悪役令嬢はあの方に会う
妃教育が忙しいカーミランが、私の名誉を貶めるために、自ら動いた。
この事実には、何も妃教育で多忙な時期に、行動する必要があるのかと思う。でもカーミランにとっては、今だった。それは怒りのままに、短絡的に動いたのか。それとも今である理由があったのか。
婚約解消に私は同意したのだ。しかも早々にカーミランは、ゲースの婚約者になれた。よってこの件が引き金になり、動いたとは考えにくい。
そうなるとむしろに王妃に頼まれ、マナーの間違いを指摘したことが要因……?
でもこれは王妃が私に指示し、動いていると、カーミランも気が付いているはず。文句があるなら、私よりも王妃に言ってくれ……!と思うものの。王妃に言えるわけがなく、そのとばっちりが私に来た可能性は高い。
とはいえ。
この件で人を雇ってまでして、私の名誉を汚すのかしら?
こればっかりは、いくら考えても分からない。カーミランがどれだけ頭にきているのか、それは本人しか分からないことだ。やはり動機については、本人に聞くのが一番だと思う。
さらにカーミラン自らが動いたということは、ゲースに相談せず、独断で動いた可能性がある。そもそもゲースに相談していたら、こんな行動はしなかっただろう。さすがにゲースが止めたはずだ。カーミランは、もはやただの男爵家の令嬢ではない。今や王族の婚約者なのだから。犯罪に手を染めれば、王族に迷惑がかかる。
それにもし、血迷ったゲースがカーミランに手を貸した場合。犯行現場にカーミランが出向くことを、止めたはずだ。目撃者が出る可能性があるし、後をつけられる危険もある。そこら辺のリスクヘッジは、ゲースならするだろう。
だが実際はカーミランが独断で犯行に及び、かつこんなことをするのが初めてであり、現場に出向く危険性を、考えていなかったのではないか? 自身の目で私が攫われるところを確認しないと、気が済まなかったように思える。
きっと今も、自分がやったことがバレていると、カーミランは思ってもいないことだろう。
ともかく。
明確な動機は不明だが、怨恨であることは違いない。
そしてカーミランが真犯人と分かった。
では取り押さえて、騎士団の尋問所に連行し、そこで話を聞けばいいかというと……。
彼女は男爵家の令嬢であり、同時に王族の婚約者。
そうは簡単に連行できない。いろいろと手続きが必要になる。もしかすると水面下で済ませることになる可能性だってあった。
ならばとっとと済ませるために、国王陛下から許可をもらっている私刑に問うのはどうかというと。実行犯は、金で動くような、裏の仕事を請け負うような人間だ。私刑に問うこともできるだろう。だがさすがに王族の婚約者を、いくら国王陛下が許可しているとはいえ、私刑に問うわけにはいかない。
しかも、うまく立ち回らないとゲースが動き、カーミランを庇うことも考えらえる。
独断で動いた上に、真犯人として突き止められている事態に、さすがにゲースも怒ると思う。だがゲースとカーミランは私と違い、愛し合って婚約しているのだ。だったらゲースも、カーミランを見捨てるわけがないと思う。
これらの状況を踏まえると、頼りになるのは……王妃しかいない!
ということで、カーミランが真犯人である情報を書類としてまとめつつ、カルヴィンの部下には実行犯を探し出してもらい、私は……お願いして王妃とお茶をできることになった。
私が攫われた事件の二日後には、王妃はお茶の時間を作ってくれた。これには王妃に、心から感謝だ。王妃ともなると、社交のための予定が毎日組まれている。いずれかの予定をキャンセルし、時間を作ってくれたと思うと、申し訳ない気持ちにもなる。
当の王妃は、お茶会の席で顔を合わせると、開口一番、こう言ってくれた。
「エリノア公爵令嬢。そんなに恐縮しなくていいのよ。あなたにはそれだけの価値がある。だからわたくしが時間を調整するの。そうではない人間のために、わたくしは時間を割くつもりはないですから」
王妃はズボンこそはいていないが、ジャケットは、先日購入してくれた乗馬用のワイン色のものを身につけてくれている。首には、オリーブの葉にオレンジが描かれた、これまた乗馬用のスカーフをつけてくれていた。ピスタチオグリーンのドレスとの相性も抜群。女性用乗馬服の普段使いを実践してくれていることに、心から感動してしまう。
私はメイドにより、鮮やかなオレンジ色の原色ドレスを着せられていたが、この王妃のコーデを明日からは真似しようと、心に誓っていた。
「真犯人も実行犯も捜査中ということで、エリノア公爵令嬢の事件は、箝口令が敷かれているわ。王立ブルー騎士団の団長が、直々に陛下にそうすることを願い出たの。異例なことよ。だから安心して。あなたが攫われた件は、ごく限られた者しか知らないから」
日当たりのいい窓際の席に着席し、ローズティーに蜂蜜を入れながら、王妃はそう告げた後。
「真犯人として誰の名が出ているかも、極秘情報として聞いているわ。わたくしは王妃ですからね。この国で起きている由々しき事件ですもの。しかもエリノア公爵令嬢に関わることだから。正直、驚いたわ。でも、これにはわたくし、責任を感じているの」
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