第63話 僕は誰のものでもありません!
訓練場でのレベル上げが始まってすぐ、ルッタは木剣を構えてグランと対峙していた。
「お前さ、隊長とやり合えるんだから少しは手加減してくれよ?」
グランは冗談めかして言うが、木剣を握るその手はわずかに震えている。
「まじで……あの勢いで来たら俺、死ぬからな? 頼むぞ? 分かってるよな? 信じてるからなっ?!」
明らかに本気のお願いであった。
「安心してください! 今日はみんなが僕を経験値にする日なので、もちろん手加減しますよ!」
対してルッタは、満面の笑みを浮かべながそう宣言する。
「――ですが、グランは遠慮なく僕を攻撃してくださいね! 回復のポーションも沢山用意してあるので!」
そして、ポーチから小瓶を取り出しグランに見せながら続けた。
「ず、随分と準備してきたんだな……」
「はい! ――もし僕が気絶したら、このポーションを飲ませて無理やり起こしてから攻撃を再開してください! これを何度も繰り返すことで、グランは今よりもっと強くなれるはずです!」
困惑するグランに対し、キラキラとした眼差しで言うルッタ。
「と、友達にそんなこと出来るわけないだろっ!」
あまりにも常軌を逸した訓練方法に、グランは思わず叫んだ。
「……主人公のようなことを言いますね! ですがグランは悪役なので、これくらいは簡単にできるはずです!」
「む、無理だっ! お前は人として間違ってるっ! 俺の目を覚ましてくれた元のルッタに戻れっ!」
必死に訴えかけるグラン。
「確かに、原作の僕と比べると少し違う気がしますが……そこまで言うのは酷いと思います!」
ルッタはそれなりに傷ついたらしい。
「グランが攻撃して来ないのであれば、僕から行くしかありませんね!」
そう言って戦闘態勢に入り、目にも止まらぬ速さで踏み込むルッタ。
――バキッ!
「ぐっ?!」
そのままグランの木剣に軽い一撃を加えると、それは勢いよく弾き飛ばされ、天井に突き刺さった後で粉々に砕け散った。
「……は?」
あまりにも理解の及ばない事態に直面し、上を向いたまま腰を抜かすグラン。
「おっと、手加減は難しいですね! ……しかし次は上手くやりますよ! 僕に任せてください!」
「う、あぁ……!」
ゆっくりとにじり寄ってくるルッタを前に、グランの頭は恐怖でいっぱいになった。
まるで化け物を前にしているかのような反応である。
「こうなったら、木剣を使うのは諦めて殴り合いましょう! 戦闘開始ですっ!」
「う、うわあああああああっ!」
訓練場に、彼の悲痛な叫びが響き渡るのだった。
一方その頃、イーリスとリリアは――
「やあっ! えいやっ!」
「えいっ! とやっ!」
訓練用に軟化された木剣を振り回し、ぺちぺちとぶつけ合う熾烈な争いを繰り広げていた。
「はぁ、はぁっ……そろそろ負けを認めたらどうですのっ!」
「王女様であっても……ルッタちゃんは渡さないわっ!」
「――それがあなたの本音でしてねっ! 弟はいつか姉離れするものですのよっ! あなたも早くっ……弟離れなさいっ!」
「あなたこそ……何も分かってないルッタちゃんに無理やり求婚したのでしょうっ?! そんな約束……ないのと同じよっ!」
側から見れば、二人の少女が訓練用の剣をぺちぺちとぶつけ合う微笑ましい光景だが、その実態はドロドロであった。
「言ってはいけないことを言いましたわねっ! 絶対に許しませんわっ!」
「ルッタちゃんのためにも……私は絶対に負けないわっ!」
果たして、二人の勝負の行方やいかに。
*
――皆が訓練場で汗を流しているうちに時間は流れ、昼過ぎとなった。
「グランの逃げ足が早くて……レベル上げになりません……!」
言いながら、ルッタは地面へ座り込む。
「やっぱり経験値が多いと一筋縄ではいかないものですね……!」
逃げ回るグランを追いかけてひたすら訓練場を走り回っていたせいか、珍しく疲れている様子だった。
「俺……生きてる……っ!」
一方、化け物からどうにか逃げ切ることに成功したグランは、大の字になって地面に倒れ込む。
「生きてるんだ……っ!」
レベルはそれほど上がらなかったかもしれないが、この半日で生存能力が飛躍的に向上したことは間違いない。
「やりますわね……お義姉さま……!」
「あなたこそ……っ!」
一方、イーリスとリリアは激しい戦いの末、互いに木剣を下ろしていた。
「……ルッタちゃんのこと……お願い、します……王女様」
そうして、深々と頭を下げるリリア。彼女の目には涙が滲んでいた。
「わたくしのことは、親しみを込めてイーリスと呼んで頂いて構いませんわ。――顔を上げてくださいまし、リリアお義姉さま」
言いながら、イーリスはそっと手を差し出す。
「……ルッタのこと、一番良く知っているのは……ずっと一緒にいたリリアお義姉さまですわ。……だから、その……あの子を二人で支えるのが一番良いと思いますの」
「イーリス……あなた……!」
「仲良くして下さいまし、お義姉さま」
その言葉に応えるかのように、リリアはゆっくりと王女の手を取った。
「ルッタのほっぺは……わたしくしたちのものですわ!」
「ルッタちゃんのほっぺは……私たちのもの……!」
――そこにルッタ本人の意思は存在していない。
だが、ひとまず二人の間に存在した確執は解消されたので一件落着と言っていいだろう。
(みんな体を動かしたので、お腹が空いているはずです……! 早速《《おやつ》》を食べさせましょう!)
しかし、ルッタの恐るべき育成計画はここからが本番である。




