悪役令嬢はいろいろ呑み込む
「ゲース殿下の意地悪~~~っ!」
この甘ったるい声は……。
思わず連れていた侍女と二人、立ち止まってしまう。すると宮殿の奥からヒロイン……すなわちカーミランが駆けてくる。あんな風に走るのは、上品さにかけることであり、特にこんな宮殿では、NGなふるまいだった。何せここは王妃にとっての、お膝元でもあるのだから。
本当は注意した方がいい。
でも。
ヒロインは走りながら泣いているのだ。そんな彼女にキツイ言葉なんて……かけられないよね!?
黙って見送るしかない。
私は静観するつもりだった。だが、カーミランは私に気づいた。
パステルピンクのリボンが、沢山ついたドレス。お揃いのリボンで髪を可愛らしくツインテールにしたヒロイン、カーミランは、大変愛らしい。私だってできれば、ヒロインに転生したかった……。
そんな私に対し、カーミランはとても敵意のある目で、睨みつけてきた。そして「あなたのことが大嫌いです!」と随分と低い声で告げ、涙を拭うと、走り去っていく。
ヒロインでもあんなにドスの効いた声を出し、怖い顔ができるのね――心底、ビックリした。
驚きつつも、嫌われていることは百も承知のこと。もはやそれについては「仕方ない」としか思えなかった。
ゲースとカーミランの喧嘩の原因は、不明。
それに私が関わっているはずはないと思うが、あんな風に睨まれ、改めて「大嫌い」と言われると……。
え、もう悪役令嬢の役目は果たしたのよ、私。
関係ないわよね? あ、でも王妃に頼まれ、私はちくちく指摘しているから、もしやそれが原い――。
「おいっ!」(げっ)と心の中の声で叫んでしまう。
グレーのセットアップを着たゲースが、こちらへとやってきた。気づかないフリをして、侍女に声をかけ、退散しようとしたが……。再び「おい、エリノア!」と呼ばれてしまう。
しみじみ思うのです。
もう婚約者ではないので、「エリノア」とは呼ばず、「コール公爵令嬢」と呼んでくれないかなぁと。そこら辺から変わらないと、私、いつまで経っても悪役令嬢のような気がするのですが……。
という私の思いを、ゲースに言うわけにはいかない。そして今、気づかないフリで立ち去るわけにもいかない状況。仕方なく立ち止まり、今、ようやく気付きました――という顔で振り返る。
「まあ、ゲース殿下、こんにちは。今日は私、王妃殿下にお茶会に誘われ、こちらへいるのですわ」
決して、ゲースに会いたくてここにいるわけではない――ということをアピールする。
ゲースは私の方へ近づくと「ああ、それは知っている」と答えた。これは王妃からお茶会に私が誘われていたことを、知っていたということだ。
ゲースは「それよりも」と金髪をかきあげ、ため息をつく。
「カーミランが妃教育で躓いているんだ。マナーも、教養も、語学も……。ダンスは……まあ、好きだから頑張れているけど、とにかく全般的に苦戦している。なあ、エリノア。君は妃教育も、そつなくこなした。コツがあるなら、教えてやってくれないか? 経験者だろう?」
あー、それ、言っていましたか、ゲースくん!
このセリフ、ヒロインに婚約者とられた悪役令嬢の中では、フラグですからね。それ言われたら、俄然、ざまぁしたくなりますよ。言うたらあかんちゅうことを、気づかんのかー!
「そもそもですね、妃教育なんて、ぽっと出のヒロインができるようなものではないのですよ。そこができる人間かどうかも含め、婚約者は選んでいただかないと! こっちは何年もかけ、血のにじむような努力を経て、妃教育を終えたわけです。それなのにヒロインをあなたが選んだせいで、妃教育で学んだことは、水の泡ですよ。……無論、一切役に立たない――とは言いません。ですが王族独特の慣習だったり、トップ会談でしか使わない知識まで、頭に叩き込んでいるんですよ、私は。費やした時間を返せ!という思いを呑み込み、辛抱しているのに。そもそも妃教育に耐えられないようなヒロインを選んだのはあなたなのに! 元婚約者に助言を求めるなんて。信じられません。何様ですか!」――と、言いたくなるのを我慢する。
代わりに一度深呼吸をして、表面的な笑顔を浮かべ、ゆったり口を開く。
「殿下。大変申し訳ありません。私は経験者ですが、既に部外者です。助言を与えるような立場ではありません。それに実家のビジネスの手伝いで、最近は忙しく。お力になれず、申し訳ございません」
ゲースは金髪を再びかきあげ、「ふうっ」とため息をつく。
「そうか、エリノア。残念だよ。ところでよくよく考えてみると、君はやはり、美人な上に……頭がいい。それに最近気づいたが、君は……母上に似ている」
「はあ、で?」と言いたくなるのをこれまた呑み込み、ひとまずニコニコして待機する。
すると。
「エリノア。母上に頼み、わざわざ宮殿へ来る口実を作っているのだろう? 本当はわたしに会いたかったのだろう? 今ならまだ、遅くない。君がどうしてもと言うのなら、わたしは考えを改めていいんだぞ」
ピキッ。
何か音がした。
これは私の頭の中で聞こえた音? それとも心の中?
どっちでもいい。
ただ、分かったことがある。
私がなかなか悪役令嬢のお役御免にならないのは、もしやゲースが元凶!?
ヒロインに攻略された後なのに、何浮ついた気持ちを持っているの?
とっとヒロインと結婚式を挙げて、私のことを完全に悪役令嬢から解放しなさいよー!
ゲースのことを、背負い投げしたい気持ちでいっぱいなのに。
何を勘違いしたのか、ゲースが私を抱き寄せようとした。
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続きは明日、7時までに『悪役令嬢は真実の愛が欲しい』を公開します。
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