第八十話『最上位の戦い。その時リクは』
その少女は宙に浮いていた。
宙に浮いている?
その時点で只者ではない。
緑色の髪をしたエキゾチックな少女。
ダークブラウンの肌に文様が浮いていて、それが妙にエロティックだった。
彼女は空中から降りてくると、俺たちから十歩ほどのところで着地する。
「今度のは只者ではないぞ、ローシェ」
「はい、竜王様」
いつの間にかぱっちり目を覚ましていたクルーエルがローシェの背中から降りてそのように言っていた。
先程のマロスの時とは違い、その目はえらい真剣だ。
「ふ~ん、変な組み合わせね。女と子供か。一見するとまったく強そうじゃないけど……でも、竜人と人間の組み合わせ……」
その緑髪の少女は値踏みするように俺たちのことを眺めまわしてくるが、その視線が俺のところで止まると、彼女の目が訝しげに細くなる。
「あなた……まさか、使徒なの?」
その単語に俺はぎくりとした。
しかしそのせいで緑髪の少女は確信を得てしまったようだ。
「どうしてあなた一人だけこんなところに……?」
そう言いつつも、俺を見る少女の瞳がさらに見開かれる。
「まさか……さっきの勇者くんと同格のポテンシャルを感じるなんて……いえ、この男の子の方が上……!?」
何やらぶつぶつ呟いているが、ちょっと待て。
さっきの勇者くん?
勇者と言ったら螢条院しかいないはずだが……。
そう言えば、中級魔族のマロスも『使徒を待ち伏せている』みたいなことを言っていたような……?
もしかして、この先にクラスメイトたちがいるのか?
「ねえ、あなたも勇者なの?」
いきなりそんなことを訊かれる。
取りあえずコミュ障なので答えられません。
「……いえ、そんなはずはない。勇者が二人もいるということだけは有り得ない。だとすると、どちらかが違う職業? でもさっきの子は聖剣を持っていた。ということは、この目の前の子は勇者ではなく、別の職業ということに……」
と、そこで思い出したように緑髪の少女の視線が俺の周りの竜人たちを捉える。
そしてまた見開かれる目。
「ウソでしょう? あなた、もしかして竜騎士なの? ……いえ、間違いない。あの赤髪の女の子との間に微かな繋がりを感じる……。しかも勇者の格を超えているなんて……! 有り得ない! そんな記述は無かったわ!」
全く意味が分からないが、緑髪の少女はえらく狼狽えているようだった。
しかし次の瞬間、笑ってこう言うのだった。
「ふふっ、そう。そういうわけね。ようやく分かったわ……。死海文書を歪めているのはこちらだけではないってことか……」
何やら一人で完結していたが、また聞き捨てならない単語が出て来たな。
『死海文書』だって?
それって元いた世界にあったものだぞ?
同名のまったくの別物のことか?
――それとも地球と何か繋がっているのか?
ただ、これまで感じていたこの世界への疑問が少しひも解けた気がした。
だが、現状それどころではない。
俺の勘がこいつと戦うのはヤバいと訴えていた。
あのお調子者のクルーエルですら真剣な目をしているくらいだからな。
しかしクルーエルの瞳が大きく見開かれていき、緑髪の少女に向かってこのように言った。
「貴様……まさか、上級魔族のリエルか?」
その言葉に緑髪の少女が反応し、訝しげな顔をクルーエルへと向ける。
「なんであなた、わたしの名前を……」
と、そこまで言いかけたところで、クルーエルを見るリエルと呼ばれた少女の目も驚きに満ちていく。
「そ、そんなバカな……!? な、なんであなたがここにいるのよ……竜王!!」
リエルと呼ばれた魔族は相当驚愕しているようだった。
その反応を見て、クルーエルが頷く。
「やはりそうか……実に千年ぶりだが、その緑色の髪は忘れはせんぞ」
「白髪の竜人……間違いない。千年前に見た竜王そのまま!」
千年て。
話している内容の次元が違い過ぎる……。
しかもお互いに髪の色で覚えているのね。
「なるほど……竜王のあなたがいればマロス如きでは相手になるはずもないわ……!」
実際にマロスを倒したのはローシェなのだが、上級魔族の女性リエルはそのように納得していた。
「ところで上級魔族の貴様がどうしてこのようなところにいる?」
「………」
クルーエルの質問に、リエルは何も答えてくれない。
「おかしいじゃろ。貴様はまだ動けぬはずではないのか?」
「………」
「ふむ。だんまりか」
リエルは必死にこの状況を打破しようと考えているように見えた。
どうも異常なほどクルーエルを恐れているようだが……。
もしかして、彼女は昔のクルーエルに怯えているのか……?
