第二話 千賀丸⑥
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「はあッ…はあッ……心臓は外したか。だが右肩は貰ったぞ、侍ッ」
自らの弾丸を受けその顔に驚愕を浮べる敵を見て、軍服の男『三好健児』は興奮に口端をぎこちなく吊り上げ肩で息をした。
「………………」
雅が不意を衝かれたのも無理はない。
何故なら 三好はつい一瞬前まで白目を剥き地面に転がっていたにも関わらず、突如そこから指一本すら動かさず10メートルも離れた木の根元へと瞬間移動し銃撃してきたのだから。
普通ではあり得ない事。だがこの神仏に見放された地獄の底は、少なくとも普通が通用するほど生温い場所では無かった。
「旦那ァッ!! そいつ立ってる位置が急に変わるんだ、近付いても逃げて遠くから撃ってくるぞッ! 気を付けろ!!」
三好の持つ業の大まかな内容を千賀丸が藪の中から教える。だがしかし、もう既に状況は 今更その情報を知った所でどうこう成るという物では無くなっていた。
雅が持っているのは刀・短刀各一振り、対し三好が持っているのは銃火器。加えて互いの距離は10メートル、片方の肩には穴が開いていて右手はもう使えない。
戦況は最早挽回が不可能と言ってもいい程、三好健児へと傾いていたのであった。
「今楽にしてやろう。良かったな、俺に大の男をいたぶる趣味が無くてッ」
三好はそう微かに上擦った声で呟き、千賀丸の方を向いて舌舐めずりをする。
そして慣れた手つきで銃の照準を敵の額へと合わせ、引き金を引いたのだった。
ッ パアァン″″!!!! ……………………バ″″″ッ ズン″
しかし、 その決着の弾丸だと思っていた物が、 雅から1メートルの距離に入った瞬間 幻のごとく爆ぜて消えたのである。
「……………なん だとッ」
始めは何が起ったのか分からなかった。がしかし宙に引かれ残った一本の残像を見て、三好は何が起ったのかを嫌々ながら理解する。
あの侍は銃弾を斬って落したのだ、それも肩を打ち抜かれ右腕は使えぬから左手一本に刀を持ち替えて。
剣術は習ったことの無い三好であるが、それがどれだけ異常な事であるかを推し測るには一般常識だけで事足りた。
凄まじい筋力。凄まじい反射神経。凄まじい剣の腕。
この一瞬の光景を生み出している要素どれ一つ取ったとしても、相手が自分と同じ人間だとは思えなかった。
(なぜ弾丸が切れるッ、なぜ肩に穴が空いて顔を顰めもせんッ。古き時代の化物が、外面が人なだけで中身は獄卒共と何ら変わらんではないか!!)
銃弾を命中させ微かに生まれていた余裕が、この一瞬の内に立ち消えとなる。
戦い以外の不純物を叩きに叩いて排除したような まるで刀の如き男。その人の形をした殺戮兵器が三好には恐ろしくて仕方が無かった。
「クソッ、化け物が″!!」
ッ パアァン″″!!!! ……………バ″″″ッ ン″″
ッブシュ
三好が三度発砲。その弾丸も当然の如く侍は斬ってくるが、左手一本では充分に威力を殺しきれず弾丸の破片が掠め脇腹が裂けた。
だがその弾けた赤色を気にも止めず只管こちらを見据え向ってくる。その雅の姿が、彼には返って無傷以上に恐怖を掻き立てた。
ッ パアァン″″!!!! ………バ″″″ッ ズン″
ビュッ
恐怖に突き動かされた指は更に引き金を引く。そしてその弾丸も刀で斬り裂かれ、破片は侍の頬を抉り顔の横へと鮮赤を飛び散らせた。
当然、今更この程度の痛みで止まってくれる筈も無い。雅は周囲へ血を撒きながら、散歩でもする様な足取りで敵への最短距離を辿ってくる。
阻むどころか遅くする事すら叶わない敵の歩み。
それが三好の目には一歩ごと敵影が巨大化してゆく様に見え、今はもう男としては決して大きくはない筈の雅が 一口に自分を呑み込んでしまいそうな怪物として映っていた。
ッ パアァン″″!!!! …バ″ッズ″ン″″!!!!!!!!
ドズゥ″ッ
そして何時の間にか目と鼻の先まで迫ってきていた侍へと三好は発砲。
しかし その2メートルもない距離で放たれた弾丸ですら、雅は容易く斬って落としてみせる。だが真二つに割られた破片の軌道はそのまま身体へと向かい、速度落とさぬ鉛の塊が胸へ突き刺さったのだ。
それでも、 雅は苦悶の音を上げるどころか口から血を滴らせながら笑い、 待ち侘びたとでも言うかの様に刀を振り上げてきた。
「ああぁ……ああ″ッ」
それは人間と呼ぶには足りない物が多過ぎる異質な精神性。余りに尋常でない光景に、三好はその今正に自分を叩き割らんとしている侍の背後 そこへ今まで殺してきた二十三人の女と子供を見た。
自分への怨念が為にこんな地獄の底まで追ってきたのだ、そして遂にこの化け物の姿を借り復讐を遂げようとしている。
逃げなくては。
余りに臆病で情けない三好健二という男は、何を考えるよりも先に その選択肢へと突き進んでしまうのであった。
「 ッう″あ″あ″あ″あ″あ″″あ″″あ″″あ″″″!!!!」
常に逃げる事しか考えていない卑小な彼の本性を形にした様な業『百歩恐々』の力を使い、敵から百歩分の距離を瞬く間に移動。
そして敵の後方に身を移した三好は、その無防備な背中へ向け震える指で引き金を引いた。
ッ パアァン″″!!!! ………スドシュッ!!
