↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/52

第四話 灰河町②

基本二日に一度更新。

『ブックマーク』や『評価』等々を一つでも頂けた日は翌日も更新します。

「旦那ッ、長屋の一部屋貸して貰えるみてえだ。良かったな、これで布団で寝られるぜ!」


「………………」

       バンッ


 交渉《こうしょう》を丸投《まるな》げし、また山中を歩いていた時のように物思《ものおも》いへ耽《ふけ》り始めた雅。そして千賀丸が死んだ獄門衆よりくすねた銭《ぜに》を払って部屋《へや》を借《か》りると、彼は何も言わず長屋《ながや》の戸《と》を勢いよく開《あけ》た。


 二人が借りた部屋には入口から入ってすぐに土間《どま》と小さな炊事場《すいじば》、それ以外は日焼けした黄色《きいろ》い畳《たたみ》と薄《うす》い布団《ふとん》があるだけという何とも質素《しっそ》な宿。

 だがしかし、昨日まで固い土《つち》の上《うえ》で腰を痛めながら寝《ね》ていた彼らにとっては、豪華絢爛《ごうかけんらん》の特上《とくじょう》宿《やど》として映った。


 そうしてそのカビ臭い特上宿に入った雅《みやび》は、草鞋も脱がず 折角の布団も使わずに畳《たたみ》の上《うえ》へと横《よこ》になる。


「ちょっと旦那、草鞋くらい脱ぎなよ」


「やかましい、ワシは少し眠る。日が落ちたら起こせ小僧」


「ええッ、もう寝るのか!? 折角人のいる町まで来たんだからちょっと外見て回ろッ」



「………………………………………スゥゥ…スゥゥ…スゥゥ」



「 本当に寝ちまったよ」


 千賀丸はやはり何処までも旅行《りゃこう》気分《きぶん》であった様で、この部屋に荷物《にもつ》を置《お》いたら早速物見遊山(ものみゆうざん)に繰り出そうと考えていた。

 しかしそんな彼とは対照《たいしょう》的《てき》に、雅はそさくさと横《よこ》に成《な》ったかと思えば直ぐに寝息《ねいき》を立《た》て始《はじ》める。どうやらこの男 寝ようと思ったら即時《そくじ》その場《ば》で寝《ね》られる体質ならしい。


 目を見張る程の早業《はやわざ》であるが、遊び盛りの少年《しょうねん》にとってこれ程堪(つま)らぬ事《こと》は無《な》い。


「…………ちぇッ、仕方ねえ一人で見て回るか。本当に連れねえ旦那だな」


 両瞼《りょうまぶた》が固く閉《と》じられ 脱力の極地という寝息《ねいき》を上《あ》げる雅の姿を見て、千賀丸は一緒に付《つ》いて来《き》てもらうのは不可能だと悟る。がしかしそれでも、彼は夜《よる》までこんな狭い宿に閉《と》じ籠《こも》っているつもりは無かった。


 たった一人でこの地獄《じごく》の見知《みし》らぬ町《まち》を歩くことには当然不安(ふあん)を覚《おぼ》えたが、少年《しょうねん》の好奇心《こうきしん》とは炎のような物で一度燃(も)え上《あ》がればもう留《とど》めが効《き》かない。

 千賀丸《せんがまる》は恐る恐る出入り口の戸《と》を開《あ》け、宿の外《そと》へと飛《と》び出《だ》した。


「これッ」

       「うわ″ぁ!?!?」




 しかし、 宿《やど》を出《で》た千賀丸はすぐに、 横《よこ》からの聞き覚えがある嗄《しゃが》れ声《ごえ》に引《ひ》き止《と》められたのだった。


「 そこの少年、此処は童《わっぱ》一人が出歩くにはちと危険な場所じゃよ。外に出るなら、先程の侍と共にしておきなさい」


 声《こえ》の方向《ほうこう》へ反射的に顔《かお》を向《む》ける。すると其処には、先程町中(まちなか)で雅が暴れるのを止めてくれた翁面《おきなめん》の老人《ろうじん》が立っていたのだった。


 その急《きゅう》に掛《か》けられた声に思わず飛《と》び上《あ》がり悲鳴《ひめい》を上《あ》げてしまった千賀丸。しかし、その後に掛けられた老人《ろうじん》の言葉《ことば》からは 害意《がいい》のような物は一切《いっさい》感《かん》じられなかった。

 それ故《ゆえ》千賀丸は心臓の鼓動《はくどう》が収《おさ》まるのを待ち、彼の方からもその老人《ろうじん》へと話《はな》し掛《か》ける。


「あんた、さっきのお面の爺さん。何でこんな所に?」


「ホッホッホッ、なぁに、ジジイのお節介じゃよ。お主の様な童の獄門衆は珍しい故、少し気になっての。若しも宿が決まらぬ様じゃったら助け船を出そうと思っておったが、無用な気遣いじゃったらしい」


「ふーん、あんた良い人なんだなッ。…ん? でもなんでオイラが獄門衆だって分かったんだ??」


「顔を見れば分かるわい。落子《おとしご》であれば例えお主と同じ歳でも世の無情《むじょう》を知った顔をしとる。そのテラテラとした瞳は、此処じゃ金よりも珍しい」


 どうやら老人《ろうじん》は先程会った場所よりコッソリ付《つ》いて来《き》ていたらしい。しかも目《め》を見《み》ただけで、千賀丸が獄門衆《ごくもんしゅう》であるという事実まで見抜《みぬ》かれてしまった。

