第66話 魔王の器と魔人ネクロス
騎士団による会議が開かれたその日。ノクト教団本部の最奥に存在する一室――石壁の先にある薄暗い隠し部屋に、一人の人間が閉じこもっていた。
黒いローブを身に纏った、恰幅の良い男である。
彼はノクト教団の幹部にして、実質的な指導者――ネクロス・マーフィーだ。
「クソッ! こんなはずでは……ッ!」
ネクロスは苛立ちを露わにしながら、机の上にあった書物――禁術に関する魔導書や、魔王の伝承についてまとめられた分厚い本等を全て払い落とす。
「どいつもこいつも役立たずばかりだッ! やはり、宗教に縋るような愚物どもは信用ならんなァッ! 下手に目立って余計な敵ばかり作りおってェッ!」
顔を歪め、壁際をぐるぐると歩き回るネクロス。
――王国騎士団は、既に本部を包囲している。
「……フン! ここも終わりだなッ!」
言いながら、ネクロスは机の下に隠していた大きな袋を取り出した。
そして、その中に金品や魔導書を片っ端から詰め込み始める。
「おい、どこ行くんだよ……」
その時、不意に彼の背後から声がした。
「あァ?」
振り返ると、そこには漆黒のマントを羽織らされた少年が立っている。黒髪に褐色の肌に、まだ年端もいかぬ顔立ち。
見かけはごく普通の少年だが、彼は教団の者たちが信仰する対象であり、魔王の器を名乗っている。
「――ここへは入って来るなと言っただろ。話を聞けん馬鹿者め」
ネクロスは少年を一瞥しただけで背を向け、再び袋に持ち出す者を詰め込み始めた。
「……逃げるつもりなのか?」
「逃げる?」
その言葉をネクロスは鼻で笑う。
「違う、やり直すのだ!」
「同じことだろ……」
「同じではない! ワシの命さえ無事なら、計画などいくらでも立て直せるわッ! 何故ならワシは貴様ら愚物と違って賢いからなァ! グハハハハッ!」
「まだ世界征服なんて馬鹿みたいなこと考えてるのか……?」
ネクロスの真の目的はひとつ。かつて封じらたとされる魔王の肉体を探り当て、己の死霊魔術でその肉体を乗っ取り、不老不死の王として世界を永久に支配すること。
いわば世界征服であった。
そのために少年を「魔王の器」として仕立て上げ、都合の良い教義を作り、信者を集めて魔王に関する情報を探らせてきたのである。
「フン! 貴様のような馬鹿は一生かけてもワシの崇高な考えを理解することはできんよ」
言いながら、ネクロスは再び少年の方へ振り返る。
「……あと、お前はここに残れ。大人しく騎士団連中に捕まっておけば、奴らも命までは奪らんかもしれんぞ? 何せ分別がつかないガキだからな!」
そして、金色に光る歯を見せてにやりと笑った。
「ま、待てよ……、そんなの勝手すぎるっ!」
彼の言葉に、少年は青ざめた顔で叫ぶ。
「ボクも連れて行けっ!」
そして、慌てた様子でネクロスに近寄りローブを引っ張った。
「知るかッ! 邪魔をするなッ!」
怒鳴り声を上げながら、少年のことを振り払うネクロス。
「うぅっ!」
「ワシが貴様を拾ってやったのは、都合よく利用するためだ! もう用済みなんだよッ!」
彼は少年に罵声を浴びせながら、何度も足蹴にする。
「ぐっ……うぅ……っ!」
その場でうずくまり、うめき声を漏らしながら耐える少年。
――しかしその時。
「……我に、何をしている?」
彼の口から、思いもよらない言葉が飛び出した。
「あァん? なんだ貴様? いきなり偉そうにしおって……! 誰に口を――」
「黙れ」
次の瞬間、ネクロスの体は吹き飛ばされ、大きな音を立てながら壁へと叩きつけられる。
「ぐはァッ!?」
「我を蘇らせるというから、コイツの中から茶番を黙って見てやっていたというのに……使えん役立たずはお前の方だ」
言いながら、少年はゆっくりとネクロスの元へ近づいていく。
「き、貴様……一体……!」
「黙れと言ったのが聞こえなかったか?」
次の瞬間、彼はその腕でネクロスの心臓を貫いた。
「ぐッ、がはァッ!?」
「私の肉体がすぐ近くにあるのを感じる。……どうやら、目覚めの時が近いようだ」
「うがああああッ! ゴふッ! ああああああああああッ! ぎゃああああッ!」
「やかましい。……もう一度チャンスをやろう」
言いながら、少年はネクロスの体に禍々しい魔力を流し込んだ。
「ぐああああああっ!」
男は全身を焼き尽くすような激痛に襲われ、意識が闇へと沈んでいく。
「う……が……ぁァ!」
そして起き上がったのは、悍ましい殺気を放ちながら眼を赤く輝かせている怪物――魔王の力を授かり正気を失った魔人ネクロスであった。
「ウガああ、アァああああアああァ!」
「……クククッ……フハハハハッ!」
少年は高笑いをする。
「さあ、好きなだけ暴れて来い」
彼が指示を出した次の瞬間、魔人ネクロスは部屋の壁を突き破って外へと出て行く。
「ね、ネクロス様!? 一体何を――うわああああああああッ!」
「に、逃げろっ! ぎゃあああああ!」
そして本部に残っていた信者たちを襲い始め、次々とアンデッドへと変えていくのだった。
「さあ人間ども、数千年ぶりの絶望を味わうといい……!」
隠し部屋から出てきた少年は、血に染まる教団の大広間を見てほくそ笑む。
「まずは、もっと良い器を探さねばならんな。不都合が出ぬよう、なるべくコレと同じ体格のガキがいい」
少年はそう言って目を閉じ、王都全域の気配を探り始める。
「……見つけた」
そしてそう呟くと、真っ黒な影に包まれてどこかへと消えてしまうのだった。
――これが、王都を揺るがす大事件の発端である。