クルーエルが十秒しか変身していられないことに気付いていないのではないか?
だとしたらこのまま気付かないままでいてもらった方がいい。
クルーエル自身もそのように思っているのか、彼女はリエルに向かって、
「まあ、何でもいいわい。今すぐ目の前から消えるなら見逃してやるぞ?」
上から目線で言い放つクルーエル。
その言葉にリエルが目敏く反応する。
「……見逃す? このわたしを?」
リエルは目を細めると、
「おかしいじゃない。あなたは魔族を見つけたら必滅だったはず。こんな絶好の好機を逃すはずが……」
そこで何かを思い出したかのようにリエルは人差し指を顎に当てる。
「いえ、待って。竜王……あなた、千年前の魔王様との戦いで致命傷を負ったはずよね? それなのに、よく五体満足で済んだわね」
「………」
今度はクルーエルが何も答えなかった。
そのせいでリエルが答えを得てしまったようである。
「そうか……あなた今、万全の状態ではないわね?」
……あっさりバレとるやん。
「もしかして、ようやく傷が癒えてきた頃とか、そういうオチだったりして?」
「………」
「図星ね」
オワタ\(^o^)/
とか言っている場合じゃない。
これ相当マズイ状況じゃないの?
それと……。
クルーエルが力を失くしたのって、食っちゃ寝していたからではなかったのか?
あのリエルとかいう上級魔族の言う通りだったとしたら、クルーエルは千年前に魔王と戦ってその時に致命傷を負ったことで力を失くしたということだよな?
見ればローシェも同じように驚いた顔でクルーエルの横顔を見つめていた。
どうやら彼女にとっても寝耳に水のことだったらしい。
だが、リエルはそのことを確認する暇さえくれなかった。
「ちょっと確かめてあげるわね」
そう言うと、リエルは手の平にドス黒く濁った紫色の魔力球を浮かび上がらせ、それをクルーエルに向かって投げつけてきた。
「竜王様!」
ローシェがとっさにクルーエルの前に入り、右腕だけ竜のように変形させ、ドラゴンクロウでその紫の魔力球を弾く。
その弾かれた魔力球は斜め後ろの床に着弾すると、紫色の火炎を伴った爆発を起こして床を吹き飛ばしていた。
「くっ……!」
ローシェを見れば苦しそうに呻き声を上げている。
彼女の右腕は少し焼けただれており煙が上がっていた。
ローシェをもってして、無傷とはいかなかった。
それはあのリエルという魔族がそれだけ強いことの裏返しである。
そのリエルはと言うと、全く動けなかったクルーエルを見て得心のいった顔をしていた。
「やっぱり……昔のあなただったら部下の腕を痛めさせるようなことはしなかったはず。やはり万全の状態ではないみたいね。まさかあの程度の攻撃で動けもしないなんて、千年前のあなたなら考えられないことだわ」
先程までの追い詰められた表情はどこへいったのか、楽しそうに顔を歪めるリエル。
――その瞬間だった。
不意を突くようにして、ローシェがリエルへと突っ込んで行った。
ローシェは恐ろしいほどのスピードでリエルに間合いを詰めると、その勢いのまま渾身の右ストレートを放つ。
しかしその凄まじい一撃を、リエルは難なく受け止めていた。
「ふふっ、甘いわよ」
……あのスピードの奇襲すら通じないのかよ……!
