第76話 救護隊を狙う怪物
深夜、魔人ネクロスと偽魔王の生み出したアンデッドたちによって、王都の中心部は大混乱に陥っていた。
これ以上被害が広がれば、王都が滅びてしまう可能性もある。
そんな中、魔導騎士団は逃げ惑う民衆の避難誘導や救助を、近衛騎士団は王宮の守備と避難民の受け入れを、辺境騎士団は王都に溢れるアンデッドの駆除と危険区域の封鎖を請け負い、各自任務に当たっていた。
――そして、王宮前の広場に設けられた救護所の一角にて。
「セレス隊長……」
怪我人の治療を行っていたステラは、近くを通りかかったセレスのことを呼び止め、駆け寄った。
「はい、どうかなさいましたか?」
月明かりを受けて白く輝く髪を揺らしながら、ゆっくりと振り返るセレス。
「ルッタとリリア――私の子供たちは……ここへ避難してきていませんか? ずっと見当たらなくて……」
ステラは落ち着きなく周囲を見まわしながら問いかける。
「……残念ながら、あの子たちは見かけていませんね。おそらく、別の場所に避難しているのだと思いますが」
セレスは柔らかな声で返事をした。彼女の透き通った声には、聞いた者の心を落ち着かせる不思議な力がある。
「そうですか……」
しかし、今のステラはそれどころではない様子だ。
「確か、今日は空いている騎士団の訓練場で遊んでいるのですよね?」
「はい……。もしかしたらそこに取り残されているのかもしれないと思うと……心配で……」
彼女の話を聞いたセレスは、少し考えてからこう言った。
「……分かりました。他の隊の者に、手が空き次第訓練場の方を探すように頼んでおきましょう」
「ありがとうございます……!」
お礼の言葉を口にして、深々と頭を下げるステラ。
セレスは彼女の肩にそっと手を添え、優しく微笑んだ。
「ルッタ君とリオナ隊長の試合は私も見ていました。彼であれば、アンデッドを相手にしても後れを取るようなことはないはずです」
ステラの目元に浮かぶ涙を指先でそっと拭い取り、こう続ける。
「……きっと、明日には会えますよ」
それから、ステラは何度も感謝を述べた後、天幕の奥へと引き下がっていくのだった。
いくら子供たちのことが心配であっても、騎士団の一員として持ち場を離れるわけにはいかやいのである。
――そんな彼女の後ろ姿を見送ったセレスは、次に広場の端へと足を運んだ。
そこには、アンデッドを遠ざける為に用意された急ごしらえの魔除け石が並べられている。
それらに施した祝福が弱まっていないことを確認しながら、セレスはため息混じりにこう呟くのだった。
「まったく、ルッタ君は母親泣かせな子ですね」
「特別な人間とは、得てしてそういうものなのですよぉ……」
すると、何故か返事があった。
「もっとも、あのお方は人ではなく――神なのですがぁ……!」
いつの間にか彼女の隣に立っていたのは、長い黒髪を垂らし、質素なローブを身にまとった怪しげな女である。
「……何ですか貴女は」
セレスは怪訝そうな顔をしながら女の方を見た。
「私、ゲーム神にお仕えするゲーム・ピコピコ教団のセレーヌと申しますぅ……」
「セレーヌ……!」
名前を聞いた瞬間、セレスの目が険しくなる。
昼間の会議で挙げられた、ノクト教団に残る有力者の一人と同じ名前だったからだ。
「そ、そんな怖い顔をなさらないでくださいぃ……」
セレーヌはしなやかに身を滑らせ、彼女の背後へと回り込む。
そして左腕を液体のように変化させ、セレスの口を塞いだ。
「ん、んぐっ!」
「あの、それで、ですねぇ……是非とも、皆様の救護活動に……我々ゲーム・ピコピコ教団がお力添えさせていただきたいと考えておりましてぇ……!」
こんな状況であるのにも関わらず、セレーヌは構わずに話を再開する。
「ごほっ、ごほっ……だ、だれが……貴女ような悪人を……っ!」
「そうおっしゃらないでください……救護隊隊長のセレスさん……」
「…………っ!」
もがく彼女の耳元で、彼女は吐息混じりに囁く。
「私とあなたは、名前が似ているのでぇ……きっと通じ合えると思うのですぅ……!」
セレーヌの濡れた指先が、するりとセレスのローブの中へ侵入した。
「それはもう……本当の双子のようにぃ……!」
不愉快な感触がセレスの体を這いまわり、無遠慮にまさぐる。
「聖なる――んっ……ぐぅッ!」
魔法の詠唱を試みた彼女の口へ液化した自身の体を押し込み、慣れた手際で無力化するセレーヌ。
「大丈夫……怖がらなくていいのですよぉ……? 私たちは救護隊の皆様と……末永く仲良くしていきたいと考えているだけなのですからぁ……!」
逃れようともがくセレスの体に液状化した腕が巻き付き、足を絡め取り、茂みの中へと引きずり込んでいく。
「布教活動……開始ですぅ……!」
「っ! んーーーーーッ!」
セレス・フィア・カラリアの声にならない叫びは、誰にも届かなかった。
「ふふふ、うふふふふ……経験値! 経験値! 経験値!」
――少しして、茂みの中から楽しそうなセレスの声が漏れ聞こえてくる。
「経験値! 経験値! 経験値ぃ!」
セレーヌもそれに共鳴している様子だ。
このように、ゲーム・ピコピコ教団はルッタの考えに従い、時に暴力的な手段を用いて信者を獲得していくのである。
ノクト教団とは比べものにならないほどの恐るべき邪教であった。




