第2話:プリズム・ベールは脱ぎ捨てて。――しまむら、銀河の彼方へ
第1話、読んでいただきありがとうございました。
故郷の山頂で「最強」を手に入れた葵夢ですが、五次元のテクノロジーには一つだけ致命的な欠陥がありました。
それは、「乙女の羞恥心」という概念を、システムに一ミリもインストールしていなかったことです。
最強戦士ピコルス、変身解除。
そこに待っていたのは、七色の奇跡と、銀河規模の「露出事故」でした。
お気に入りの「しまむら」の私服が、宇宙の燃料として無慈悲に消え去る音をお聞きください。
――生まれたままの姿で立ち尽くす、絶体絶命の「乙女のピンチ」。
その先に待つのは、救済か、それとも。
「00:00」――リミット終了。
網膜を突き刺すように点滅していた赤字のカウントダウンが、非情な沈黙と共にゼロを刻んだ。その瞬間、私の全身を全能感で満たしていた最強戦士ピコルスの鎧が、物理法則をあざ笑うように粒子となって霧散していく。支えを失った筋肉に重力が数倍の質量で襲いかかり、肺の空気がすべて押し出される。
葵夢:「……え? あ、あれ!? 私の服は!? 私の、しまむらのセールでやっと手に入れた、あのお気に入りの洋服はどこへ行ったのよぉぉ!!」
私の悲鳴に応えるように、脳内に無機質なシステムログが直接響いた。
『警告:変身の代償として、三次元の衣類(私服)は五次元の炉で完全消滅しました。再構成は不可能です』。
非情。あまりにも非情な宣告。私のファッションセンターへの愛が、宇宙の燃料として燃やされた。代わりに剥き出しの肌を包み込んだのは、神々しい七色の光を放つ**『プリズム・ベール』**だった。
それは、変身解除後の「無防備な全裸状態」を、五次元のテクノロジーで数秒間だけ保護するために強制発動する、光の結晶。
「五次元の奇跡。その輝きは、罪を刻む。」
脳内に流れ込むそのフレーズは、福音ではなく呪いにしか聞こえなかった。私の肌を薄氷のような光の結晶が覆い、夕暮れの景色を乱反射させて塗り替えていく。
葵夢:「ちょ、ちょっと待って! なにこれ、まともに隠れてるの光ってる面積だけじゃないのーーー!!」
あまりの露出度。防壁というにはあまりに頼りなく、守られているのは「ここだけは死んでも見せられない」という乙女の最低限のプライド……その極小領域のみ。五次元エネルギー特有の、熱いのか冷たいのか判別のつかない「ひんやりとした熱」が、ガードを失った脇腹や太ももを直接なで回す。この生々しい感覚こそが、私が今、全裸に近い状態で福島の山中に立っているという現実を突きつけてくる。
あまりの羞恥心に、私の顔は沸騰したように赤く染まり、叫び声は夕闇の千貫森に木霊した。
しかし、その無様な悲鳴とは裏腹に、私の姿はこの世のものとは思えないほど美しく、神話の女神が現代に顕現したかのような圧倒的な神々しさを放っている。
灯澄:「……きれい。葵夢ちゃん、まるで……銀河を閉じ込めた宝石……。真央様がコンサートで使った『1.5億円の特注衣装』より、ずっと透き通ってるよ……」
隣で灯澄が、その美しさに毒されたように呆然と立ち尽くしている。100cmの豊かな胸が興奮で激しく上下し、その誠実な瞳には、親友への同情を完全に忘却した「純粋な心酔」が浮かんでいた。
葵夢:「灯澄! 見惚れてないで、 今すぐ! 私をこの『神々しすぎる公然わいせつ』から救い出しなさいよ!! 脱がせていいのは、せめてカタログ通販の試着室の中だけよ!!」
私の絶叫が響く。だが、無情にも視界の隅で、「聖域持続時間:残り7秒」という死の宣告が点滅を開始した。
灯澄:「葵夢ちゃん、落ち着いて! その光、もう消えそうだよ! 七色の輝きがどんどん薄くなって……葵夢ちゃんの『現実』が、夜空にじわじわと透けて見えてきちゃってる……!」
灯澄の震える指が差す先、システムログには無慈悲なカウントダウン。一秒、また一秒。私の「尊厳」を守る最後のバリアが、砂時計のように零れ落ちていく。
葵夢:「ネビィ! 何よこの欠陥システム! 『服が消える』なんて、変身する前に一番先に言いなさいよ! 重要事項説明書の読み合わせをサボった報いがこれなの!? バカーー!!」
私は焦りのあまり、何もいない虚空に向かって声を荒らげた。しかし、耳元から返ってくるのは、心臓に悪いほど冷たく重い静寂だけだ。次の通信が許可されるのは、王子の気まぐれ次第。広大な銀河にたった一人、半裸で放り出されたような絶望が、私の背筋を震わせた。
葵夢:「や、やだ! このままじゃ、飯野町の歴史に『光る変質者』として刻まれ――!」
灯澄:「葵夢ちゃん、安心して! もし光が消えちゃっても、私、葵夢ちゃんの全部を一生懸命『残像』で補完して見るから! 葵夢ちゃんの裸なんて、私の脳内補正で無かったことにしてみせるからね……!」
次の瞬間、葵夢の全身を包んでいた『プリズム・ベール』が、最高潮に達した打ち上げ花火のように激しく弾けて消滅した。一瞬の空白。そして、脳内に無機質な、しかし絶対的な重みを伴うログが強制介入する。
『――緊急転送:【五次元クローゼット】へのアクセスを強制承認。』
『消滅した三次元衣類の質量を「全宇宙共通燃料」として受領。代替の「最もふさわしい形状」を射出します』
「よかった、クローゼットから服が届くのね! 代替品でも何でもいい、隠せればそれでいいのよ!」
私は祈るように強く目を閉じた。あの馴染みのある、綿の肌触りと日常の匂い。五次元の彼方、物理法則の壁をぶち抜いて「再構成された何か」が、空間を無理やりこじ開ける重低音と共に実体化した。
――ポンッ!!
