第92話 師匠は倒せないみたいです!
翌朝、ルッタは山頂にて一対一で師範と向かい合っていた。
「改めて問おう。なぜお主は強さを求める?」
あれから一晩、彼が悩みに悩み抜いて寝落ちした末に出した答えは――
「自分のためです!」
――何も変わっていなかった。寝落ちしたので当然である。
「レベルアップして強くなると僕が楽しいです!」
そもそも大事な試合の前に夜更かしするべきではないので、今回ばかりは早く寝たルッタが正しい。寝る子は育つのである。
「……こりゃかなわんわい」
返答を聞いて派手にずっこけていた師範は、よろよろと立ち上がりながら呟いた。
「あと強くなれば敵をたくさん倒せるので、ハッピーエンドに到達できる可能性が高まります!」
「……ほう」
しかし、続きの言葉を聞いた師範の眉がぴくりと動く。
「はっぴーえんど……か」
何か引っかかるものがあったらしい。
「ゲームは基本的に自分が頑張ってキャラを操作するものなので、ハッピーエンドで終わってくれた方がより楽しいですからね!」
「……つまり、お主は皆に幸福な結末を迎えて欲しいと考えている……ということで良いのじゃな?」
「もちろんそうですよ!」
迷いなく答えるルッタ。
(やり直しが効くかわからないので、この世界で先にバッドエンドを回収しようとするのはあまりにもリスクが高すぎますからね! 取り返しがつかなかったら心が痛みます!)
――セーブとロードができないゲームでいきなりバッドエンドを回収しようとするのは危険すぎるため、仮にやるとしても二週目以降ができたらにするべき。
それが彼の導き出した答え――というより、元からの考えであった。
「僕が強い方がみんなも楽しく過ごせると思います!」
「……うむ、面白いのう。お主らしくて良い答えじゃ」
しかし、言葉の足りなさが幸いしてかなり好意的に受け取ってもらえたようだ。
「一部、わしには理解できん若者言葉が混ざっとるが……まあよい!」
修行の末に心も成長したように見えるルッタを目の当たりにして、師範も笑顔を浮かべている。
「ゲームという言葉の意味について知りたいですか?!」
「やめておこう。聞いたところで、おそらくわしには理解できんからのう!」
「そんな……!」
邪教への誘いも無事に回避することができたようだ。
「……では質問を続けよう。修行をしてきて楽しかったことは何じゃ?」
「みんなと組み手をすることです!」
「お主がさらに強い力を得たとして、どう使うべきだと思う?」
「ええと……人を吹き飛ばしてしまわないように気をつけます!」
滅茶苦茶に思える返答だったが、師範は満足げに頷いた。
「……わしがお主に教えたかったことはそれじゃよ」
「攻撃で人を吹き飛ばさないように力加減することですか?」
「他者を思いやる心じゃ」
「なるほど!」
納得している様子のルッタ。彼が本当に師範の教えを理解しているかは不明である。
しかし、師範は現状が彼の到達点であると判断したようだ。
「ルッタ。わしはのう……お主に初めて会った時、言いようのない危うさを感じた」
「力加減が下手だからですか?」
「当然それもあるが……本質はもっと別のところにある」
そこでひと息おいてから、師範は話を続けた。
「お主は……あまりにも純粋すぎるのじゃ。……故に、良いことも悪いことも同じような心持ちのままにできてしまう。他人に何かを与える時と同じ笑顔のまま、他人から何かを奪えてしまうのじゃ。子供らしいといえばその通りじゃがのう……」
「それは何やら難しい問題ですね……!」
真剣な表情で拳を握りしめるルッタ。
「おそらく、お主には世俗を生きる人々の価値観というものがあまり理解できないのじゃろう」
「なんだかすごく酷いことを言われている気がします!」
「善意なく人を生かし、悪意なく人を殺す。その有り様を例えるのであれば……お主は大自然そのものじゃな」
「それは……すごそうなので嬉しいです!」
どうやら、師範はルッタの奇行を自然災害のようなものとして受け入れていたらしい。
「……ともかく、これからは他者を思いやる心を忘れず……なるべく人の味方であって欲しい」
彼が口にしたその願いは、ある意味で諦めに近かった。
ルッタへの修行を通じて悟りを開き、成長を遂げたのは師範の方だったのかもしれない。
「お主にとっては難しいことかもしれんが……できるかのう?」
「はい! 僕には人のことを思いやる心があるので大丈夫です! 魔王を倒して世界の平和を目指しますよ!」
「……ならばよい」
師範はそう言ってルッタの頭にぽん、と手を置いた後、ゆっくりと背を向ける。
「合格じゃ」
「……あの、戦わないのですか師匠?!」
「お主は初めからわしに勝っておるじゃろう。今さら力を試すようなことをする必要はない」
師範は一度振り返ってそう言った後、山を下り始める。
「ここで師匠を倒せばムゲン水をドロップするかと思っていたのですが……もう少しイベントが続くみたいです……!」
ルッタは立ち去る老人の背中をじっと見つめながら、そんなことを呟くのだった。
他者を思いやる心を教えてもらったので、もちろん不意打ちはしない。




