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第七十八話『マリー。玉砕寸前に』

【風の迷宮・32階】



「はああっ!」


 マリーの繰り出す鋭い剣閃を、上級魔族のリエルは全て躱していく。

 じれたマリーがリエルの胸に目掛けて突きを繰り出すが、それも簡単にリエルの硬質化された腕で弾かれ、カウンターでリエルの蹴りをもらってしまう。

 押し返されたマリーは辛うじて崩れ落ちるのだけは防いだ。


「はあっ、はあっ……!」


 マリーは肩で大きく息をする。

 この戦闘が開始してから小一時間ほどが経過した今、マリーの全身の至る所に裂傷や痣が見受けられ、流血も酷い状態だった。


「あらら、もう終わり~? まだ遊び足りないわ」


 対してリエルは余裕の表情でそう言った。

 始めこそ良い戦いをしていた二人だったが、徐々にその力の差が明らかになり、マリーが押されていったのだ。


 最初の必殺技が外されたことが大きな要因となっていた。

 あの一撃に力を使い過ぎたせいで、より不利になってしまったのである。


 誰の目から見ても勝敗は明らかだった。

 それくらいにマリーの傷が酷い。

 その様子を見かねたハイシスターの源伊織が、白魔法でマリーの傷を治すため駆け寄ろうとするが、


「マ、マリーさん……か、回復を……」

「来るな!」


 マリーの一括に伊織はその場で動けなくなる。


「こっちはいい……それよりもユウキたちの援護を優先しろ!」

「で、でも……」

「いいから!」


 その言葉に伊織は従わざるを得なかった。

 近付いた途端、マリーの足手まといになってしまうことが自分でも何となく分かっていたからだ。

 マリーと上級魔族リエルの戦いはそれほど次元が違うものだった。


 それに実際、こちらはこちらでマズイ状況なのである。

 ユウキの指揮によって辛うじて下級魔族たちの攻撃を凌いでいるが、何か一つ均衡が崩れたら下級魔族たちは細道から一気にこちらへとなだれ込んでくるだろう。

 ぎりぎりの瀬戸際なのだ。


 元の場所へと戻って行く伊織を確認しながら、マリーは剣を構え直す。

 そんなマリーにリエルが言ってくる。


「一人や二人犠牲にすればもっと状況は良くなるかもしれないわよ?」

「……私にそんなことが出来ると思っているのか?」

「そんなことわたしには分からないわよ。出来る人間もいれば出来ない人間もいる。わたしから見たらあなたたち人間って不合理極まりない生き物だわ」


 心底そう思っているのか、不思議そうに首を傾げているリエル。

 実際リエルは意地悪で「一人二人を犠牲にしろ」と言ったわけではなかった。

 ただ、目の前のマリーがある程度聡明であることを認めているのに、その彼女が合理的な判断を下さないのが不思議でならなかっただけなのだ。


「くくく……」

「? 何を笑っているの?」

「いや、なに。お前たち魔族にも意外と面白い奴がいるものだと思ってな」

「わたしが、面白い? そんなこと初めて言われたわ」


 益々不思議そうに首を傾げるリエルだった。

 しかしこのような会話をしながらも、リエルは無慈悲に告げる。


「でも悪いけど、そろそろあなたの手足を斬り飛ばすわ。この戦いに飽きちゃったから」

「……そうか」


 ボロボロの状態で剣を構えるマリーと、無傷のリエル。

 誰がどう見ても結末は見えていた。


 しかしマリーはまだ諦めていなかった。

 自分の命と引き換えに放つことが出来る究極奥義。

 それが彼女に残された最後の手だった。


 リエルが手に力を集中し、手の平にどす黒く濁った紫色の魔力球が浮かび始める。

 そしてその球はどんどん大きくなっていく。


 対してマリーは剣に気を集中する。

 自らの生命力を全て剣に注ぎ込むようにして……。


 黄金色に輝き始めるマリー自身と、彼女の剣。


 それを見てリエルの顔が嬉しそうに歪む。


「へえ。まだそんな力があったなんてね~。いいわ……いいわよあなた。真っ向から勝負しましょう」


 リエルは楽しそうに笑ってそう言った。

 マリーのあの一撃をまともに食らえばいくらリエルといえど無事では済まないかも知れない。

 それを分かりながらも、彼女の中には逃げるという選択肢などなかった。

 何故ならその方が楽しいからだ。


 そうやって二人のオーラが極限にまで高まる寸前のことだった。


 ――突如としてリエルの表情に変化が訪れる。

 彼女は何かに気付いたようにそちら(、、、)へと顔を向けると、ぼそりと呟く。


「……マロスがやられた?」


 リエルは同族の中級魔族マロスが消滅したことを感じ取っていた。


「……有り得ないわよ。マロスがやられるなんて……。それこそ目の前のこの女と同じくらい強い奴でもいない限り、あのマロスが簡単にやられるわけが……」


 しかし実際マロスが消滅したのは事実。

 リエルは考える。


 目の前の奴らならどうとでも出来る。例え下級魔族を倒されたところで、他にモンスターたちもウヨウヨいる。どうせ逃げることも出来ないのだから。

 それよりも、中級魔族を倒した者たちがここに合流される方が面倒くさい。

 だったらそちらをまず片付けるなり確認するなりしておいた方が良いだろう。


「もしマロスを倒した奴がここに合流したら面倒かもしれないわね。これは遊んでいる場合じゃないか……」


 そう言うと、リエルは紫色の魔力玉を収め、空中へと浮かび上がった。


「どういうつもりだ!?」


 マリーが叫ぶが、リエルはこう答える。


「悪いわね。少し急用が出来ちゃった。しばらく下級魔族たちと遊んでいてくれる?」


 そう言うや否や、リエルはどこかへと飛んで行ってしまう。

 マリーは唖然とするしかなかった。


「ぐっ……」


 しかしマリーは黄金の気を散らしながらその場に崩れ落ちた。

 実はもう体は限界だったのである。


「源さん! マリーさんに回復魔法を!」

「は、はい!」


 下級魔族と戦いながらもユウキが的確に指示を出した。

 理由は何であれ、今がチャンスだと考えたのだ。

 マリーの傷を治してこちらに加勢してもらえれば、彼女の力ならば下級魔族くらいなんとかなるだろう。


 しかしそれを見越して尚、自分たちのことなどどうとでも出来ると考えたからこそリエルは離脱したのだろうこともユウキは見抜いていた。

 それでもやれることはやる。

 リエルに何かイレギュラーな事態が起きたことも事実なのだ。

 ユウキは自らもボロボロになりながらも剣を振るう。

 何故なら『自分は勇者』なのだから。


 一方でマリーは伊織の治療を受けながらも、リエルが離脱した理由が気になっていた。

 あれほどの者がこの状況を放置してまで立ち去る理由。

 それは一体何なのか?


 しかしこの時まさかすぐそこまでリクが来ているなどとは、さすがのマリーも夢にも思わなかった。



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