 一方《ひとかた》ならぬ洞察力《どうさつりょく》、がしかし少年はそんな事など気付《きづ》かずに、人懐っこく話《はなし》を続《つづ》ける。


「オイラの目がそんなに珍しいのか? じゃあくり抜いて金と交換して貰おうかな、何つってッ」


「その冗談を本気にする輩がこの地獄にはおる。それに体格も腕力も半分だろうと経《きょう》の一節《いっせつ》には変わりない、多くの者がお主を狙っておるぞ。不用心はいかん」


「………………」


 そう老人が一切冗談(じょうだん)の雰囲気《ふんいき》纏わず発した言葉に、千賀丸は背中《せなか》が微かに寒《さむ》くなる。


「ともかく、この地獄ではお主一人に成らぬ事じゃ。分かったら早く戻って中の侍を連れてきなさい」


「………あぁ、そうしたいのは山々なんだけどさ、旦那ここを借りた途端横になって寝始めちまったんだよ。日が落ちたら起こせだってさ、変だろ?」


「 ふむ、やはりあの男ワシの言葉の真意《しんい》を理解しておったか。それならまあ、夜が来るまでは起きんじゃろうな」


 千賀丸の話を聞いて、老人《ろうじん》は何故か彼《かれ》以上《いじょう》に分《わ》かった様子で頷いた。


「まあそういう事でさッ、爺さんの忠告を胸に刻んで気を付けながら回るよ。やっと木と土しかない山から出てきたんだ、団子食って茶飲むくらいしておかねえと。あの旦那に付いてくなら次いつ人里に入れるかも分かんねえし」


「……大人しく後ろの戸を開け、宿に籠もる気は無いのじゃな?」


「うん、まだ食い物の味が分かる内に楽しんでおきてえんだ。オイラも、二,三度死ねば他の獄門衆みてえに物《もの》を楽《たの》しむ心《こころ》を無くしちまうかも知れねえしなッ」


「…………………」



 安全《あんぜん》な場所《ばしょ》に隠れていろという助言に、少年《しょうねん》は感情が複雑に絡み合った笑顔《えがお》を返《かえ》す。

 そして意図せずその表情《ひょうじょう》が、永《なが》き時《とき》をこの地の底で過ごしてきた老人《ろうじん》に我が身を振り返らせた。


 面の下を歪ませ、考《かんが》える。


 果たして自分《じぶん》にもまだ物を食べて美味《うま》いと感《かん》じる心《こころ》は残っているのだろうかと。団子と茶程度(ていど)、そう思ってしまう己の考えは、果たして心《こころ》を経《へ》て出来た物なのだろうかと。

 たった一つの誓《ちか》いを必死に守《まも》っている内《うち》、知らず知らずにそれ以外《いがい》の物が腐《くさ》り落《お》ちてしまい、今自分は辛うじて人の形を保っているだけの生《い》ける屍《しかばね》に成ってしまったのでは。


(いつの間にか…ワシは己が人であるとすら胸を張って言えなく成ってしもうた)


 老人は、少年《しょうねん》の言わんとしている事が理解《りかい》できない。

 だが、 いやだからこそ、 この好奇心に瞳《ひとみ》を輝《かがや》かせ人として当然の幸福《こうふく》を享受《きょうじゅ》しようとしている少年《しょうねん》の心《こころ》に 生ける屍は軽《かろ》んじ難《がた》き物《もの》を感じたのだ。





「………………では、ワシが付き添うのはどうかの?」


「 え?」


「こんな死に損ないの老いぼれでも、此処では多少名が通っておる、ワシが共に居れば手を出してくる者はおらんじゃろう。案内人としても右に出る者はないと思うのじゃが…どうじゃ?」


「どうもこうもねえよ、 こっちからお願いしたい位だ!! 流石に一人じゃ心細かったんだよッ」


「うむ。じゃが一通り町を回った後は、宿に戻ってじっとしておるのじゃよ?」


「うん、分かった。約束する!」


 この地獄では滅多聞かれぬ素直《すなお》な返事《へんじ》。それを前に、老人はまるで眩《まぶ》しい物《もの》を見るような表情を面《めん》の下《した》で作った。


「オイラ千賀丸。じいさんの名前は?」


「ふむ………まあ、見た目のまま翁《おきな》とでも呼んでくれれば良い」


 そうして翁《おきな》は真っ白な髪に似合わぬピンと伸《の》びた背筋《せすじ》と軽《かる》い足取《あしど》りで歩き始め、少年はその後ろを飛《と》び跳《は》ねそうな歩《あゆ》みで付いていったのであった。


お読み頂き有難うございます。


もし楽しんで頂けましたら、『ブックマーク』と『評価』等々を宜しくお願いします。そしてそれらを一つでも頂けましたら、明日も新しいエピソードを追加させて頂こうと思います。

そして少しでも小説の技量を上げたいと思っておりますので、感想なアドバイスなどを頂けると嬉しいです。


何卒応援のほど、宜しくお願い申し上げます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。