第67話 知らないイベントです!
ルッタ達がドーピングアイテム――もとい、おやつを食べ終えて訓練を再開しようとしていた時のことだった。
突如として巨大な地響きが発生し、訓練場が大きく揺れる。
「な、何事ですのっ?!」
イーリス王女は突然のことに驚き、小さな悲鳴を上げた。
「地震……というわけではなさそうですね」
対して、やや呑気に答えるルッタ。
「と、とにかく外に逃げないといけないわルッタちゃん! みんなも早くっ!」
リリアの方は大慌ての様子で、血相を変えて皆に避難を促した。
「姫様っ、ご無事ですかッ!」
その時、訓練場の扉が勢いよく開け放たれ、燕尾服を着た老人――イーリス王女の付き添いをしていた宮廷執事のセバスが中へと駆け込んでくる。
「爺や! 外で一体何がありましたの!?」
そう聞いたのはイーリスだ。
彼女の無事を確認したセバスは、少しだけ落ち着いて続けた。
「まだ詳しくは分かりませぬが、外でアンデッドが出たとの騒ぎがあったようです。……私めはこれから王宮の者と連絡を取ってくるので、姫様はご友人の皆様とここで待っていてください」
「そ、それなら……わたくしも一緒に――」
「なりませぬ。どうかここでお待ちを」
出現したアンデッドの規模によっては、王都全体が壊滅的な被害を受ける可能性がある。
この状況下で王女を城まで連れて行くのはあまりにも危険であるため、仕方のない判断であった。
「そんな……っ!」
「……今はルッタ様と一緒にいる方が安全です」
不安で涙目になる王女に対し、セバスは優しくそう告げる。
彼はイーリスの付き添いで何度かアルルー邸に来たことがあるので、ルッタやリリアとも面識があった。
訓練場の一件も聞いているので、その実力を高く評価してくれているのだ。
「セバスさん……!」
「爺や……!」
セバスはルッタの方へと目を向け、深々と頭を下げる。
「ルッタ様。ここにいる間、どうか姫をお守りください」
原作にない特殊なイベントが発生したのだと勝手に理解したルッタは、ひとまずシナリオの誘導に従うことに決め、自信満々にこう答えた。
「分かりました! 僕に任せてください!」
彼の無駄に明るい声が訓練場に木霊する。
(これは……仮に『いいえ』と答えても会話がループするやつですね!)
内心ではそんなことを考えていた。
「……それでは、私めは急いで城へ行き、安全の確認ができましたらここへ戻ってまいります。それまではくれぐれも訓練場から出ぬよう、よろしくお願いします」
セバスはそう言い残して訓練場から立ち去ってしまったのである。
「街中にアンデッドが出たなんて……怖いわ……。嘘だと良いのだけれど……」
「もしその話が本当なら、騎士団の人は親父も含めて今日中には帰って来れないだろうな……」
リリアとグランは、それぞれ不安げに呟くのだった。
*
それから時間が流れ、夕方になった。空はすっかり茜色に染まり、本来であれば子供は家へ帰るべき時間である。
ルッタ達は訓練場の中央で円を作り、おやつのキノコを食べて気を紛らわせていた。
「爺や……遅いですわね……」
「私たちやグランの……お父さまやお母さまも、全然迎えに来ないわ……。みんな大丈夫かしら……」
イーリスとリリアは、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
「……待て。誰か来る」
その時、グランがぽつりと呟いた。
次の瞬間、訓練場の扉が勢いよく開け放たれる。
皆が一斉に視線を向けると、そこには少し俯いたセバスが立っていた。
「爺や! 外の様子はどうでしたの!?」
「アンデッドはいっぱい居ましたかセバスさん?!」
イーリスとルッタは、一斉にセバスの近くへ駆け寄って質問を投げかける。
「…………」
しかし、彼は俯いたまま何も答えなかった。ひょっとすると、よほど良くない知らせがあるのかもしれない。
「ど、どうしましたの爺や……? 返事をしてくださいまし――」
不安になったイーリスが、そっと彼の腕を引っ張ろうとした刹那。
「ぐしゃああああああああああッ!」
セバスは雄叫びを上げながら襲いかかってきた!
「あ、アンデッド……!」
叫ぶルッタ。どうやら、セバスは犠牲になってしまったらしい。
「あぁ……っ!」
あまりの衝撃に悲鳴すら上げられず、よろめいて気絶しそうになるイーリス。
「おっと!」
ルッタは即座に彼女のことを受け止めてお姫様抱っこし、魔物と化したセバスから距離を取る。
「サマ……ヒメ、サマ……アアアア!」
「爺や……そんなっ、爺やぁ……っ」
青ざめた顔でうわ言のように呟くイーリス。
「うそ……だろ……? さっきまで……普通に話してたのに……」
「ああ、そんな……セバス……さん……っ!」
グランとリリアも、予想だにしない事態に見舞われ硬直していた。
「ヒメサマアアアァッ!」
「セバスさん! 正気に戻ってください! 今のあなたはアンデッドなのですっ!」
「ぐしゃああああああああ!」
皆はどうすることもできず、迫り来るセバスによって壁際へと追い詰められてしまう。
(こうなってしまっては……もう……!)
打つ手がないことを悟ったルッタは、静かに魔力を高め始めた。
「……お許しくださいっ!」
そして、やむを得ず爆破魔法によって消し飛ばそうとしたその時。
「凍結っ!」
先にリリアが魔法を詠唱し、セバスを凍り付かせることで無力化に成功する。
「……た、助かりました。リリア姉さま、いつの間に氷魔法を使えるようになっていたのですね……!」
「練習……したの」
リリアは肩で息をしながら答えた。慣れない魔法を使ったことで疲れている様子だ。
「とにかく、元に戻す方法が見つかるまで……こうしておくしかないわ……っ」
「うぅ……爺やぁっ、こんなことってありませんわぁ……」
「一体……外はどうなっちまったんだ……!」
三人とも恐怖に怯えた表情をしていた。
(かわいそうなセバスさん……早く経験値……ではなく、元に戻してあげないといけませんね……っ)
対して、ルッタはわずかに残っている良識とレベリング欲との狭間で揺れ動いているようだ。
そんな時、どこからともなく声が聞こえてきた。
「……ほう。どうやら、人間のガキどもにしてはやるようだな」
――残念ながら、本当の恐怖はここから始まるのだ。




