第77話 さよならクラウス!
セレスがこの世界の真実を教育されている時とほぼ同刻、ノエルが率いる魔法隊も危機的な状況に陥っていた。
大通りにて逃げ遅れた者や倒壊した建物の下敷きになった者たちの救助をしていた彼らの前に、全身が白骨化した巨大な飛竜が降り立ったのである。
死霊魔術は人間だけでなく、様々な生物の骸を操ることができるのだ。
「スカルドラゴン……! これは厄介なことになりましたよ……!」
ノエルは忌々しげに言った。彼女の褐色の肌に、冷や汗がにじんでいる。
「業炎ッ!」
クロードはとっさに炎を纏った剣を抜き放ち、竜を一刀両断する。
「グオオオオオオオォォッ!」
しかしバラバラに砕け散った骨は即座に再生され、元の姿へと戻ってしまった。
「まったく……死んでいるモノをもう一度殺すというのは……思っていた以上に難しいな」
「キザな台詞を言っている場合ではありませんよ。――あれを殺し切るためには、もっと強力な魔法が必要です」
ノエルは少し後ずさってから続ける。
「ですが、そんな魔法をここで使えば……生存者を探す必要もなくなってしまうでしょう」
彼女が話している間も、スカルドラゴンは周囲の建物を破壊しながら暴れ回り、こちらへ迫っていた。
「しかし、このままでは我々も……!」
なす術がなくなり、絶体絶命の状況に陥ったその時。
「そこまでだッ!」
突如として、魔法隊の頭上で声が響いた。
見上げると、近くの建物の屋根の上に一人の男が立っている。
「とうっ!」
かけ声を発しながら飛び降り、魔法隊とスカルドラゴンの間に着地する男。
「困っているようだな、クロード!」
彼は不気味な笑みを浮かべながら、背後へ振り返って言った。
「お前は……クラウス!」
クロードは驚愕する。
魔法隊の前に姿を表したのは、投獄されているはずのノクト教団執行機関白の背教者の一員、クラウス・ウィンザールであった。
「まさか牢屋を抜け出して来たのですか?! こんな時に……どこまでも反省しない人たちですね、あなた方ノクト教団は……ッ!」
言いながら、ノエルは脱獄犯のことを睨みつける。
「ふっ、今の俺はノクト教団ではない。――ゲーム・ピコピコ教団だ!」
クラウスは鼻を鳴らしてそう答えた。
「あの怪しげな新興宗教ですか……どちらも同じようなものでしょうっ!」
両手を突き出し、魔力を高め始めるノエル。
「――影縛!」
しかしクラウスは、そんな彼女を無視して目の前のスカルドラゴンを魔法で拘束した。
「今はくだらない言い争いをしている場合ではないだろう! 貴様はそんなことも分からないのか! 倒すべき敵を履き違えるなッ!」
「ぐッ……! 脱獄犯が……何故そんな真っ直ぐな瞳で白々しいことを言えるのですか……!」
あまりにも不可解なクラウスの言動に、眉をひそめて歯軋りするノエル。
「お前、何をしにきた……!」
クロードは、そんな隊長に代わって問いかける。
「見ての通り、助けに来たのさ。俺は罪を償わねばならないからな」
「分かってるなら牢屋に戻れ」
真顔で正論をぶつけるクロード。
「それは俺のすべき事ではない!」
しかし、今のクラウスにそんなものは通用しない。彼は魔法による拘束を解こうと暴れるスカルドラゴンを見据えて言った。
「クロード! お前はここで死ぬべきではない! ルッタ・アルルーの父としてッ!」
「どの口が言ってるんだ?」
かつてルッタを誘拐した張本人とは思えない口ぶりに、クロードは思わずそう返す。
「俺は……世界の真実を知った! この世は全てが虚構であり……だからこそ、その中で生きる俺たちにとっては……全てが本物なんだ!」
「何を言ってるんだ?」
「女神と聖女だってそうだ……周りが信じようが信じまいが関係ない……! 俺たちの心に深く刻み込まれていれば……それが真実なんだッ! ――そうだろクロードッ!」
「何でもいいからさっさと牢屋に帰れ! 死にたいのか!」
その言葉に対し、クラウスは笑った。
「その通り! 今犠牲になるのは……俺でいいッ!」
言いながら、魔法による拘束が解かれつつあるスカルドラゴンへ歩み寄っていくクラウス。
「お前……何をするつもりだ!」
「死霊魔術は闇の力……そして、俺の適性も闇だ。ネクロスごときにできることは、俺にだってできる……!」
彼はそう言った後、魔法を詠唱する。
「影幕!」
そして、自身とドラゴンの周囲を黒い影の幕で包んだ。
「さらばだ、我が戦友……!」
「あなた……自分とスカルドラゴンの周囲を結界で囲って自爆するつもりですか?!」
ノエルが叫ぶ。
「爆発するのは奴の方だ。……だが、影幕は内側に俺が入っていなければ発動できないからな。……どちらも経験値を得られない、不毛な結果で終わるだろう」
クラウスは自嘲気味にそう答えた。
「おい待てッ! 勝手なことを――」
「いくぞッ! 屍人爆弾ッ!」
彼が魔法を発動した刹那。
――ドッカーンッ!
黒い幕の内側で大爆発が起こり、スカルドラゴンは跡形もなく吹き飛ばされるのだった。
魔法が消え去り、大通りは静寂に包まれる。
「まさか……周囲を巻き込まぬよう、自分ごと吹き飛ばすだなんて……」
ノエルはぽつりと呟く。
それは、クラウスが闇の魔法に精通しているからこそできる芸当であった。
「あの……どうしてあの人は、あんなにも貴方に馴れ馴れしかったのですか? いわば誘拐犯と……被害者の関係ですよね……?」
「いや、知りません」
ノエルの問いかけに、クロードは首を振る。
「何が目的だったんだ……」
彼の疑問が解消されることは、クラウスが星になったことで永遠になくなってしまったのである。
しかし、かつて裏切り者であった彼の勇姿は、魔法隊の人々の心に深く刻み込まれたことだろう。
「偽りの教義を信じてしまった者の考えることは到底理解の及ぶことではありません。……忘れなさいクロード」
「……はい、そうですね。全て忘れましょう」
――別に刻み込まれてはいないかもしれない。




