約者だった時、ゲースはそうやってヒロインであるカーミランに、心を奪われている。カーミランが近づいた……というのはあるだろう。同時に私がカーミランに嫌がらせをしていると思ったから、という言い分もあるとは思うけれど……。
でも婚約者解消をしてから、カーミランと仲良くするべきよね。
「エリノア公爵令嬢は、ゲースのことを、もう過去の人間とみなしている。復縁なんて考えていないわ。でもゲースは違うというのね。それならばゲースに、怒りをぶつければ済む話なのに。でもカーミラン男爵令嬢。あなたの怒りは、エリノア公爵令嬢に向かったのよね? ゲースを取られたくないと思い、そしてどうされたのですか?」
重ねて問われ、遂にカーミランは、核心に到る言葉を口にした。
「殿下とエリノア様が、婚約できない状態にしたいと思いました」
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続きは本日、23時までに『悪役令嬢は全てを知る』を公開します。
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