3045/05/01 運転中のベルト
「大丈夫、大丈夫だから、大人しく座ってようね?」
三人の質問に対して同じ答えを同じように繰り返すしかできなかった。
なぜならば、私も未体験のこのバスの安全性なんて全く分からない。しかし、ここでそれを正直に口にすれば、さっきの比ではない大混乱が訪れるのが容易に想像できたから、私はできる限り平静を装ってそう答えた。
「でも、これって、」
その答え、態度に納得できなかったのかアールが問い詰めようと立ち上がった時、ガタンとバスが大きく揺れた。
「あっ!」 「わぁー!」 「きゃぁぁあああ!」
その揺れは決して激しいものではなかった。ジェットコースターや事故の際の衝撃とは違い、精々、荒くハンドルを切った程度のモノであったが、それまでの静かな動きと対比で小さなパニックに陥った。
バスの車内、子供たちは大きな悲鳴を上げ、椅子の上で体を小さく丸める。私も瞬間的に車いすと車内の手すりをしっかりと握りこみ、自分の無事を先に確保する。その時、目の端、何かが動いた。
全員がその場から動かないように体を硬直させる中、唯一立っていたアールだけがその揺れに対応できず、その場で倒れ込みそうになった。そのアールを間一髪のタイミングで座席のベルトが動き、アールが倒れる前にその体を逆“く”の字に支えてくれた。
「あ、あれ? ……ありがとうございます」
アールは自分を助けてくれたベルトを見てから、私に何とも言えない不思議そうな表情でお礼の言葉を口にする。
「大じょ」
―運転中の車内では立ち上がらず、きちんと安全ベルトを締めてお待ちください。
「あ、はい」
―また、車内では他の乗客様の迷惑になりますから、騒がないようにお願いいたします。
「……はい」
ーバスは安全運転で運行しますが、途中、気象条件、運転状況等でやむを得ず、急停止、もしくは急旋回を行うことがありますから、……
「タ、タダサン? これ、どうすればいいの?」
私が心配の言葉をかける前に、バスの天井から先ほど同じ声がアールに乗車マナーを再度説明し始めた。アールはその声にキョトンとした顔で返事を返した。すると、天井からのアナウンスは流れるようにそれを続け始めた。
アールはベルトに支えられたままどうしたらいいのか分からないという表情でこちらに助けを求める。
「えっと、まず、椅子に座ろうか? そのあと、みんな椅子の腰か肩のあたりにベルトがあると思うからそれを体の反対側に回して……」
まさかシートベルトの付け方を説明するなんて、想像もしていないことをすることになった。




