第四話 灰河町
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周囲をぐるりと木の板が打ち付けられた塀に囲われるその村には南北に門が有り、雅と千賀丸はその内の唯一開かれている南門を潜らんとした。
其処に設置された物見櫓の見張りは雅と千賀丸を見て余り良い顔こそしなかったが、村に入る事を特段拒みもしない。
恐らく塀も櫓も獄卒が町内へ侵入するのを防ぐための物で、人との争いに裂く余力は無いのだろう。そもそもこの無限地獄で怪しい者を一々拒んでいてはキリが無い。
かくして、雅と千賀丸は灰河町の町境を越え 集落の中へと入っていったのであった。
「凄え、ちゃんと町に成ってる…。あ、見てみろよ旦那ッ茶屋まで有るぜ!」
そして町に入った千賀丸は、開口一番そう驚きの音を漏らした。
内部は彼の断片的に残っている現世の記憶の町に比べれば幾分か寂れていて、建物も見窄らしい。
がしかし、此処が異形の怪物闊歩する地獄の底だと思って見ると、この町の規模は奇跡に等しく映った。
なにせ通りを見渡せば複数人日常を営んでいる人間が確認でき、周囲からは食べ物の匂いがして、娯楽的な物まで一応存在しているのだから。
「 で、でもッこの歩いている奴らも全員獄門衆なんだろ? よく殺し合いに成らず生活出来てるな」
「…馬鹿が、そんな訳有るかッ。それならワシが一目散に斬り掛かっておるわ」
そしてその通りを歩き擦れ違ってゆく人々を見て千賀丸が発した余りに物を知らぬ発言に、雅は思わず口を開いてしまう。
「この町を営んでおるのは殆どが何の力もない落子共じゃ。獄門衆がこれ程一箇所に集まれる筈があるまい」
そう、此処は落子達が作った村。
落子とは、この地獄に落ちてきた獄門衆の男女が交わり、そして生まれてしまった子供。そしてその子供がまた子供を作り、その子供が子供を作り と増えていった大罪人の子孫達である。
獄門衆は死んでも生き返る事と業の力が使える事以外は普通の人間と変わらない。それ故に男と女が生殖を行えば子供ができ、そして生まれてくるのは何の変哲もない唯の人間である。
故に落子達は何一つ悪事を働いてはいないにも関わらず、この地獄へ生まれながらに留められている。しかも死んで蘇る事は無く、特別な力も持たない。
恐らくこの世界で最も悲惨な生命とは彼らの事であろう。
いや、死ねば来世の望みが有るだけ獄門衆と何方が良いのかは分からないが。
「ふ~ん、じゃあ皆んな獄門衆って訳じゃねえんだな。ビクビクして損したぜ」
「 お前が油断して死のうとワシは一向に構わんが、余り此処の住人共を舐めん方が良いぞ。奴らもこの地獄でしぶとく生き残っとるんじゃ、内面はワシらと大差ない。寧ろ追い詰められた時にどんな行動に出るのかは 獄門衆以上に読めん」
一瞬、山中で常に張り詰めていた緊張の糸を緩めそうに成った千賀丸。しかしその雅の言葉を受けて周囲を見回し、再び糸を張り直した。
良く良く隣を擦れ違ってゆく人々の顔を見てみると、皆目が血走っていて幽霊が如く肌の血色も悪かった。
その外見だけで、この無間地獄で生きてゆくという事の過酷さが言葉要らぬほど現実味を伴い伝わって来る。
きっと生まれながら此処に居る落子達は、皆安心という言葉など知らないのだろう。
緊張を緩める事が即命取りとなる。必要とあらば躊躇する事なく他人を蹴落とさねば、その情けに漬け込まれ全てを失う羽目になる。
人間の数に対して圧倒的に幸福の母数が足りていない、 無限地獄とはそういう場所であった。
「わッ、分かった気を付けるよ…。じゃあこれから如何するんだい旦那? 今日の宿を探しに行くのか?」
「んな事は後回しじゃ。それよりも小僧、お前も探すのを手伝え」
表情に真剣さを取り戻したものの、それでも依然旅行気分が抜けないらしい千賀丸が今日の宿を気にする。
しかしその言葉を 宿など何処でも良いと言うかの様に切って捨て、雅はついさっき失せろと言っていたにも関わらず今度はぶっきら棒に手伝えと命令してきた。
そして彼のキョロキョロと素早く首を左右に振り歩く姿を見て、千賀丸は更に尋ねる。
「探すって一体何を探すんだ?」
