第七話 夜明け
なんとッ、昨夜の内に二つの感想と、更なる☆5評価を頂きました!!
感想と評価を付けて下さった方、誠にありがとうございます。
そしてお礼に本日から日曜日まで連続投稿致しますので 楽しんで頂けると嬉しいです!!
「ア″………………………………ァ″……………ッ″………」
一度は受け止めたかに思えた斬撃。しかしそれでも敵が折れず力を注ぎ込まれ続けた事により骨に入っていたヒビが連結、額へ出現した巨大な亀裂は雷峰の意識を奪い去った。
地に伏すとより一層巨大になって見える身体が、ピクピクと痙攣している。口が発する生理的な呻き声が地面に薄く広がる血溜まりに波紋を立てていた。
そして、 そんな変わり果てた強敵の姿を、 雅はまだ体液が滴っている刀を握り 肩で息をしながら見下ろす。
「……はぁッ……はぁッ……はぁッ……………………
……………ウゥオ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″″!!!! ワシのッ勝ちじゃあああああああ″あ″″あ″″″!!!!!!!!!!!」
相手が最も自信を持っている要素を真正面から叩き折る。
己の武が敵の武を突き穿った完膚無きまでの勝利に、 それまでの苦戦も相まって、 雅は極限のカタルシスに背を反らし天仰いで雄叫びを轟かせた。
彼はこの夜を最後まで生き残り、遂に今月下ただ一人立つ勝者となったのだ。
ヨロッ
「う、ぉ……ッ」
腹の底から声を発した反動により、細胞一つ一つまで絞り尽くしてしまった身体が揺らぐ。雅は再び杖のように刀を突いて 何とか転倒を免れた。
そうして中々整わぬ呼吸に肩を上下させながら彼が見上げた空には、もう月が落ち、東の空より徐々に紫が広がってきていたのである。
いつの間にか、夜明けがもう直ぐそこにまで迫っていた。
その明朝と深夜の境界線で吸い込んだ空気は彼以外の息遣いが消え、とても冷たく澄んでいる。
身体に纏っていた命を燃やす熱気は自然と肌から剥がれてゆき、その体温低下と心情変化がより周囲の光景を寒々しく感じさせた。
冷気を吸い込み、とても疲労など取れる訳はないが一先ず再び動ける様に成った雅は、地面に突き立て杖代わりとしていた刀を抜く。
「はッ…………はッ…………ッ………………………」
紺色の闇を静かに裂いて、白銀の煌めきは頭上へと振り上げられる。
匂いが、未だしていないのだ。
人を幾人か殺すと自然のうちに鼻が覚える死の匂い。それがまだ目前に転がる大男からしていない、雷峰はまだ死んでいないのである。
パッカリと割れて今も血溜まりを広げ続けている額の傷、それは普通であれば致命傷に違いない。
だがしかし此処は無間地獄、普通の通じぬ場所。獄門衆は唯でさえ身体が頑強に作られており、後の行いによっては首を落とされるか心臓を抉られぬ限り死なない肉体を作り上げている者もいる。
更に、因果の法さえ捻じ曲げる業の力まで考えると、念は入れて入れ過ぎるという事はない。
ここで敵の首を切断し胴体から離れた所へ転がす、そうして初めて勝利が確定するのだ。
「…………………すぅぅぅぅ」
まるで体重が十倍に成ったかの如く感じる重い身体をなんとか動かし、雅は深く息を吸い込んで柄を握り込む。
そうして強敵の首へと照準合わせ、一息に刀を振り下ろした。
「待ってェ!!」
ドンッ
しかし、刃が雷峰の首へと落ちる寸前、突如甲高い声が響きなにか小さな物体が横方向から突っ込んできたのだ。
「グ″ゥ″…ッ!?!?」
当然 雅はその声を一切気に留めず敵の首を斬り落とさんとする。だが突進の衝撃は否応なくアドレナリン切れた身体中の傷に響き、体内を掻きむしられるが如き激痛が発生。
それによって蹌踉めいた雅は慌てて再び刀を地面に突き、攻撃が中断させられたのであった。
「……ッ 誰じゃあ″あ″!!!! ワシの邪魔をするとは良い度胸じゃのう、殺されたいかッ!!」
「千賀丸だよッ!!!! 旦那もうそのぐらいで勘弁してくれ。なにも命まで取る事はねえだろ、直ぐに手当しねえとッ!!」
雅は激痛とトドメを邪魔された事に対して顔を顰めながら怒声を上げる。それに対し 下半身に抱き付いてきた小さな影が名乗った事で、彼は自分達の近くに千賀丸という少年が居たことを思い出した。
