第81話 ついにこの日が……!
その日の早朝、目覚めたルッタは屋敷の庭に出て全身で日の光を浴びていた。
「ふわぁ……ようやくリリア姉さまから解放されました……」
そして、あくびをしながらげっそりとした様子で呟く。
――アンデッドが大暴れした王都での一件以来、リリアは以前よりもさらにルッタへ執着するようになってしまった。
近頃は、夜になると部屋へ入ってきて、さも当然かのように一緒のベッドに潜り込んでくる始末である。
メイドに加えて姉からも監視されるようになり、一人になれる時間が大幅に減ってしまったのだ。
もちろん、お風呂に入るのも一緒である。色々と危機感を覚えた両親から別々に入るように促されているが、隙あらばリリアが押しかけてくるのだ。
それはもはや姉としての溺愛というよりも、幼児退行に近かった。
壮絶な経験の数々によって、リリアは極度の怖がりになってしまったのである。
(もうそろそろ精霊が完全に目覚めそうなので、それまでの辛抱です……! 主人公としての覚醒イベントを経験すれば、きっとリリア姉さまも成長できるでしょう!)
ルッタは姉の覚醒イベントを誰よりも心待ちにしていた。
「……とにかく、誰も見ていない今がチャンスですね!」
言いながら、ルッタは分身の術を発動して目の前にもう一人の自分を呼び出す。
「お久しぶりです!」
煙と共に現れた分身に向かって、元気よく挨拶をした。
「ひいいいいいっ?!」
すると、分身の方は怯え切った表情でルッタから後ずさる。
かつて魔王を自称していた彼もまた、王都での一件でリリアと同様に深い心の傷を負ってしまったのだ。
「それではいけませんよ、ルッタツー! しっかりと挨拶をすることでステータスにバフ――強化がかかって一日を元気に過ごせるようになるのです!」
「あ、ぅ、はい……」
「忍者としても、挨拶は大事だとオボロが言ってました!」
「はい……」
ルッタから謎の理論を教え込まれる哀れな分身の姿が、そこにはあった。
「それではもう一度、僕の真似をしてちゃんと挨拶をしてみましょう! ――僕の名前はルッタです、よろしくお願いします!」
「我……じゃなくて僕は……ルッタツーです……よ、よろしくお願いします……」
「その調子ですよルッタツー!」
ちなみに、偽魔王の魂が入った分身は『ルッタツー』と名付けられた。
人格を共有していない第二のルッタであるためルッタツー。彼のネーミングセンスは単純明快である。
「僕はたまに家を空けなければいけないことがあるので……代わりを務められるように、ちゃんと僕としての振る舞いを覚えてくださいね!」
「うぅぅ……」
彼は分身に対して、ルッタとして振る舞うための教育を施すつもりのようだ。
(こんな異常者の真似など……そう簡単にできるかっ!)
実際、かなりの無理難題であった。
「たぶん、いい子に過ごしていればバレないと思います! 時々脱走してしまうこともありますが、僕はいい子なので!」
「き、貴様……本気で言ってるのか……?」
「はい! みんな『手はかかるけど良い子だ』とよく褒めてくれます! きっと日頃の行いが良いのでしょう!」
「………………」
さらに厄介なことに、ルッタ自身も自分のことをあまり正しく認識していないようだ。
「前世の記憶を取り戻して少し変わってしまいましたが、基本的には大人しくて儚げな原作ルッタとして振る舞えば問題ないと思います!」
「貴様のどこが大人しくて儚げなのだ……ッ! 馬鹿も休み休み言え……ッ!」
「それじゃあ、今から僕として振る舞うための問題を出しますね!」
ルッタツーの発言を華麗に受け流し、次のステップへと進むルッタ先生。
「わ、我は納得していないぞ……っ!」
生徒の方は置いてけぼりであった。
「例えば……おお、あそこにワームが居いるではありませんか! ルッタツーは、家の庭でワームを発見したらどうするべきだと思いますか?」
庭の端を這い回っていたワームを指差し、問いかけるルッタ。
「……。愚かな貴様らの価値観に合わせてやるのなら……魔物とて尊い命だ。心優しい人間であれば、無害なワームは逃してやると思うが?」
言いながら、挑戦的な目でルッタのことを見るルッタツー。
「関わりのない弱者に慈悲を与えてやることで、命を奪わなければ生きることができないという罪から逃れたつもりになっているのだ。……下等生物の分際で、実に傲慢な考えだがな」
久しぶりに上位存在として振る舞ったことで、少しだけ自信が戻ってきているようだ。
「いいえ、違います! 魔物は経験値なので見かけたら倒しましょう!」
「えぇ……」
しかし、もちろんルッタに問答を仕掛けても通用しない。
何故なら彼にとって、ありとあらゆる問いの答えはゲームに通じているからである。
「特にワームはリリア姉さまが嫌いな魔物なので、見つかる前に倒さなければいけません! 発見次第、緊急討伐クエストが発生します!」
「貴様……本当に人間なのか……? 何故その価値観で自分のことをいい子だと断言できる……? 人とはそういう種族ではないであろう……!」
「ちなみに、分裂させて数を増やしてから倒すと獲得経験値量アップです!」
ルッタはワームを鷲掴みにし、無慈悲に引き裂いて分裂させ、片方をルッタツーへ投げ渡す。
「……今からでも遅くはない。魔族になれ、ルッタ。貴様にはその才がある」
「僕は人間です!」
そしてルッタは、ワームを踏み潰し経験値にした。
「…………」
ルッタツーもそれに倣い、ワームを踏み潰す。
「…………っ! ふおぉおおおおぉおおーーーーーーーーーーっ!」
その時、突如として目をまん丸に見開き叫ぶルッタ。
「どっ、どうした……のだ……?」
あまりにも突然のことに怯えながら問いかけるルッタツー。
「ついに……ついにこの日が来てしまいましたっ!」
ルッタは一呼吸おいてから続けた。
「レベル100に到達ですっ!」
どうやら、とうとうレベルを最大まで上げることができたらしい。おめでたい限りである。
「もう一人の僕は感じないのですか? このレベルアップの感覚を……!」
「何も感じぬぞ。貴様の頭がおかしいだけだ」
冷酷に言い放つルッタツー。
ひょっとすると、この世界にレベルなどというものは存在しないのかもしれない。
真偽の程は不明だが、少なくともルッタが最大レベルに到達したと感じているのは事実だ。
「ようやくアレを試せるのですね!」
彼は嬉々とした表情で懐からアステルリンクを取り出す。
「急用ができてしまいました! 早速ですが、ルッタツーは僕の代わりにお留守番をお願いします!」
「お、おい……そんないきなり――」
「特にリリア姉さまとエルナは強敵ですが、当たって砕けてください!」
そう言い残して、ルッタはどこかへと旅立ってしまうのだった。