「獄門衆に決まっとるじゃろうが。刀でも槍でも弓でも…とにかく得物を持っとる奴が居たらワシに知らせろ。即斬り掛かってなますにしてやるわ」
「斬り掛かってなます……え″? アンタまさかッ、この町中でも殺し合いするつもりかッ!? 嘘だろ旦那! 身体休ませに来たんじゃねえのかよ!!」
雅がまるで良さげな居酒屋でも探すかの如く平然と発した言葉。しかしそれに含まれた余りにも血生臭い意味に気付いた途端、千賀丸は裏返った声を上げ数歩後退ったのである。
だがそんな少年のごく当たり前な反応を受けて、雅はまるで 千賀丸の方が常識外れな事を言っているかの如き表情を作ったのだ。
「身体を 休ませる? 繰り返し馬鹿を言うガキじゃの。殺し合いは呼吸と同じ、生きる事と表裏一体不可分じゃ。小僧貴様は息吸ったり糞する毎に一々休息するのか? あ″?」
「暴論もここまで振り切れると清々しいな……。じゃあせめて今日は辞めようぜッ、明日なら人捜しでも獄門衆探しでも何でも付き合うからさ」
「駄目じゃ。一日人を斬らねば腕が錆び付く、何としても今日の内に一人二人は斬っておかねば成らん」
「はぁ、こんな血生臭い駄々はじめて聞いたよ」
「駄々じゃと″? 貴様ここは無間地獄じゃと何度言えば分かるッ。山に居ようが町に居ようが 変わらず殺し合いを定められた地獄の中じゃ、そこで人を斬らぬという事は自分が斬られるという事。戦場で人を殺して何がわるッ」
「……いいえ。 この町は戦場では無いですぞ、お侍さま。この灰河町では空に日が昇っている限り、殺し合いは例外なく禁止されておりまする」
まるで当たり前の如く町中で殺し合いを始めようとする雅。その余りに血の気が多すぎる発言に千賀丸がせめて今日だけでも平穏な時間をと説得するが、全く聞く耳を持ってはくれない。
しかしそんな彼の声が、 突如横からぬっと出てきた嗄れ声に遮られたのである。
雅は露骨に、その表情へ不快を浮かべた。
「なんじゃ爺さん、殺し合いが禁止されとるとは如何いう意味じゃ?」
気が付くと音もなく彼らのすぐ脇に立っていた翁の能面を顔に付ける老人。その嗄れ声の主へと 雅は因縁付けるような口調で言葉の意味を尋ねる。
また同時 彼の手は滑らかな動きで、腰に差した刀の柄へと伸びていた。
「言葉の通り。この街では日中に刀を抜く事は禁止、もしその得物を鞘から抜けば 街中の男がすっ飛んできますじゃ」
「ハッ、それが如何した。落子風情が何人束になって来ようと物の数では無い。全員ワシが叩き斬ってやるわ」
「 そうじゃろうな。年老いて人を見る目ばかりが肥えおって、貴方様が大層お強いという事は見ただけでも分かる。じゃが……貴方様がこれまで刀を振ってきたのは、非力な者どもを悪戯に斬り殺すためか?」
「……………………」
「それとも、口煩い骨と皮ばかりのジジイを殺す為かの? 若しも その刀が抜ければ一番に掛からねば成らぬこの不幸な老人めに同情して頂けるのなら、どうか暫し待って頂きたい」
「……この町は、余程人手が足りぬと見えるのう。こんな老人が市中警備か」
「ホッホッホッ、全くですわい。こんな老人の手でも無いよりはマシという事ですじゃ。ワシが死ねば次は猫か犬がだんだら羽織を着るじゃろうて」
そう老人が自虐気味に言った言葉でもう完全に殺気の腰を折られた雅は、刀に掛けていた手を離し 両腕を組んだ。
その戦う気が失せたという印に、老人は「かたじけない」という嗄れ声と共に頭を下げる。
「おい小僧、宿を探せッ」
「…え、急にどうしたんだよ。オイラてっきり旦那があの爺さん斬っちまうのかと思ってヒヤヒヤしてたんだぜ?」
「そこまで見境無しではないわ。斬り殺すぞガキ」
「見境無しじゃねえか……」
そうして雅は千賀丸を伴って踵を返し、 日が落ちるまで時間を潰す場所を求め、 腕を組んだまま歩いて行ったのであった。
今回、初めて感想と評価を頂きました!!
反応を下さった方、ありがとうごさいます。そしてそれに対する感謝として、本日は午後10時30分にもう1エピソード更新させて頂こうと思います。
ブックマークであろうと評価であろうと感想であろうと、頂けた日は更新頻度を上げさせて頂きますので、少しでも先が気になって頂けた方は反応を頂けると嬉しいです!!




