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第四十四話『奴隷と。主人と』

 ボアの街の外に出た頃には既に日が落ちて辺りは真っ暗だった。

 街の城壁に火が灯っているので、それを目印にして南東の林の方を目指す。

 あの子は……うん、付いて来てるな。

 ちょこちょこしてて可愛いな本当に。


 彼女は裸足だったから途中露店で売っていた靴を買ってあげたのだが問題なさそうだ。出来ればもっといいのを買ってあげたかったけど、店員さんと喋れない俺にとって『サイズが違うのありますか?』と聞くのはハードルが高いんだよね……。

 それと靴屋や服屋の店員が喋りかけてくるのはこっちも変わらなかった。

 どちらの世界の店員さんにも言いたいのだが、本当に喋りかけて来るのは勘弁してください。


 そんなことを考えながら歩いていたら、目的としていた林の入口のところに辿り着いた。

 俺は林に入って、街からそう離れずに街の物見から見えない場所がないか探す。


 すると木々に囲まれながらも開けた所を見つけた。

 うん、いい場所だ。街からそう離れていないし盗賊やモンスターも出にくいだろう。


 取りあえず真っ暗なので明かりが欲しい。

 奴隷竜の少女のためにも暖が取れた方がいいので、焚火でもしよう。

 そう思って辺りに落ちている枯れ木を集め始めると、奴隷竜の少女も気を利かせて一緒に拾ってくれる。……いい子だ。


 枯れ木を集め終わると、俺は原始人のごとく太めの木に棒を突き刺して摩擦で熱を起こし始める。素人がそんなことできるのかと思うかもしれないが、今のステータスならまったく問題ない。

 高い筋力値と敏捷値のおかげであっさりと火が起きた。

 そこに枯れ木を適当に詰んでいけば、いい感じのたき火が完成する。


 おお、いいねえ。なんか林間学校でやったキャンプファイヤーを思い出すよ。

 それと同時に一人マイムマイムを踊ったことも思い出しちゃったけど、まあよしとしよう。


 それにしても腹が減ったな。

 彼女の方もお腹が空いているだろうし、このまま夕御飯にしようか。


 俺はマジックポーチから『ブルポーンの肉』を取り出すと、細長い枝に突き刺してたき火の側で炙り出した。

 この『ブルポーンの肉』はその名の通りブルポーンという牛型モンスターのドロップアイテムである。

 モンスターは負のマナの集合体なので、普通は倒したところで肉も骨も残らないが、ドロップアイテムは話が別だ。

 割と高く売れるが、自分で食べてみたかったので手元に残した。


 辺りに肉が焼ける香ばしいにおいが漂い始める。

 肉を見つめている奴隷竜の少女がごくりと喉を鳴らしたのが分かった。

 ふふ、落ち着きたまえ。ベストな状態で食べようではないか。


 表面に十分な焼き目が付いた時、俺はマジックポーチから先程露店で買っておいたチーズを取り出した。

 そしてそれを肉の上面に乗せる。

 すると肉の熱でチーズが溶けだし、上から順にとろけたチーズが肉を覆っていく。

 チーズが半ばよりちょっと下くらいまで垂れてきた辺りで俺は肉をたき火から遠ざけ、さっき枯れ木と一緒に拾っておいた大きな葉っぱの上に置いた。

 その肉をラザロスに突きつけたナイフで二つに切ると、それぞれに細長い枝を刺して完成である。


 うほっ、ウマそう!

 よし! ではいただこうではないか!


 ほれ、食べんしゃい。

 俺は二つの内、一つを奴隷竜の少女に渡してやる。

 すると彼女は真剣な表情で肉を持った。

 そしてじっと動かなくなる。

 …………。

 ………。

 ……。


 違うんだよ? 持っていろという意味じゃないんだよ? 食べていいんだよ。

 何となく彼女がこれまでどういう扱いを受けてきたかのか透けて見えて思わず涙腺が緩んだ。


 どうも彼女、食べようなどとは微塵も思っていないらしい。

 この肉は両方とも俺の物だと認識しているのだ。

 本当は食べたいだろうに、そんなことはおくびにも出さず、まるで歩哨のようにしゃんと立っている。


 ど、どうすればいいんだこれ?

