第34話 仁義なき妖怪
妖怪屋敷型ダンジョン『鬼幻楼』は、焉土の国周辺を縄張りとする鬼たち――鬼幻組の根城であり、妖たちの様々な思惑が交錯する場所だ。
彼らは、同じく焉土の周辺に進出してきた河童たちの組織――河和羅会と、人間狩りの縄張りを巡って長きにわたる抗争を繰り広げている。
その日、鬼幻楼の最奥にある物々しい大広間には、両組織の首領とその側近たちが一同に会していた。
中央に据えられた漆塗りの卓を挟み、和柄の着流しを粋に着こなした二匹の妖怪が向かい合って座っている。
一方は 禍々しい刺青入りの赤肌に金色の二本角を持つ赤鬼――鬼幻組の組長にして一本気の漢、鬼幻赤蔵。
そしてもう一方は、緑がかった鱗の肌に大ぶりの皿を乗せ、黒眼鏡の奥に鋭い眼光を宿した大河童――河和羅会の会長にして人情派な切れ者、河和羅鱗之助である。
「……ええ加減、仲良うしてくれんかのう」
赤蔵はゆっくりと紫煙を吐きながら、低く唸る獣ような声を発した。
「近頃は天狗の連中が幅ァ利かせとる。下手打ちゃあ、ワシらもアンタらも共倒れじゃけぇな」
卓に肩肘をつき、無遠慮に煙草を吹かす赤蔵。
「ジブンらが先に始めたことやろ。もう忘れたんかいな、え?」
鱗之助は険しい表情で呟きながら、コツコツと机を叩く。
「落とし前、どうつけてくれんねや?」
お互いの側近たちがにらみ合い、辺りは一触即発の空気である。
そんな中、赤蔵が口を開いた。
「田貫の跡取りを攫うて来た」
その一言に、場に居た河童たちがどよめく。
「……何考えとんねや?」
黒眼鏡越しに睨みを利かせる鱗之助。
「簡単な話じゃけぇ。木乃花家のガキ――神子をワシらで担ぎ上げて、ヒサギリを裏から妖怪の国に塗り替える。その皮切りが田貫よ」
言いながら、赤蔵は扇子を取り出してパチンと広げる。
「……元はと言えば、この地はワシら妖怪のモンじゃけぇのう」
そこには「天下布妖」と豪快な筆致で書かれていた。
「ほぉ……ほんまにトチ狂うたみたいやな。アンタ」
鱗之助は呆れたようにため息を吐き、手元にあった酒を一気に自身の頭の皿へ流し込む。そして、ガンッと大きな音を立てながら瓶を卓の上に置いた。
「――ジブンが何言うとんのかわかっとるんか?」
「ヒサギリ言葉じゃ」
「アホ抜かせ。そんな寝言に付き合うたら、ワイらもまとめて陰陽師の連中に目ェ付けられるさかい、玉砕すんねやったらジブンらで勝手にやってくれや」
呆れ果てた様子で吐き捨てる鱗之助。
「たかが人間風情にビビって……何が妖怪じゃ。おんどれら、それでもタマついとんのか?」
赤蔵は鼻を鳴らした。
「ほぉう……」
鱗之助の目つきが鋭くなる。
「先にワイらのシマ荒らしといてえらい言い草やな。ちょけた口きいとったら、ケツに手ェ突っ込んで尻子玉抜いたるぞゴラァッ!」
瞬間、卓上の盃や食器が薙ぎ払われ、部屋中に破裂音が響く。
「やれるモンならやってみぃやオラァッ!」
両陣営の妖怪たちが睨み合い、辺りに緊張感が走る。
しかし、次の瞬間大広間に響いたのは――
「くくくっ、はっはっはっはっ」
「ふっ、ははははははっ!」
赤蔵と鱗之助の笑い声であった。
「……赤蔵。お前さん、ワイが怖じ気づいとる思うとるんやろ」
「さっきの反応見とりゃ、そう思うわい」
「ちゃうちゃう。ワイはな――また同じ轍を踏みたないだけや」
鱗之助はゆっくりと立ち上がり、自らの盃を赤蔵の前に差し出す。
「その昔……人間どもに負けて、山やら川やらに追いやられて……地べた這うて生きる羽目になった先代らと同じ轍をな。――せやけど、ホンマに考えとることはお前さんと同じや。ワイはずっと前からトチ狂うとる」
「………………」
瓶を取った赤蔵は、中の酒を鱗之助の盃に注いだ。
「――本気で天下取るっちゅうんやったら、ワイらが手ェ組まな、そら無理や。……ジブンも分かっとるから……ワイらをここに呼んだんやろ?」
「……ほうじゃのう」
赤蔵が、ふっと息をついた。
「ワイら、昔はよう遊んどったもんな。夜道で人間の若ぇの脅かして、焼いて食うてなぁ……お前さんとなら何でもヤれる気がしたもんや」
「はははっ! 懐かしいのう鱗ちゃん」
「おぉい、やめぇやその呼び方。ええ歳して気持ち悪ぃわ!」
彼らのやり取りを聞き、周囲の妖怪たちもじわりと緊張を解いていく。
「――わかった。手ェ組もう。鬼幻組と河和羅会は停戦や。……せやけど、落とし前はきっちりつけてもらうで」
「田貫のシマはアンタらのもんじゃ。そいで手打ちにしてくれ」
「……ええやろ。これで後腐れなしやな」
二匹の妖怪が盃を交わす。
――かくして、鬼幻組と河和羅会は同盟関係となったのだった。
鬼幻組組長、鬼幻赤蔵と河和羅会会長、河和羅鱗之助はいずれもレベル四十の強敵であり、討伐した際に得られる経験値はかなり多い。
(たくさんの経験値ですっ!)
会議の間ずっと屋根裏に潜んでいたルッタは、嬉々として大広間へ飛び込もうとしたが――
(暴れるのは後! ユキマル様を見つけ出すまで大人しくするでござるっ!)
(うぐっ!? か、体がしびれて……麻痺状態です……!)
危機を察知したオボロに麻痺毒を撃ち込まれ、涙ながらに引きずられていくのだった。
(今のうちに早く行くでござるよっ!)
(ふ、フレンドリー……ファイアっ……! そういえば……オボロは味方を巻き込みがちな……上級者向けキャラでした……っ!)
ルッタが鬼幻楼で心置きなくレベル上げができるようになるのは、もう少し先になりそうだ。
(目の前に……いーえっくすぴーが集まってるのに……っ!)




