第一話 地獄の底③
ダンッ!!
雅は重心を過度に前へ倒し、身体が地面へと落下する寸前足を出して短く高速で蹴る。予備動作なしに急加速する歩法、それを用いて敵へと大胆不敵に斬り込んだ。
敵の出方など伺わない。
刃を合わせる前の理屈捏ねた卓上論より、瞬間、刹那を争う中での閃きが戦場で如何に重みを持つのかという事を彼は実体験として知っていたのである。
この無間地獄では、理性など本能の劣化品でしかない。全ては戦いの中 刃で語らうのみある。
「ッキィエエエエエエエ″エ″″エ″″″!!!!」
ズウォオオオオンッ!!!!!!
放たれた弾丸の如き白刃突進が迫る。
しかしそれを前に、突如先程まで表面上は丁寧な口調であった男が豹変。その剃髪の頂きまで血管が浮き上がらせて、猿の如き大音量で吠えた。
するとその瞬間彼の握る槍の像がブレ、目にも留まらぬ速度で宙を貫き伸びたのである。
そして間合いの外へ居たはずの雅を、雷光が瞬いたかのように刃が斬り裂いた。
ズジュ″″ ッ
(……………これが奴の業、大方あの槍を伸ばせると言った所か。 華は無いが厄介じゃ)
自らの残像を貫き それでもまだ伸びてゆく槍。斬り裂かれ 自らの頬より弾け散った血潮。
それらを瞬き一つせずに眺めて、雅はこう判断した。
この地獄へ落ちてきた獄門衆の中には、『業』と呼ばれる神通力か妖術かという人智を超えた力を持つ者がいる。
その力は 手を触れず物を操ったり、実体のない分身を作ったり、瞬間的に通常の十数倍もの速度で動けるなど多種多様。だがしかし大抵が人を殺すのに役立つ代物である。
そんな業を授かる条件。それは自分と同じ獄門衆を十人殺す事。
そしてこの血塗られた条件こそが、業という拷問器具の本質であった。
此処で業を持っていない者は丸腰で戦場に立っているのと同じ。人間扱いなどされず、獄卒に抗うことも出来ず、業を持つ者達によって虐げられ理不尽に延々と殺され続ける。
敵を返り討ちにするにも その場を逃げるにも、先ず業が要るのだ。それ故に、例え輪廻への帰還を諦めた者であろうと、最低限生きる為に人間同士で殺し合うことは避けられない。
更にこの仕組みは、死に重みを加える。
折角手に入れた業の力も死ねば失い初めからやり直し。手に入れる労力が大きい分失った後の喪失感は筆舌に尽くせぬものと成る。
そんな喪失感の果て、人は失った物を取り返したいと願い、自分の受けた理不尽を他人にも味わわせんと願う。
そうして生まれる、終わりの無い殺戮の永久機関。
ただ失い奪われる事に怯え続ける、無限の地獄。
(あの男、最低でも十人は殺して尚も生き残っておるという事か…………………………面白いッ)
しかしそんな出口の無い地獄の真ん中で、雅は余りにサッパリとして 新たに現れた強敵に目を煌めかせたのであった。
十人殺すごと明確に強く成れるのなら結構な事ではないか。そして敵も十人殺すごとに倒し甲斐が増し、そして失う物がある分本気で向かってきてくれるのだから尚更結構。
彼にとってこの最低最悪の地獄とは、その程度の物でしかなかった。
「 ほう、今のを避けますか。中々良い業をお持ちの様で」
「うるさいのう。たった今殺し合っとる相手を褒めるとは随分嘗められた物じゃ。……さっさと突いてこい、この程度のお遊びじゃあワシの命には届かんぞ」
突きの動作に業による槍の伸長を組み合わせた電光石火の一撃。
その初見殺しな技を掠り傷で済まされ、更にはお遊びと切って捨てられて、剃髪の男の一瞬戻って来ていた柔和な表情に再び青筋が浮かぶ。
「お遊び ですか。ではお望み通り……ッキィ″エ″エ″エ″エ″エ″エ″エ″エ″ッ!!!!」
ズウォ″″ッ ズドドドドドド″″ド″″″!!!!!!!!!!!!!!!!
