白の遺跡 おそれ
開かれたガラスの扉、一行の動きはそこでピタッと止まった。開いた扉の向こう、森の中の暗さと根本的に違う暗闇が広がり、その中に赤く光る何かが見える。そして、その奥からは、森の中の空気とはまるで違う、嗅いだことない甘い香りが一行の鼻をくすぐる。
ごくりと誰かがつばを飲み込んだ音が聞こえた。それはもしかしたら、自分の出した音かもしれないし、全員が同時に飲み込んだ音だったのかもしれない。誰も口には出さないが、扉の奥、暗闇の中で何か得体のしれないものが、じっと息をひそめ待ち構えているような錯覚を覚えた。
「よ、よし。じゃあ、み、みんなで行くぞ?」
この計画の発起人であるセンは声を震わせながらも、一番に声を出せたのは、彼自身が曲がりなりにも一行をまとめるリーダーとしての気概があったからである。
センの呼びかけに反応は芳しくなかった。誰もが心の中で行きたくないと考えていたが、それを周囲に知られたくはない。いかに無謀で、馬鹿ができるのか、臆病者に思われる事は彼らにとって何より耐え難い。黙り込むという消極的な否定は、全員の思いと違う意見として処理された。
「い、行くぞ」
初めから決めていたわけではなかったが、自然と一番に遺跡に入ったのは大鉈を持ったセンであった。彼は自らを奮い立たせるように声を大きく上げて、扉の向こうに足を入れた。瞬間、遺跡の中から暗闇が晴れた。
「わあ!? あああああああ!」
持っていた大鉈を投げ捨て、センは森中に響くような大きな声を出しながら、その場で頭を抱えて小さく縮こまった。投げ込まれた大鉈は遺跡の中でカランコロンと乾いた音を幾重に響かせた。
遺跡の突然の変化に全員がそれぞれ反応を返した。武器を構える者、手放す者、周囲を警戒する者、周囲から目を反らす者、緊張の一瞬が過ぎ去り、少し時間が経過して暗闇が晴れた以外、何も変化がないという事が分かった。
声を上げたセンも恐る恐る頭を上げて、ゆっくりと周囲を見渡す。明るくなった以外、なにも変化がないことを理解して、彼はいきなり立ち上がり、こちらを振り返った。
「行くぞ! みんなで行くぞ!」
先ほどよりも、語気は強く、早口に彼はそういった。
天上からさす明かりが、ちょうど隠すように彼の顔を陰にしていたが、その顔色はきっと羞恥で真っ赤に染まっていたのだろう。己の醜態を隠すためにさらなる蛮勇を求めた。
「待ってくれ、セン、やっぱりやめないか?」
周囲を警戒していたセンの友人であるロックは全員の意見を代表して口にした。遺跡に対して、全員がここに来る前までの気持ちではない。勝手に開くガラスの扉に、暗闇をかき消す明かり、得体の知れないものに少し触れて、今はハッキリと恐れという気持ちを抱いていた。
「うるさい。怖いのか? ロック、お前は怖いのか? みんなもそうか? 俺は違う! 俺は全く怖くないぞ!」
しかし、今の冷静さを欠いた状態のセンには友人の言葉が伝わらなかった。