第二話 千賀丸
……………タッ、タッ、タッ、タッ
男二人の殺し合う様を木の陰より眺めていた猫目の小さな影が、恐る恐る顔を出す。そして双方横たわってピクリとも動かなく成ったのを確認すると、意を決した様にその血溜まりへと駆け寄ってきた。
「………なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」
そう早口に二度唱え、小さな影は死体の傍へと蹲み込み その懐を弄り始める。食糧でも道具でも、とにかく何か自分が生き延びるため役立つ物をこの仏達から失敬しようとしているのであった。
惨めだとは思う。
だが身体が小さく力も弱い子供の彼にとって、こうやってドブネズミの様に人の不幸へ齧り付くこと以外 この地獄の底で生を保つ術はなかったのである。
「…………………………グッ、ウゥゥ」
「 ッ! うわあ”!?!?」
しかし、そんな小さな影が綺麗な顔をした方の死体へと手を伸ばした瞬間 悲鳴を上げ尻餅を突いた。
それは宛ら幽霊でも見たかの如き反応。ずっと死んだ物と思っていた血塗れの男、それが急に、苦しげな呻き声を上げ身を捩じらせたのだ。
小さな影は腰を抜かし、慌てて地面を尻で這い距離を取った。
するとそんな彼の視線の先、横たわった男は更に藻搔いて、その拍子にどんどんと着物が崩れ真っ赤に染まった身体が顕と成ってゆく。
そしてそこから展開された光景。それに少年は暫く呆然とし、言葉を失ってしまったのだった。
この男が突かれ胴体を槍が貫通した瞬間は、つい先ほど木の影より彼も確かに見ている。
だがそれにも関わらず、その脇腹の傷はもう塞がっていたのだ。たまたま身体の表裏同じ箇所に出来てしまった小さな切り傷 とでも言うように僅かな痕跡を残すのみと成っている。
しかもその僅かな痕跡ですら、彼が見ているうち段々と小さく成り、遂には消えて無くなってしまったのだった。
「 こいつ、オイラと同じ人間ッ だよな?」
小さな影はその人間離れどころか生物離れした回復力を目の当たりにし、面をよく眺め化け物の類ではなかろうかと確認する。
しかし、少なくとも見た目上は完全に人であった。
「す、凄え。此処にはこんな化け物みたいな人間が居るのか。…………… そうだ、 若しかするとこいつならッ」
狐にでも化かされているのではという光景に驚愕すると同時、少年の頭にある考えが浮かんだ。
そして、その考えを実行する事がこの余りにも軽い一生涯を閉ざすか開くか、己の命を天秤に乗せた勘定を幼い脳内で懸命に行う。
自分一人のひ弱な力では、この過酷な地獄で数日と生を保つことは出来ないであろう。
ならば、召し使いや奴隷の様に成ったとしても今は仕方がない。何としてでも誰か強い人間に庇護して貰い、最低限生命だけでも保証しなくては。
そして地獄へ落ちている時点で人間性はお察しであるが、此処まで見てきた狂人共に比べれば、この目前で寝ている男はまだ話が通じそうな顔をしていた。
更に腕が立つという事も、先程の戦いで確証を得ている。
(よし、こいつに何とか恩を売って小間使いにでもして貰おう! 寝てる間に手当して、服の血を洗い流して、飯の準備までしてやれば流石に殺される事はないだろ)
そう小さな影は無理にでも楽観的な方向へ考える様にして、見た目に反し石の塊がごとき重さの男を背負う。
そして一先ず森を逃げ惑う中で見つけた静かな川縁へと、ヒイヒイ音を上げながら男を運んだのであった。
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