第62話 自分を経験値にしよう!
翌日の朝、ルッタは姉の腕を引っ張って元気よく宿屋を飛び出した。
「急ぎましょうリリア姉さま! 訓練場が逃げてしまうかもしれません!」
そして、おろおろしているリリアの方へ振り向きながら、訓練場の方角を指し示す。
「訓練場は逃げないわよ。ルッタちゃん……」
リリアは困った顔をして呟く。そんな彼女の心境を表すかのように、三体の小さな精霊たちがぐるぐると周囲を飛び回っていた。
「今日はリリア姉さまのことを強くする日です! 僕のことをいっぱい経験値にして、思う存分レベルアップしてくださいね!」
「よく分からないけれど……なんだか危ない感じがするわ……。それに、私は訓練なんて……」
そうは言いつつも、彼女が可愛い弟の誘いを断れるはずがない。
「さあ行きましょう、お姉さま!」
「あ、う、うぅ……」
結局、リリアはそのまま手を引かれ、問答無用で訓練場へと連行されてしまうのだった。
――本日、各騎士団は王宮に召集され、ノクト教団に関する情報の共有と今後の方針を話し合いを行っている。
その関係で訓練場が珍しく空いているため、ルッタはこの機会を利用して姉のレベル上げをしようと目論んでいた。
(今の僕を一日中経験値にし続ければ……きっと、リリア姉さまもお父さまを吹き飛ばせるくらい強くなれるはずです!)
訓練場へ向かう道中、ルッタはあまりにも不穏な計画を思い描きながら、満面の笑みで拳を握りしめる。
「我ながら……完璧な育成計画ですっ! いよいよ、最強のお姉さまが完成してしまいますよ……!」
「ルッタちゃんは……本当にいつも楽しそうね……」
リリアは肩をすくめながらも、姉想いの心優しい弟(?)に向かってほほ笑みかけるのだった。
そうして訓練場に辿り着き、扉を開けると、そこには一人の先客がいた。
木剣を手にした少年――グランである。
「おや、グランではないですか。昨日ぶりです!」
「ご機嫌よう、昨日ぶりね。会いたくなかったわ」
「二人揃ってなんだその挨拶は……」
姉弟の言動に呆れた様子のグランに対し、ルッタはすかさず詰め寄る。
「どうしてここに居るのですか?」
「く、訓練場が開いてるから、暇なら行けって……親父に言われたんだよ」
彼は顔を赤くし、ルッタから視線を逸らしながら続けた。
「……まあ、来たところで誰もいないし、素振りくらいしかやること無かったんだけどな」
「なるほど、グランもレベル上げに来たのですね! ――しかし、魔物もいないのに一人でレベルアップするのは難しいと思います!」
「お、お前はもう少し人にも分かる言葉で話した方がいいと思うぞ……」
悪役貴族らしからぬ真っ当な指摘であった。
「つまりですね……グランが将来立派な悪役になれるよう、協力したいということです!」
対して、ルッタは胸を張りながらそう宣言する。今度はいきなり結論から口にしたせいで、会話の流れが滅茶苦茶であった。
「なんで俺が悪役なんだよ!」
「そうであると決まっているからです!」
断言するルッタ。あまりにも失礼な物言いである。
「まあ、何でもいいか。……ちょうど暇だったし、お前らが来て良かったよ」
グランは苦笑した。
「……残念ながら、今日のルッタちゃんは私と訓練するの。あなたには渡さないわ。一人で暇していなさい」
リリアはぎゅっと弟のことを抱き寄せ、鋭い目で牽制する。
「――おいルッタ、お前はそれでいいのか?」
姉の方は説得不能であると判断したグランは、直接ルッタに問いかける。
「せっかくなので、僕はグランのことも立派な経験値として育成したいです!」
「そんな……っ?!」
どうやら、弟を独り占めしようというリリアの目論見は失敗に終わったようだ。
「……というわけで、今日はリリア姉さまとグランの二人で僕のことを経験値にする計画に変更です!」
ルッタがそう告げた次の瞬間――。
「わたくしのことを忘れてもらっては困りますわ!」
そんな声と共に、突如として訓練場の扉が勢いよく開け放たれる。
颯爽と中へ入って来たのは、イーリス第三王女であった。
「やっぱりここに居たんですのね、ルッタ!」
「おや、イーリス王女ではありませんか。……護衛も付けずにこんな所へ来て良いのですか?」
その姿を見て、ルッタは思わず問いかける。
「外に爺やを待たせていますの。護衛はばっちりですわ!」
腰に手を当て、胸を張るイーリス。彼女の護衛を務めている爺やは、近衛騎士団の先々代総長である。実力としては申し分ない。
(思ったより人数が増えてしまいましたが……やることは変わらないので問題ありませんね!)
ルッタは心の中でそう思った。
「まあ、訓練するなら四人の方がちょうどいいか。二人組で分けられるしな!」
グランは木剣を肩に担ぎながら言う。
「本当はルッタちゃんと二人きりのはずだったのに……っ!」
「おっほっほっほっ! わたくし、最強の王女を目指しますわっ!」
リリアは嫉妬に燃え、イーリスは高らかに笑った。
――かくして、姉のリリア、悪役貴族のグラン、そして婚約者のイーリス王女を巻き込んだ盛大なレベル上げが幕を開けたのである。