「竜騎士様! 竜王様を連れてお逃げください!」
ローシェは羽をはばたかせてリエルを押して離れていく。
「いいわ。少し遊んであげる」
リエルは答えると、そこからローシェと激しい殴打の打ち合いを始めた。
一方、ローシェに叫ばれた俺はというとその場から動けないでいた。
何故ならこの場から逃げるということは、ローシェを見捨てることに等しい。
恐らくあの上級魔族はローシェよりも強い……。
それが分かったからこそ俺は悩み、動けなかった。
クルーエルを見れば、彼女も同じように悩んだ顔をしている。
状況的にはローシェの言う通りにすべきだ。せめて足手まといにならないようにした方がいいに違いない。
しかし感情はそう簡単に折り合いがつかなかった。
せめて何か助けにならないかと思い、俺はリエルに向かって『生物鑑定スキル』を発動させる。
リエルの弱点を見つけることが出来ればこの場を切り抜けられるかもしれないと考えたのだ。
俺がリエルを集中して見つめると、リエルはローシェと打ち合いながらも俺の方にちらりと視線を向けてきて……ニヤリと笑った。
――見たいなら見れば?
その顔はそのように言っている。
俺はその笑顔に気圧されながらも『生物鑑定スキル』を集中させ、リエルのステータスを盗み見た。
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リエル ???歳 魔族 女 レベル??
職業:上級魔族
筋力:6871
魔力:6960
体力:5789
防御:5508
敏捷:5109
魔耐:6219
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……な、なんだよこれ……?
こんなの、弱点どころの話ではないではないか……。
あのローシェのステータス数値を数倍も上回っているなんて……。
――こんなの、一体どうしたらいいんだよ?
あまりの力の差に俺が絶望していると、その間にもローシェとリエルの戦いは進んでいく。
「へえ、スピードだけは大したものね」
「くっ……!」
「まあ、それでもわたしよりも遅いのだけど」
何とかスピードで翻弄しようとするローシェだったが、リエルには全く通じなかった。
それはそうだ。ローシェの突出している俊敏さですら、リエルはその二倍以上のステータスを持っているのだから。
「ドラゴンブレス!」
ゴウッとローシェの口から業火が吐き出される。
しかし、
「甘いわよ」
リエルは避けることもせず、敢えて正面から魔力の球を放った。
紫色の魔力球は炎を切り裂きながら進み、ローシェに直撃する。
「ローシェ!」
クルーエルの叫び声……。
紫色の爆炎が晴れた時、そこには衣服が破れぼろぼろになったローシェの姿があった。
だがその目は死んでいない。
あれは何かを狙っている――。
そう思った時、ローシェの体が盛り上がっていく。
次の瞬間、そこには大きな竜が現れていた。
飛龍。
ローシェが変身したものである。
飛龍になったローシェはその巨体でリエルに向かって特攻する。
それを躱せなかったリエルごと壁の方へと猛烈なスピードで進んでいく。
「へえ……どうせスピードを生かせないなら、一か八かの特攻ってわけ」
リエルを押さえたまま、飛竜になったローシェは壁に激突した。
大きな振動が響き、壁が弾け飛ぶ。
リエルはダメージを負ったようにも見えるが、無論そんな無茶な激突をすればローシェとてただでは済まない。
いや、むしろローシェの方がダメージが大きかったようにさえ見える。
ローシェはリエルを壁にめり込ませたまま、彼女の目の前で大きな口を開ける。
ドラゴンブレスか!?
そんな壁際で放てばローシェに返ってくるダメージも生半可なものでは済まないだろ!
そうでなくてももうボロボロなのに……!