流石に背後からの銃撃には対応出来ないらしく、弾丸は斬って落されず侍の身体を貫いた。
「……ひッ、ひぃッ!!」
しかし、弾丸に胸を貫かれた筈の雅は痛がるどころか驚いた様子すら無い。血塗れになった身体を三好の方向へと向け直し、刀を振り上げて平然と真正面から向かって来た。
そのまるで酷い悪夢を見せられているかの如き光景に、三好は確信する。
アレはやはり人では無いのだ。自分が犯してきた罪からは、こんな地獄の底まで落ちても逃れることは出来なかったのだと。
その気付き恐ろしくて恐ろしくて。三好は、逃げた。
ッ パアァン″″!!!!
業の力を使って位置変えた三好は、間髪入れず視界外から敵へ発砲。弾丸はまたも雅の身体を捉え貫いた。
ッ パアァン″″!!!!
背後を取り、一方的に敵の手が届かぬ位置から弾丸を撃ち込み続けるという 優勢極まりない状況。
がしかし、あの月明かりに照らされた刃物が如き瞳を見るのが恐ろしくて、三好は引き金を引くと同時に位置を変え続ける。
そしてその既に幾つもの穴が空いてる背中へ、今度は斜め方向より照準を合わせるのであった。
ッ パアァン″″!!!!
又も命中。パッと赤い花が開くように血潮が舞った。
だがその通常であれば唯一発で致命傷となる筈の鉛玉を幾発身体に浴びようとも、侍はまるでそよ風にでも吹かれたが如く平然と二本足で立ち続けている。
その顔が また此方を向きそうに成ったので、業を使い瞳から逃げ、別の場所より背中を狙う。
「 ッ″」
しかし、 そこで違和感を覚えた。照準器越しに見た侍の姿、それがまだ弾を放っていないにも関わらず回転して此方に正面を向けようとしていたのである。
まるで、三好が次何処に飛ぶのかを予め知っていたかの如く。
「ッヒィ″イ″″!!!!」
ゾクリッと背筋に冷たい物を感じた三好は引き金を引くのも忘れ、慌てて業を起動し立ち位置を変えた。
罪を直視するのが怖かったのだ。
自分は取り返しの付かない事をした、自分は恨まれている、そんな当たり前の事実を直視するのが恐ろしくて逃げたのである。
『捕まえたッ』
そう、 今まで殺してきた者達の声が、聞こえた気がした。
瞬間移動した先で身体の正面を向け自分を待ち構えていたギラギラとした瞳、血を垂らしたまま吊り上がってゆく口元。
それらと遂に直面してしまい、三好は心臓をギュウッと握られる感覚を覚えた。
そして、雅の手に逆手持ちで握られた刀が彼の人間離れした膂力によって、さながら投げ槍のごとく顔面目掛けて投擲されたのである。
その宙を穿ち視界の中でみるみる大きく成ってゆく白銀の切っ先。それは罪人の目に、自らを断罪するがため落とされたギロチンの刃として映った。
「ッ″ッ″ッ″ッ″!!」
ッズウォ″ ………………………
しかし、それを三好は言葉に成らぬ悲鳴と共にギリギリで顔を傾げて躱し、往生際悪くも自らの生へと固執し続ける。
……………………………… ズバアァ″ン″″ッ!!!!!!
だが、 地獄の底まで逃げてきた彼には、 もう逃げ場など無かった。
雅は二十人の獄門衆を殺して手に入れた二つ目の業『死不別互』の力で、己の武器の元へと瞬間移動。
宙を貫き飛ぶ刀を空中で掴み取り、 そのまま横薙ぎに斬り払って、 背後から三好の首へと刃を叩き込んだのである。
ガグガグと震え続けていた三好の振動が、その瞬間を境にピタリと止まった。
そしてそれから僅かに開けて、胴体の上より、醜い涙でグシャグシャに成った首が転がり落ちたのである。
( ああ、やはり俺は許されていないんだな。…………こんな地獄の底からじゃ幾ら謝ったって届かない、届いた所で許されない)
高度を落してゆく視界の中で、三好健児は漸く 自らの犯した罪を直視した。
絶対に許されない事をした。何と謝たって、何度謝たって、許して貰える筈が無い事をした。
だから、永遠にこの罪を背負って苦しみ藻掻き続けるしかない。
そんな自業自得で残酷な事実を直視する事など、 実際に首を斬り落とされて自らの罪を見せ付けられぬ限り、 この臆病のあまり狂気に逃げた男に出来る筈も無かったのだ。
許しが与えられる事なく、罪の記憶を抱えたまま永遠に留められる。だから此処は無間地獄なのだ。
(もう一度やり直したい。もっと勇気のある男に生まれ変わりたい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………………………………)
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