しかし、 それが如何したと言わんばかりに、 雅は鬼の形相で少年を足から引き剥がそうとする。
「退け小僧″ッ これはガキの戦いごっことは訳が違うんじゃ。互いに命を賭けて正々堂々と戦った、その結果敵を殺して何が悪い!」
「そうかも知れねえけど…オイラにとっては悪いんだよッ!! そこで白目剥いてる力士にオイラ助けられたんだッ、見殺しになんか出来ねえ!!」
「お前が誰に助けられていようとワシの知った事ではないわッ! 良いから退け、こいつはワシの首じゃ。この地獄に情けも哀れも有りはせん!!」
「 で、でもッ!! 旦那が気絶した時に雷峰はちょっと待ってくれたぞ。あの時 雷峰が直ぐに首を踏み潰してたら、旦那だって今頃死んでるんだからな!」
「……知るかァ″ァ″ッ!! それは殺せる時にワシを殺さなかったこの男の落ち度じゃ。獄門衆風情が善人ぶるからこう成る、良い気味じゃなッ。 精々蘇ってから後悔するが良い、ワシが死をもって教訓を与えてやるわ!」
「駄目だ!! コイツは此処じゃ珍しい良い奴だ、絶対に殺させねえ!!」
「黙″ れ″ !! 退けと言っているだろうがガキィ!!!!!!」
千賀丸の説得も虚しく、雅は断じて見逃す気はないと態度で示す。少年の頭を鷲掴みに引っ張り、足から強引に剥がして前方へと突き飛ばしたのだ。
がしかし、 すると今度は雷峰の身体の前へと千賀丸は両手を横にして立ち塞がり、真っ直ぐに雅を睨み付けてきたのである。
「 絶対に、雷峰は殺させねえ!!」
「……そこまでその男の命が惜しいか。ならばもう良い、先ずはお前からッ その甘さごと斬り捨ててやるわ 」
以前の助けてくれと自分に縋ってきていた小僧からは想像できない千賀丸の姿に、雅はなにか動かし難い物を感じた。
そこで彼は刀を振り上げて、最終宣告を送ったのである。
「……………うぅッ 」
だが、少年は動かない。
その目はきつく結ばれていて、足はビクビクと震えているので間違いなく恐怖は感じている筈。にも関わらず、動かない。
どうやらこのガキは余程死にたいらしい。
もう幾度となく警告してやって、退けと言ってやって、それでも尚動かぬのだ。此処までした上で斬り捨てたのならば、流石に自らの名誉に傷が付く事はないであろう。
(ワシの道を遮る者は、皆悉く殺して前へと進むッ)
雅は 再びその面を人殺しの顔へと変える。
そして、少年の身体を一刀両断にせんと、 刀を振り下ろしたのであった。
ッズ′′ ウォオ″オ″ン″″!!!!!!!!!!!
彼は、それが出来るから強いのだ。
必要の前には凡ゆる感情を閉ざして行動できる。相手にどんな事情が有るのかなど考えない、その後ろにどんな人間が居るのかも気にしない、倫理道徳の鎖が一切手足に付いていない。
純粋な戦闘のための機械。だから雅の踏み込みは、人間達の一歩先を行けるのである。
そしてそんな人の形をした剣が、今更子供一人を斬り殺すことに対して躊躇などする筈が無かったのだ。
「…………………………………ッ″″」
無かった 筈だった。
がしかし何故か、振り下ろした刀が千賀丸の身体を捉える寸前で、 ピタリと動かなく成ってしまったのである。
「 チッ!!」
ドガァ″!!
「うわあッ!!」
信じられない自らの行動を前にした雅は、まるで刃物で胸を突かれたかの如く顔を皺で埋め 舌を打った。
そして刀の代わりに足を振り上げ、千賀丸の横腹を蹴って自らの前から退かせる。
そして再び間に少年が割り込んでくる前に素早く今度こそ刀を上段に構え、雷峰の首目掛けて刃を落としたのであった。
ッ キ″″イ″ィィン!!!!!!
だが、 其処で更なる邪魔が入る。
振り下ろされた刃が雅に伝えてきた物。それは人体を斬り裂く手応えではなく、固い金属同士がぶつかり合った衝撃。
「………………誰だ、 てめえッ″」
「…………」
そして、其処から雅が目にしたのは、正しく化かされているかの如き光景だったのである。
いつの間にか、狙いを定めていた筈の大男が影も残さず視界から消えていた。
その代わりに、 何処から現れたのかも知れぬ狐面を付けた細身の人影が、 横に構えた薙刀で彼の斬撃を受け止めていたのである。
灰河町バトルロワイヤルは、まだ終わらない。
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