第75話 不死身と不死身
――時は遡り半日前の夕刻、ルッタたちがキノコ漬けドーピング……もとい、おやつを食べていた頃。
ヴォルス・デラ・ヴァレット率いる特別編成部隊が、王都の裏路地に佇むノクト教団の本部を包囲し、突入の号令をかけようとしていたその時、それは起こった。
突如として地を割るような轟音が鳴り響き、ぐらりと建物全体が揺れる。
そして次の瞬間、内側で爆発が起こり、教団の本部が丸ごと崩壊してしまったのだ。
あまりにも突然のことに、呆気に取られる一団。
「うゥウぅ……ッ!」
やがて土煙の中から、両目を赤く光らせた巨大な影が現れる。
瓦礫を押しのけて立ち上がったそれは、魔人と成り果てたノクト教団の指導者――ネクロス・マーフィーであった。
彼の肉体は異常なほどに肥大化しており、辛うじて人の形を保っているかのような状況である。
「なんと……ッ!」
最前列に立って突入部隊を指揮していたヴォルス・デラ・ヴァレットは、驚いたような声を発する。
「魔人……! 私も姿を見るのは初めてです……」
魔導騎士団から引き抜かれ、彼に付き従っていたクロードは、青ざめた顔で呟いた。
「おまけにアンデッドまで……!」
ネクロスの背後の瓦礫からは、無数のアンデッドたちが這いずり出してきている。
「これはまずいな。こんなところで魔人なんかに暴れられたら……とんでもない被害が出る」
ヴォルスの要請を受けて今回の作戦に参加した近衛騎士団総長――レオン・ルース・フェリアは、冷や汗をかきながら呟いた。
「それに、あのアンデッドたちが王都に散らばれば……!」
辺境騎士団討伐隊隊長――リオナ・デラ・エステルの脳裏に、最悪の想像がよぎる。
「奴らは肉体がある限り何度でも起き上がり、手当たり次第に人を喰らう。……俺も何度か、死者の蘇生を試みた馬鹿どもの後始末をさせられたことがある」
腰の剣に手をかけ、忌々しげにアンデッドたちを睨んでいるのは――近衛騎士団特務隊隊長レギウス・ファングだ。
ヴォルスは短く息を吐くと、皆へ視線を巡らせた。
「……作戦変更だ。あれは私が引き受けるので、クロード副隊長は王と魔道騎士団への伝達」
「はいっ!」
今回の作戦は、主に辺境騎士団と近衛騎士団の合同で行われており、魔導騎士団は不測の事態に対処する補助要員として後方に控えているのだ。
それから、ヴォルスはさらに続ける。
「レオン王子は私と魔人の周囲に結界を設置」
「ああ」
一帯を大きく囲むことができる結界を展開できるのは、この場に彼しかいなかった。
「……他の者は避難の呼びかけと、逃げたアンデッドの対処を頼む」
そう言いながら、ヴォルスはアダマンタイト製の拳鍔を取り出し指に装着する。
「総員退避だ。私はあまり加減が効かない」
リオナとレギウスの二人は短く「はい」と返事をし、各騎士団の者達に指示を出して方々へと散らばった。
そうして、二人の巨人――王国最強と謳われる英雄ヴォルスと、魔人と成り果てた狂信者ネクロスだけが残され、瓦礫の山の頂で向かい合う。
「……さあ、始めよう。魔人は不死身だという話を聞いていたので、実は前々から興味があったのだ」
軽口を叩きながら、ヴォルスは笑みを浮かべた。
「――同じように呼ばれる者としてな」
「ウガあアァああアああァッ!」
最初に動いたのはネクロスである。
彼が咆哮すると、背後のアンデッドが一斉に駆け出し、ヴォルスに飛び掛かった。
そしてアンデッドたちの肉体が光を帯び、次々と内側から爆発する。
「――ッ!」
辺りに血肉と骨片が飛び散り、ヴォルスは爆炎に呑み込まれた。
――屍人爆弾。
古の戦場で使用された、アンデッドを爆弾へと変えて突撃させる術である。
使用された相手はほぼ確実に跡形もなく吹き飛び、運よく生き残ったとしても体に食い込んだ骨片が毒となり肉体を蝕むのだ。
戦場に転がる死体を効率よく利用するためだけに編み出された、狂気の魔術であった。
かつて、この魔法によって幾つかの都市が滅びたという伝承も残されている。
故に全ての国家で禁術に指定され、その存在は闇へと葬られたのだ。
「……なるほど、これが死霊魔術か」
しかし、ヴォルスの体にはかすり傷一つ付かなかった。
「恐ろしい術だ」
極限まで研ぎ澄まされた魔力による肉体強化の賜物である。
「次は私だな」
彼は拳鍔を打ち鳴らしながら、静かに告げた。
刹那、ヴォルスの姿が消え去る。
――目にも止まらぬ早さで、ネクロスの懐へと踏み込んだのである。
「ふんッ!」
ヴォルスの豪快な一撃が炸裂し、魔人の腹を突き破った。
「ぐッ、があアあァァッ!」
衝撃で吹き飛び、絶叫しながら巨体でアンデッドを薙ぎ倒していくネクロス。
しかし、破ったはずの彼の腹部は一瞬にして再生され、再び起き上がってヴォルスに赤い双眸を向けた。
「なるほど……まさしく不死身……!」
その姿を見て、感嘆の声を漏らすヴォルス。
「ガあァああアあァッ!」
「ふッ! お互い、今日は帰れそうにないなッ!」
かくして、互いの不死身を殺しきる為の戦いが幕を開けたのだった。