「ふふっ、わたしはあなたみたいなの好きよ。でも、やっぱり甘いのよね」
そう言うとリエルも口を大きく開けた。
その口にドス黒いエネルギーが溜まっていく。
ローシェとリエルがブレスを吐くのは同時だった。
超至近距離で黒と赤のエネルギーがぶつかり合う。
一瞬、均衡したように見えたが、次の瞬間には大爆発を起こした。
爆炎の中から吹き飛んだのは飛竜。
飛龍はそのまま地面へと落ちると、元の姿に戻って行く。
後には力なく横たわっているローシェの姿があった。
「ロ、ローシェ……」
クルーエルがふらついた足取りでそちらに向かおうとするが、ハッとして足を止める。
「完全に拘束したと思った時点であなたの負けよ。今、とどめを刺してあげるわ」
傷を負い頭から青い血を流しながらも健在のリエルは、言葉通りローシェにとどめを刺すため再び口に闇のブレスを溜めていく。
それを見てクルーエルが叫んだ。
「させんぞ!!」
クルーエルは一瞬で神竜へと変身を遂げ、そしてその口に『神竜のブレスを』溜めていく。
今度は逆にリエルがハッとする番だった。
「力を失くしたんじゃなかったの!?」
リエルは慌ててクルーエルの方に向き直ると、口に溜めていた闇のブレスを放った。
一方でクルーエルの方も神竜のブレスをリエルに向かって吐き出す。
神竜のブレスの方が圧倒的に射速が速く、一瞬にして闇のブレスを蹴散らした後、リエル本体に直撃したように見えた。
神竜のブレスはそのまま背後の壁をも吹き飛ばしたが、しかし、煙が晴れた時、そこには未だ健在な姿のリエルがいた。
……闇のブレスが神竜のブレスを僅かに曲げたのだ。
そのおかげでリエルは辛うじて神竜のブレスを避けることが出来たのである。
「……死ぬかと思ったわよ」
その顔は怒りに燃えていた。
「わたしは死ぬのは嫌いじゃないけど、それでも楽しくない死に方をさせられそうになるとムカつくわね……!」
一方でクルーエルは既に変身が解けており、膝を着いて息を荒げている。
……十秒しか変身していられないクルーエルは今ので力を使い果たしていた。
その様子を見てリエルの顔が嗜虐的に歪む。
「竜王ともあろう者が哀れなものね。あなたは千年前に引退しておくべきだったのよ」
リエルは手の平に紫色の魔力球を浮かび上がらせる。
まずい……!
今のクルーエルにあれを避けられるとは思えない!
「魔王様を倒したあなたのそんな情けない姿は、魔王様の名を汚す行為以外の何ものでもないわ。ここで死んじゃいなさいな」
リエルは冷酷にそう言い放つと、クルーエルに向かって魔力球を投げつけた。
それでもクルーエルは動けない。
俺はとっさに動いていた。
クルーエルに向かって突っ込むと、彼女を横に弾き飛ばす。
――迫りくる魔力球。
俺はそれを避けきれなかった。
ズドォォォォォォン!!
凄まじい衝撃音がダンジョン内に響き渡る。
俺もその衝撃に吹き飛ばされた。
ごろごろと転がるが、何とか一定の距離で止まる。
辺りは土煙で視界が閉ざされていたが、やがてその煙も晴れて視界が開けていき、確認すると、俺が元いた位置には大穴が開いていた。
……あんなのが直撃したら木端微塵だったに違いない。
その大穴を見つめながらも俺は起き上がろうとする。
でも……あれ? 動けない?
「リ、リク……」
クルーエルの霞んだ声が聞こえた。
そちらを見ると、茫然とした目で俺のことを見ていた。
どうしたんだ?
まるで俺がもう助からないみたいな……。
「いやああああああああああああ!! ご主人様!!」
ルゥの悲鳴が響き渡った。
彼女は未だかつてないくらいに取り乱した顔をしている。
ルゥの視線を辿ると、どうやら俺の下半身を見ているようだが……。
そこに視線をやったとき、俺は唖然とする。
………。
え? うそだろ?
俺の下半身が丸ごと無くなっていた。




