第65話 ついに動いてしまうのですか!?
ルッタたちが楽しくおやつを食べているのと同刻。
王宮の一室――円卓の間では、リゼリノ王国の精鋭たちが顔を揃えていた。
辺境・魔導・近衛という三つの騎士団を束ねる総長たちに加え、各隊の隊長や副隊長、そして国王の姿もある。今この場には、王国の主要な戦力のほとんどが集結していると言っても過言ではないだろう。
そんな彼らの議題はただ一つ。捕らえられたノクト教団の暗殺者――クラウス・ウィンザールから引き出した情報の真偽を確かめ、今後の方針を定めることだ。
緊張感が辺りを包む中、近衛騎士団特務隊隊長のレギウス・ファングは、手元にある報告書を読み上げていた。
「……教団の幹部格として残っていると考えられるのは三人。洗脳を得意とし、体を水のように変化させることができる半魔の女――セレーヌ・ルサールカ。禁術に手を染め死霊魔術を扱う司祭――ネクロス・マーフィー。そして魔王ベルゼビュートの器を名乗る経歴不明の少年」
彼は少し間を置いてから続ける。
「本部の場所も随分と素直に吐きました。既に監視部隊を配置済み。――今こそが教団を叩く絶好の機会だと考えます」
周囲にざわめきが起こる。
それから、しばしの沈黙の後でクロードが発言をした。
「……その男の言うことが信用できるのですか? 本部の所在を素直に吐いたことといい、妙に協力的すぎる。我々を誘い出すための罠であると考えるのが自然では?」
彼の指摘に対し、ロゼッタが不気味に笑う。
「……クロード。一度、大事なせがれを攫われて恨んでいるのは分かるが……そう結論づけるのはちと早計だねぇ」
彼女はレギウスの方へ視線を向けて問いかける。
「あんたら、もちろん『審判の天秤』は使ったんだろう?」
王国に伝わる神器の一つ――『審判の天秤』は、虚偽の言葉を口にすると釣り合いが大きく崩れるという代物だ。
世界に一つしか確認されていない秘宝であるため、国家の存亡に関わる重大な事案でない限り、使用は禁じられている。
「当然だ。私が許可を出した」
国王が短くそう答えた。
「……クラウスの供述で天秤が揺れたことは、ただの一度もありませんでした」
レギウスは言う。
「つまり、嘘はないってことさ。――少なくとも《《表面上は》》、ね」
ロゼッタは口の端を吊り上げ、クロードの方を見ながら不敵に笑った。
「ですが、セレーヌという女が気になります。彼女に何らかの手段で記憶操作をされている……という可能性も考えられますからね」
救護隊隊長のセレスが静かに告げる。
「それに、ネクロスという男も気になります。彼に何らかの手段で魂を入れ替えや憑依の術を仕込まれている……という可能性も考えるべきです」
魔法隊隊長のノエルは続けざまに発言した。
確かに、それらは審判の天秤を欺くのに有効な手段である。
場は重苦しい沈黙に包まれた。
「……仮に罠であったとしても、このまま放置するという選択は成立し得ないでしょう」
その時、ヴォルスが力強く腕を組みながら言う。
「時間は我々に味方しない。奴らを泳がせれば、必ず次の一手を打ってくる」
彼は国王へと向き直った。
「陛下、教団を討つのであれば今が好機。先導はこのヴォルスが務めましょう。――ご決断を」
「うむ……」
国王は黙り込む。
王国最強として名高いヴォルスであれば、残っている教団幹部の捕縛は容易いだろうが、間違いなく敵もそれは認識している。何かしらの罠を仕掛けるのであれば、彼を想定したものだろう。
「私も……伯父殿の言う通り、今のうちに叩くべきだと思います!」
決めかねる国王に対し、リオナは立ち上がって力強く声を張った。
「王国を脅かす連中を、これ以上のさばらせるわけにはいきません!」
「……父さん。僕も二人に賛成だ。イーリスのこともあるし……悩んでいる時間なんてないと思うよ」
彼女の発言に同調したのは、近衛騎士団総長のレオンだ。
「決断は早ければ早いほど良い。罠かもしれないのなら尚更だ」
その場に集った全員の視線が、国王へと注がれる。
やがて、王は深く息を吐いて言った。
「――分かった。今回の件はヴォルスに任せよう。本部へ突入する部隊は、各騎士団から好きに引き抜いてよい。各々、要請があれば協力するように」
その宣言に、室内に居た騎士たちが殺気立つ。
――ノクト教団を巡る戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
*
一方その頃、クラウスの捕らえられている牢屋では、密かに事件が起こっていた。
「ご機嫌いかがですかぁ……? 元、同志のクラウスさぁん……?」
「お前は……セレーヌ……!」
鉄格子の向こうからぬるりと姿を現したかつての仲間に、驚愕の表情を浮かべるクラウス。
「こういうことをするのは、随分と久しぶりでしたので……とっても大変でしたよぉ……」
言いながら、セレーヌは牢屋の入口の方へ目を向ける。
そこには、気絶させられた看守の姿があった。
「……殺さないんだな」
「知らないのですかぁ? 人は経験値になるので……殺してしまうのはもったいないのですよぉ? 我が主の教えですぅ……!」
「相変わらず話の通じない女だ。意味が分からん。気色悪い。失せろ」
「ひ、酷すぎますぅ……!」
セレーヌは悲しそうに顔を歪めた。
「――残念ながら、俺はもう教団には戻らない。魂の友を見つけたからな」
対して、クラウスは自身の手枷を頭上に掲げながら、謎の宣言をする。
「安心してください、私もノクト教団は抜けましたぁ……」
「は?」
「今はぁ……ゲーム・ピコピコ教の時代なのですよぉ……!」
鉄格子の向こう側で薄気味悪い笑みを浮かべるセレーヌを見て、クラウスは思わず後ずさった。
「お、お前……何を考えている……ッ!」
「ゲーム・ピコピコ教は人手不足なのでぇ……勧誘に来ましたぁ……!」
次の瞬間、セレーヌの体がどろりと溶け、鉄格子の隙間からゆっくりと牢屋の中へと侵入してくる。
「あなたはぁ……ゲームの神を信じますかぁ……?」
「やっ、やめろッ! 俺が信じるのは――聖女と女神の愛……そして魂の友だけだッ!」
「問答無用ぉ……! あなたも一緒に……ゲームをピコピコするのですぅ……!」
「うわあああああああああああああああああッ!」
狭い牢屋に、クラウスの悲鳴が響き渡った。




