↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/52

番外編:三好健児

此方のエピソードは本編を補完する内容の物と成っております。

読まずとも本筋は問題なく読み進めていける様には成っていますが、これを読んで頂けると物語に更なる重みと深さが生まれると考えております。


一つ独立した物語の様に成っておりますので、どうか楽しんで読んで頂けると嬉しいです。


『三好、貴様また敵に情けを掛けたらしいな』


 夕点呼の後。なぜか俺《おれ》一人を呼出《よびだ》し兵舎を出た分隊長《ぶんたいちょう》は、真っ暗な夜道《よみち》の中《なか》余りにも平《ひら》たい声《こえ》でそう言った。

 その人間《にんげん》的《てき》な物《もの》が一切合切削(そ)がれた声《こえ》に、俺は反論《はんろん》も陳謝《ちんしゃ》も返すことが出来ない。そして何故か、いつもなら口籠《くちごも》れば即飛(と)んでくる筈の鉄拳制裁《てっけんせいさい》が、今日は鳴《な》りを潜《ひそ》めていた。


 それが返って、俺は一層震(ふ)え上《あ》がりそうな程怖(こわ)かったのである。


『お前のその臆病《おくびゃう》根性《こんじょう》を今日こそ叩き直してやる。……これで、 あの敵の腹を突け』


 暗闇の中をしばらく歩き捕虜《ほりょ》収容所《しゅうようじょ》の裏《うら》まで来た所で、分隊長は銃剣《じゅうけん》をこちらに押《お》し付《つ》けながらそう言った。

 だが、その言葉《ことば》の意味《いみ》が俺には分《わ》からなかった。何故なら分隊長が指差《ゆびさ》す暗闇の先《さき》には、お腹《なか》を大《おお》きくした女性《じょせい》しか居ないのだから。


 女は敵《てき》じゃない。それもビクビク震えて立っている事すら辛そうな妊婦《にんぷ》なんて、何で銃剣で突き刺さなきゃならないんだ。


ドガ″″ッ!!!!

『ぼさっとするなァ″ッ″″!! さっさと言われた通りやらんか馬鹿者が!!!!』


 さっきまで気味が悪いほど静《しず》かだったのに、今度は唯聞(き)き返《かえ》しただけで鉄拳《てっけん》が飛《と》んだ。

 鼻血が出て歯も折れたが、痛《いた》みは滲《にじ》んでいて良く分からなかった。この世には痛《いた》みを凌駕《りょうが》する恐怖《きょうふ》が有るという事を、この時俺は初《はじ》めて知《し》った。


『今日、佐藤が死んだな』


 鼻と口元を押さえ蹲《うずくま》る俺の前《まえ》へと屈《かが》み、分隊長は今まで聞《き》いた事《こと》のない声《こえ》で亡くなった戦友《せんゆう》の名《な》を呼んだ。


『佐藤とワシは同郷《どうきょう》でな、まだ歯も生え揃わぬガキの頃から知っておる。駐屯地《ちゅうとんち》へと向かう汽車《きしゃ》へ乗せるとき、あいつの母親から如何か面倒《めんどう》を見てやってくれと頭を下げられた物じゃ。 しかしそれが今日、頭を弾丸で撃ち抜かれポックリと逝《い》ってしもうた』


 淡々(たんたん)と話を進める分隊長《ぶんたいちょう》の顔《かお》は、暗闇に沈んでいてどんな表情《ひょうじょう》をしているのか見《み》えない。だがしかし、そのボンヤリとした影から聞こえる声《こえ》は、何処か浮世離《うきよばな》れしている様に感じられた。

 それがまた恐ろしくて、俺は唯黙(だま)って見上《みあ》げ続《つづ》ける事しか出来ない。


 するとそんな分隊長の声《こえ》が現実《げんじつ》に意識が戻《もど》ってきたかの如く、急に明瞭《めいりょう》と成《な》ったのである。



『皆の前では、何処から飛んで来た弾丸かも分からんと言うたがな…………弾は背後《はいご》から飛んできておった。覚えがあろう? 無いとは言わせん。貴様がッ、死んだフリをしておけと言った敵兵の方角からじゃ″!!』



 その分隊長の話を聞いて、俺は一層恐(おそ)ろしく成《な》った。全身がブルブルブルブルと震《ふる》えて止《と》まらなく成った。


『 三好貴様、地獄に落ちて佐藤に詫びよ。お前の甘さが仲間を殺したのだ、その罰《ばつ》として魂を捨てろ! 貴様は佐藤の代わりに敵兵を殺しッ、誰よりも人を殺してッ国がために手を汚し、地獄の一番深き所まで落ちねばならんッ!! その覚悟を示せと言っておるのだ″!!!!!!』


 俺は泣いた、ボロボロと大粒《おおつぶ》の涙《なみだ》を流《なが》して泣いた。そして情けもなく分隊長の足に縋《すが》って頼《たの》んだ。

 他《ほか》の事なら何でもする、だがこれだけはどうか勘弁《かんべん》して下さいと。俺の家にも腹《はら》に赤《あか》ん坊《ぼう》抱えた母《かかあ》が居るのですと。


 しかし、そんな俺の顔を蹴飛《けと》ばして、分隊長は背後《はいご》に立《た》った。


『殺せ三好″!! さもなくばワシは貴様を信用できん、信用できん部下はワシがこの手で撃ち殺さねばならんッ!! お前を生かすにはこれ以外に手立ては無いのだ…ッ!!』


 そう言われ背中に銃口《じゅうこう》を突《つ》き付《つ》けられて、俺は等々恐ろしくて失禁《しっきん》した。

 分隊長の声には一切冗談(じょうだん)の雰囲気《ふんいき》が含《ふく》まれていない。逆らえば本気《ほんき》で殺《ころ》されると分かった。


 後になって振《ふ》り返《かえ》れば、自分はここで死《し》んでおくべきだったと思う。分隊長に心臓《しんぞう》を撃《う》ち抜《ぬ》いて貰えていたならば、今よりどれ程楽(らく)だったろうか。


『……………………………………………ッ う″あ″あ″あ″″あ″″あ″″あ″″あ″″″あ″″″!!!!!!!!!!』


 だが俺は臆病《おくびょう》で、二《ふた》つの命より一《ひと》つの命を選んだ。そしてその罪悪感《ざいあくかん》から逃《のが》れる為自分を狂人《きょうじん》だと思《おも》い込《こ》もうとして、自分の手《て》を汚《よご》せるだけ汚《よご》し尽《つ》くしたのである。

 だから、そんな臆病者《おくびょうもの》で自分勝手《じぶんかって》な俺には、やはりこの地獄《じごく》の底《そこ》がお似合《にあ》いだったのだろう。




 彼は、ずっと逃《に》げてきたのだ。

 自分の犯した罪《つみ》から。自分の臆病《おくびょう》さから。自分の罪を叱咤する人間的《にんげんてき》な部分《ぶぶん》から。


 女子供を計23人殺し、自らの嫁《よめ》と子供《こども》すらもその手に掛けた狂人三好健二(みよしけんじ)。彼は今も、無間《むげん》地獄《じごく》にて永遠の責苦《せめく》を受《う》け続《つづ》けている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。