第35話 すすり泣く少女と暗闇に潜む経験値!
「……ここにも居ないでござる。ユキマル様はどこに……っ!?」
オボロは一部屋ずつ天井裏の板を外して確認しているが、ユキマルが捕らえられている牢屋が見つかる気配は一向にない。
「オボロー、やっぱり屋根裏はぜんぜん敵が出ませんよー? 通常ルートの方が楽しいと思います!」
ルッタは隠密行動に飽きつつあった。
「しーっ! ユキマル様を助けるのに楽しさとかは関係ないでござるよっ! 後で好きに暴れていいからもう少し我慢するでござるっ!」
オボロは口元に指を当てながら言う。
「ユキマルも普通にダンジョンを攻略した方が早く見つかると思いますが……」
「下手なことをしてユキマル様を危険に晒すわけにはいかないでござるよっ!」
「……オボロも声が大きくなっていますよ」
そう指摘され、はっとした様子で口をふさぐオボロ。彼女の耳と尻尾がくるりと丸まる。
「――とにかく、早くユキマルを見つけましょうか」
「ずっと思っていたのでござるが……るっ太は拙者の主に対する呼び方が馴れ馴れしすぎるのでは……?」
オボロはいまいち腑に落ちない顔をしつつも、先に進んでしまったルッタの後を追いかけるのだった。
……その後も各部屋を確認しながら進んで行くが、ユキマルの姿は見当たらない。屋根裏には蜘蛛の巣が増え、心なしか肌寒くなってきていた。
「妙でござるな……」
するとその時、オボロがぼそりとそんなことを呟く。
「外から見た時と比べて……屋敷の中が広すぎるでござる……」
どうやら、彼女は鬼幻楼の構造に違和感を覚えたらしい。
「ここはダンジョンですからね! ダンジョンには不思議な力が働いているので、内側には異空間が広がっているのです!」
そんなオボロに対して、原作設定を説明するルッタ。
「ふむ……つまりこの屋敷自体が怪異の類……ということでござるか?」
「……だいたいそんな感じだと思います!」
基本的に迷宮やダンジョンは外観と内部の広さが一致しない場合が多いのである。
「こんな怪しげな場所に……ユキマル様を長く留めおくわけにはいかないでござる……! 急ぐでござるよ、るっ太!」
オボロがそう言った次の瞬間。
「――何か聞こえませんか?」
不意にルッタがそんなことを口にした。
「んんん……?」
その場でぴたりと動きを止め、そっと耳を澄ますオボロ。
「しく……しくしく……」
すると聞こえてきたのは、少女の泣く声であった。
「……この下からでござるな」
オボロはそっと天井の板を一枚外し、下の部屋を覗き込む。
「ふむ……下からなのですね」
ルッタも彼女を真似て隣から覗き込んだ。
――そこは薄暗い土間になっていた。
周囲には蜘蛛の巣を被った人骨のようなものが散らばり、ただならぬ雰囲気を放っている。
「なんと惨い……っ!」
思わず顔をしかめるオボロ。
「……部屋の奥に誰かいます」
そう言ってルッタが指差した方向には、うずくまって泣いている少女の姿があった。
「ぐすっ……しくしく……」
長い水色の髪をした白い浴衣の少女で、肌は雪のように白い。
「まさか……あの子も鬼に捕まっているのでござるか……!?」
オボロは小さな声で呟く。
そうであるならば、異様な気配の漂うこの場所に残しておくのは危険だろう。
「うーん……微妙に見覚えがあるような気がしますが……原作キャラでしょうか?」
ルッタの意味不明な独り言は完全に無視された。
(きっと……ユキマル様なら見捨てるようなことはしないでござるな……)
覚悟を決めた彼女は、屋根裏から広い土間へと降り立つ。
(鬼に見つかる前にあの子を安全な場所に避難させれば……何ら問題はないでござる)
そして、ゆっくりと泣いている少女の側へ近寄るのだった。
「さっきまで下には降りないって言ってたのに……オボロはワガママですね、やれやれ」
思わぬ独断行動に困惑しつつ、屋根から降りて彼女の後に続くルッタ。
「お主、大丈夫でござるか?」
オボロが優しく話しかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。
「ここは危険だから、拙者が安全な場所まで連れて行ってあげるでござる」
「あの……えっと、えっと……」
彼女から差し伸べられた手を見て、何かを言いたそうにおろおろとする少女。
「どうしたのでござるか?」
「そ、その……っ」
不思議に思ったオボロが、そっと顔を近づけた瞬間。
「――凍え死んで……」
少女は凍てつく冷気を放ち、オボロの体を凍り付かせた。
「……思い出しました! あなたは氷の精霊のツララですね! 相手を凍り付かせる、恐ろしい雪女の精霊です!」
「お、そい……で……ござ……」
そう言い残し、完全に凍ってしまう哀れな忍者。
「クックックッ……よく、やったナぁ、ツララぁ……!」
すると今度は、ルッタの背後から寒気立つような気味の悪い声が響いてくる。
彼が振り返るとそこに居たのは、糸を垂らして天井からぶら下がる蜘蛛の胴体を持った鬼であった。
「オラは土蜘蛛……この屋敷を陰、カラ、支配する……蜘蛛蔵の番人……!」
「そういえば、このダンジョンにはそんな名前の中ボスも居ましたね!」
ルッタは言いながら、凍結したオボロに近づいて手をかざす。
「解凍」
彼の魔法によって、オボロの凍結状態は一瞬で解除されるのだった。
「かたじけない!」
「そんなことより今は中ボスですっ! 土蜘蛛は経験値たっぷりでとても美味しいですよっ!」
言いながら、ルッタはキラキラとした瞳で土蜘蛛の方を見る。
「美味しい? た、食べるのはやめておいた方がいいと思うでござる……」
例の如く、倒しても経験値にならない精霊の方には興味がない様子だった。
「お兄ちゃん……失敗した……。どうしよう……?」
「案ずるな、ツララ。……白髪のガキから、凍らせれば良イ……!」
精霊のツララと土蜘蛛は鬼幻楼の中ボスであり、蜘蛛の糸による緊縛状態と冷気による凍結状態で二重に行動を阻害してくる厄介な相手だ。
「まとめて……かき氷にシて、バリバリ食ってやるゥッ!」
叫ぶ土蜘蛛。
「拙者を騙すなんて……許せないでござるッ! 行くでござるよ、るっ――」
「おーーーーーーーーっ! けいけんちーーーーーーっ!」
「…………」
一直線に突撃していくルッタを見て、呆気に取られるオボロ。
「これは……赤蔵のぶんっ!」
「グぅッ! な、なぜオマエが……オヤブンの名前を……ッ!」
「そしてこれは……鱗之助のぶんですッ!」
「ガはッ!」
「倒せなかった二人のぶんまでっ――僕の経験値になってくださいッ!」
ルッタの目から一筋の涙が零れ落ちる。かなり情緒が不安定であった。
「……………………」
一方オボロは、無言で素早く掌印を結ぶ。土蜘蛛を引きずり下ろして一方的な戦いを繰り広げているルッタの支援をすることにしたのだ。
「土遁・石杭ッ!」
突如として隆起した地面が、土蜘蛛の八本の足を貫く。
「があああああああああああああッ!」
「お兄ちゃん……っ! いやあぁ……っ!」
極悪非道な侵入者たちによって、辺りは阿鼻叫喚の地獄と化したのである。




