第74話 これにて一件落着です!
「音が……しなくなったわ……」
リリアは目元の涙を拭いながら、かすれた声で呟く。
彼女の言う通り、外を徘徊していたアンデッドたちのうめき声がぴたりと止んでいた。
訓練場内は、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。
「グランっ! 外の様子を確かめてみましょうっ! 岩をどかしてくださいましっ!」
「ああ……わかった!」
イーリス王女の言葉に従い、入口を塞いでいた大岩を魔法で粉々に破壊するグラン。
「ここは俺が先に――」
「ルッタちゃんっ!」
漢気を見せようとしたグランの言葉を遮り、リリアは部屋を飛び出していく。
訓練場二階の廊下に出ると、アンデッドの姿は完全に消え去っていた。
「おい待て、急に飛び出したら危な――」
「い、いませんわ……アンデッドが……どこにもっ!」
続いてイーリスも廊下へ飛び出し、残っている二人にそう伝える。
「…………」
「そういうこともあるさ」
グランはしょんぼりとした表情になり、ベルに慰められるのだった。
「ルッタちゃんっ! ルッタちゃんどこっ?! 返事をしてっ!」
一方、廊下のリリアは辺りを見回しながら弟の名を呼ぶ。
すると、奥から人影がふらふらと近づいてくるのが見えた。
「えんかうんと……できません……僕の経験値……」
「ルッタちゃああああんっ!」
弱々しく何かを呟いている弟の姿を発見したリリアは、泣きながら駆け出す。
「あ、リリア姉さ――むぐぅっ」
そしてその勢いのままルッタに飛びつき、ぎゅっと抱きしめて頬っぺたを押し当てた。
「ああ、ルッタちゃん……っ! ルッタちゃんだわ……っ、ルッタちゃん……!」
「た、たらいま……もほりまひた……」
いつにも増して狂気的な愛を押し付けてくるリリアの姿に、流石のルッタも引き気味でる。
「何を喋っているのか分からないわルッタちゃん……っ! でもいいの……それはいつものことだから……っ!」
「僕も正直、リリア姉さまのことはよく分かりませんが……心配をかけてしまったみたいなので謝ります。ごめんなさい」
肝心なところで通じ合っていない姉弟であった。
「いいえ、私のせいなのルッタちゃんっ! あなたのことを守ってあげられなくてごめんなさい……っ!」
「僕はこの中だと比較的強いので、リリア姉さまに守ってもらう必要はないと思いますが……」
「ひっぐ、うえええええんっ! ダメなお姉さまを許してぇっ!」
「な、泣いてしまいました……」
ルッタは再び頬をくっ付けられながら、困ったような表情をした。
「ルッタっ! わたくし……あなたのことを信じていましたわっ!」
その時、見かねたイーリス王女がやや強引に二人のことを引き剥がし、力強くルッタに抱き着く。
「く、苦しいです……イーリス王女……っ、継続ダメージを受けてしまいます……っ」
しかし、ルッタにとってはどちらが相手でも似たようなものであった。
「ルッタちゃん……っ!」
「ルッタぁっ……!」
「………………」
二人の少女に挟まれてしまったルッタは、助けを求めるようにグランの方を見る。
「……ったく、心配かけさせやがって!」
しかし、まるで通じていないようだった。彼は安堵に目を潤ませながら、嬉しそうに笑っている。
(前々から思っていましたが……みんな原作よりもスキンシップが激しいですね……近頃の流行りというやつでしょうか?)
この状況から解放される見込みがないことを悟ったルッタは、ぼんやりとそんなことを考えるのだった。
「…………っ」
ちなみに、ベルはただ一人、正体不明の恐怖心に苛まれていた。
微かに残っていた魔王もどきの記憶が、ルッタの危険性を訴えかけているためである。
彼女はそっとグランの後ろに隠れ、そっと彼の服を引っ張った。
「……ん、どうしたんだ?」
「怖いよ……グラン……っ」
「――――――ッ!?」
涙目で訴えかけるベルの姿を見て、少年の心が大きく乱されたことは言うまでもない。
*
「イーリス王女! ご無事ですか! どうか返事をしてください!」
イーリスたちが凍らされた爺やのいる訓練場一階の広間へと戻り、魔法による解凍作業に勤しんでいたその時、外から声が響いた。
「助けが来たみたいですわ……!」
どうやら、急遽編成された近衛騎士団の救助隊が到着したようだ。
「私たち……助かったのねっ!」
リリアは涙ぐみながらそう呟く。
その瞬間、氷が割れて無事に爺やも解放されるのだった。
「うぐ……っ。わ、私は何を……?」
アンデッド化もしっかりと解除されている様子である。
「ああ、良かったですわ爺やっ!」
――こうして、無事に死線を潜り抜けた少年たちは少しだけ成長して訓練場を後にしたのだった。
ルッタの目算によると、レベルにして五十程度の上昇である。騎士団の副隊長くらいは務まる強さに達しているが、もちろん皆に自覚はない。
おまけに、この一晩の事件によって大きく変化したのは彼らだけではなかった。
王都に存在したノクト教団はほぼ壊滅したが、アンデッドや魔人の対処に追われていた騎士団に代わって人々の救助活動を行なったゲーム・ピコピコ教団が、ひっそりと勢力を拡大する結果となってしまったのである。
魔人ネクロスが呼び出したアンデッドの被害は深刻であり、王都は甚大な被害を受けた。
今後もゲーム・ピコピコ教団は救助活動を続ける方針であり、さらに信者を増やすこととなるだろう。
国が無視できぬ存在となるのも時間の問題である。
リゼリノ王国では今、ルッタの持ち込んだ外来種による水面下での征服活動が進行しつつあった。