そして猿叫を轟かせると同時、遂に相手が様子見を捨てた。
先程頬を斬り裂いたばかりの槍が瞬く間に手元へ収縮し戻ったかと思えば、間髪入れず次なる突きが敵の懐を抉らんと伸びてくる。
想像の幾倍も短い間隔で放たれた突き、それを雅はまたもギリギリで回避。
しかし、本当の想定外は此処からであった。
その攻撃が空を穿つ風圧を肌で感じた次の瞬間、 既に槍は敵の手元へと引き戻されていて、 更なる連撃が終わり見えず次々と繰り出されてきたのだ。
これぞこの男の本領。 剃髪の男 鳳凰院空虚、その業の真に恐ろしき所とは攻撃の切れ目無さにあった。
伸びる事よりむしろ縮む事。突き出し、引いて、再び突くという槍術における一連の攻撃動作を業による自由自在な槍の伸縮により高速化。
それによって敵に僅かな反撃の隙すらも与えず、一方的に攻勢の権を握り続ける。
そしてそれは事実、この瞬間雅の視界には無数の残像が残り、まるで同時に数十数百の槍が自らへ向け放たれているかの如く映っていた。
ズバ″ッ! ブシュ″ッ! ッガン! カッ!! ッシュウン″″!!
耳に 絶える事なく自らの肉が裂け血が飛び散る音が聞こえる。
雅は己の持ちうる反射神経の限りを使って最大限躱し弾いてはいるが、もう致命傷以外は構っていられないほど敵の攻撃は激しかった。
それはまるで天上より落ちてくる無数の雨粒が如く 隙間ない突きにその身が削られてゆく。
「キエ″エ″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ッ!!!!」
スオンッ!!
「…ッ!?」
そして雅が血塗れに成りながら槍時雨の打開策を探していると、その意表を衝き、空虚は脇の下へ弾かれていた槍を今度は引かずそのまま上へと跳ね上げてきた。
ッズバァ″″!
急に突きではなく斬撃として喰らい付いてきた槍に雅は紙一重で上体を反らす。
しかしそれでも鋭利な切っ先は彼の胸を撫で、決して浅くはない傷をその身に刻んだ。宙にパッと赤い飛沫が舞う。
「キィヤ″ア″ア″ア″″ア″″ア″″ア″″ア″″ア″″″!!!!」
その敵より出た赤色に空虚は一層大きく猿叫を上げ、槍を収縮させながら更に上へと振りかぶる。
そして切っ先が頂点に達したところで一息に振り降ろし、位置エネルギーを纏わせると同時に再度伸長させ質量という名の破壊力を上乗せしつつ雅へと叩き付けたのだった。
ガ″″ッ ギ″イ″イ″″ン″″″″!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
その突如打って変わり放たれた空が落ちてきたかの如き一撃にも、雅は多少後手に周りながら何とか対応。脳天と槍との狭間に刀を挟み込んで真正面から受け止めた。
しかし自らと敵との間にある距離五メートル。それを縦断する長物の質量が、その刀を支える二本腕から衝撃として身体に入り全身を貫く。
それはまるで落雷に打たれたかの様に、雅は全身の筋肉が強張り 一瞬動けなく成った。
スゥゥゥゥゥ………………………………………………
そしてその一瞬に、空虚は今まで数無数の獄門衆を葬ってきた必殺の動きを繋いだ。
刀との接点を引き擦りながら槍を収縮させ頭上に掲げられた防御の前を擦り抜けると、敵の鼻先をなぞる様に槍を下へと落とす。
そして切っ先の延長線が、何物にも阻まれずガラ空きの胴へと繋がった。
………………………………………………ズドォオ″″ッ
大きく踏み込みながら、空虚は槍を前へズドンと突き出す。
するとその五メートルの距離を超え、敵の内臓を貫いた感触が柄を這い上がって両掌へと伝わってくる。
そしてそんな槍の先、身体を串刺しとされた雅の口より、一瞬周囲が真っ赤に染まる程の血霧が盛大に吐き出されたのであった。
お読みいただき有難う御座います。
この小説は基本二日に一度更新で投稿してゆきます。
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何卒、この先も楽しんで読み進めていって頂けると嬉しいです。