 俺は雰囲気で『それはキミのだよ』と訴えているのだが、全く気付いてくれない。

 何となく俺が何かを伝えようとしているのは察してくれたようだけど、それが何か分からず首を傾げている。

 伝えるのって難しいなぁ。


 仕方なく俺は実力行使に出ることにする。


 俺は彼女の腕を取ると、肉を彼女の口元にそっと持っていってやる。

 するとようやく意味が分かったのか、大きく目を見開く奴隷竜の少女。


『食べていいの?』


 言外にそう訴えてくる彼女の瞳に、俺は頷いて答えてみせる。

 それでも信じられないのか、彼女の視線は俺の顔と肉との間を行ったり来たりしていた。

 俺はもう一度頷いてみせる。


 それでようやく……ようやく彼女は顔を肉に近付けていく。

 そして、小さい口でかぷりと肉に齧りついた。

 もぐもぐと咀嚼する彼女の目から、ぽろりと涙が一つ落ちる。


「おいしい……」


 そこからぽろぽろと涙をこぼしながら食べ始める。


「おいしいです……おいしいです……」


 その光景を見ただけで俺は胸がいっぱいになってしまった。

 思わず潤みそうになる目を誤魔化すように俺も肉に齧り付く。


 ……うん、美味い。


 こうして落ち着いて誰かと一緒に食べるのなんて、ずいぶん久しぶりのことような気がする(ちなみに城でクラスメイトたちと一緒の席で食べるのは落ち着かなかった)。


 そこから俺たちは一言も喋らずに夢中で食べた。

 よほどお腹が空いていたのだろう。小さな体なのに彼女の食べる速度は俺とそう変わらなかった。


 全部食べ終わってからしばらく経つと、奴隷竜の少女はうつらうつらし始める。しかし俺より先に寝てはいけないとでも思っているのか、必死に頭を振って起きようとしている。

 気にしないでいいのに……。


 やはり彼女は奴隷だからそのように考えてしまうのだろうか?

 だったら奴隷じゃなくなったら普通の子に戻るのか?


 俺は自分の腕にはめている『主人の腕輪』と、彼女が首にしている『奴隷の首輪』を交互に眺めた。

 街にいる時に『聞き耳スキル』でちょくちょく奴隷についての情報を集めていたのだが、『奴隷の首輪』を無理矢理に外そうとすると呪縛の魔法のせいで奴隷が死んでしまうらしい。

 しかし先に『主人の腕輪』を壊してしまえば、対になる『奴隷の首輪』にかかっている呪縛の魔法は解かれ、奴隷が解放されるという仕組みになっているようだ。


 つまり俺はこの『主人の腕輪』を壊そうと思っていた。

 彼女をこれ以上縛り付けることもないだろう。

 俺は彼女を自由にしてやりたかった。


 俺は『主人の腕輪』を外すと地面に置き、青銅の剣(さっき武器屋を訪ねた時に強面店主に借りた)を腰から抜き放った。

 だが、俺が奴隷の腕輪を壊すため剣を振り下ろすと、不意に奴隷竜の少女がそれを遮るようにして剣の前に入って来る。


 なっ……!?


 俺は脳に緊急停止を訴え、剣は彼女の顔面ぎりぎりのところで止まった。

 危なかった……! もう少しで斬り殺してしまうところだったぞ……!?

 い、一体何を考えているんだこの子は!?

 だが、彼女の鬼気迫った眼差しを見てぎょっとしてしまう。


「なんでもやりますっ!! どんなことでも決して逆らったりいたしません! ですからどうか捨てないでください……お願いします……なんでもしますから……」


 彼女は目に涙を溜めて必死に訴えてくる。

 ………。

 なんてことだ。

 そうか。彼女は捨てられると思ったのか……。

 彼女の目を見れば、それがどれだけ切羽詰った想いなのかよく分かった。


 俺は自由にしてあげたかっただけなのだが、それを伝えるのが難しい。

 だけどここで何も言わずにいたら、彼女は多分ずっと『俺が捨てたがっている』と誤解したままだろう。

 そんなのは悲し過ぎる。

 だから言わねばならない。


「俺は……どこにもいかないから……」


 それが今の俺に言える精一杯の言葉だ。

 奴隷竜の少女は一度だけ目を大きく開く。

 頼む、伝われ……。

 その想いが届いたのか、奴隷竜の少女は顔をくしゃりと歪めると、大粒の涙を流し始めた。


「ごめん……なさい……」


 彼女は謝罪の言葉を口にした。

 どうやら彼女の中で安堵感よりも申し訳なさの方が上回ったようだ。

 彼女は一瞬だけ俺の方に手を伸ばしかけたが、遠慮して抱き着いてくることもしない。

 謝った後はその場でエンエン泣いているだけだ。


 俺は本当に切なくなってしまった。

 恐らく彼女は誰かに甘えたくてもずっとそれが出来ずにこれまで生きてきたのだろう。


 どうにかしたくて、俺はぎこちなく手を伸ばすと彼女を抱き寄せた。

 すると一瞬だけ泣きやんだ後、彼女の方も遠慮気味に手を伸ばしてくると、俺の背中をほんのちょっとだけ握って、一層大きな声で泣き始めた。


 森の中に少女の泣き声だけが響き渡る。


 ……俺は自分が正しいことが出来ているのか分からない。

 傍から見ればその抱擁は相当不器用に見えることだろう。

 それでも今できる精一杯のことをしてやりたかった。


 しばらくすると、奴隷竜の少女は泣き疲れて眠ってしまった。

 俺は道具屋で買っておいた毛布をかけてやる。

 涙の残る寝顔を見て、俺はまた一つ決意をする。


 俺は彼女に生きる自信を与える。

 そう決めた。




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