「00:00」―― 聖域、消失。
七色の光が、薄いガラス細工が粉々に砕け散るような、美しくも切ない音を立てて弾け飛ぶ。私は反射的に身をすくめた。次に身に纏うべき「普通の服」が転送されてくるのを、この世界の物理法則よりも強く信じて。
葵夢:「……え?」
肌を刺していた魔力的な冷気が消え、代わりに感じたのは、予想だにしない異様な「ふかふか感」。そして、視界を物理的に遮断する、くすんだ「青い壁」。さらには、鼻腔を強く刺激する、安っぽいビニールと化学繊維、そして微かな防虫剤の匂い。
灯澄:「……あ、葵夢ちゃん? それ……何かの、修行……?」
灯澄の、もはや同情を通り越して畏怖すら入り混じった困惑の声。私は恐る恐る目を開ける。そこに映ったのは、自分の白い指先ではなく、丸っこく、不気味なほど突き出した「青いヒレ」だった。
葵夢:「な、なにこれぇぇえええええ!!? サメ!? なんでサメなのよぉ!! 私の自慢の私服を再構成したら、どうして食物連鎖の頂点になっちゃうのよ!!」
五次元クローゼットが、この極限の因果の隙間に放り込んできたのは、あろうことか巨大なサメの着ぐるみだった。しかも、葵夢の顔がサメの鋭い牙が並ぶ口の中から覗くという、あまりにもシュールで悪趣味なデザイン。生地はやたらと分厚く、中にはパンパンに綿が詰まっていて、腕を動かそうとすると「ギュムッ、ギュムッ」と情けない音が鳴る。
葵夢:「ネビィ! 今すぐこれ脱がせなさいよ! 恥ずかしすぎて死ぬ、私がサメとして死んじゃう!!」
女神のようなプリズムの残光が漂う山頂で、真っ赤な顔をしてサメの着ぐるみの中でジタバタと暴れる美少女一人。その姿は、先刻までの神々しい女神から一転、巨大なサメに無残にも「食べられている最中の人」にしか見えなかった。
灯澄:「……あ、葵夢ちゃん! 大丈夫、落ち着いて! ほら……サメさんの牙、プラスチック製で全然痛くないよ! 葵夢ちゃんの柔らかいほっぺを守るために、五次元の神様が『クッション性の高いエサ』を選んでくれたんだよ、きっと……!」
葵夢:「慰めになってない! 誰がサメ専用の高品質なエサよ! せめて人間として心配してよ!」
灯澄:「でもね、葵夢ちゃん。そのサメの瞳……なんだか、今の葵夢ちゃんの絶望とシンクロしてて、すごく『完成されたアート』に見えるよ。真央様が言ってた『美とは、時に残酷な姿を借りる』って、こういうことだったんだね……」
灯澄は感動のあまり、スマホを構えて夢中で葵夢を(サメを)見つめている。葵夢を直視しないようにという「優しさ」ゆえに、視線がサメの死んだような目に固定されているのが、逆に怖い。
葵夢:「見つめるなぁぁ!! 私は最強戦士ピコルス……もがっ!?」
勢いよく反論しようとした拍子に、綿が詰まった巨大な着ぐるみの重みでバランスを崩す。サメの分厚い上顎が重力に従ってガクンと落ちてきて、葵夢の視界を真っ暗に塞いだ。
ネビィとの通信が完全に断絶された時間。私はこの、情けなくも巨大な「サメの胃袋」の中で、次なる不条理を切り抜けなければならないという、新たな、そして決定的な絶望に直面していた。
夕闇に包まれる千貫森に、シュコシュコと空しく鳴る着ぐるみの摩擦音だけが、どこまでも虚しく響き渡っていた。
(第3話へ続く)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
故郷を救う「最強戦士」になったはずが、気づけば「サメに食われている人」になってしまった葵夢。
【五次元クローゼット】、センスが「銀河の彼方」へ行きすぎていて震えますね。しまむらの私服を「燃料」として受領した挙句にサメを射出するあたり、あのクローゼット、たぶん確信犯です。
視界は真っ暗。手足はヒレ。
隣には、親友の尊厳を「残像」で補完しながら、サメの死んだ魚の目をじっと見つめるズレた親友。
この格好で飯野町の坂を下りたら、新たなUFO伝説を通り越して、福島県警の「事案」として歴史に刻まれてしまうのか。
絶望のサメ・ランウェイ、そのシュコシュコと鳴る摩擦音の先にある未来をお楽しみに。
もし「サメ葵夢(食べられ中)」を応援したくなったら、感想やブックマークをいただけると、彼女の着ぐるみの綿が少しだけ柔らかくなって、呼吸しやすくなるかもしれません!




