秘密の場所
私と彼には、二人だけの秘密の場所があった。
そこは、めったに人の来ない淋しい場所。
でも、私はその静かな空間が好きだった。
そこには、私と彼の二人だけの足跡しか残されていなかった。
桜が散り、花水木が色褪せて、紫陽花の色が濃くなった頃、足跡は増えていた。
もう、二人だけの紫陽花ではなくなった。
私は何となく淋しくなった。
でも、彼はあっさりとこう言った。
「こんなに綺麗な場所なんだ。他の人にも見せてやりたいと思わない?」
そういえば、他の人の足跡に少しも驚いていなかった。
むしろ、喜んでいたように見えた。
そうか…誰かにここを教えてしまったんだ。
私の心には、さっき見た薄紫の紫陽花の色が少し移っていた。
そんな気持ちを抱え、山を下った頃には、シトシトと雨が降りだしていた。
私は上着を羽織りながら呟いた。
「梅雨寒かぁ……。まだ、長袖はしまえないね。」
「俺は全然平気だよ。お前は寒がりだからな。」
そうだね……私は人より寒がりだよね。
そして、心も体も敏感すぎる。
二人の秘密の場所が無くなってしまっただけで、こんなにも悲しい気持ちになる。
別な場所を探そうか……やっぱり止めておこう。
きっと同じことの繰り返し。
彼にとっては、全然重要なことではないのだから。
価値観の違いと言えば大げさになる。
ただ、彼の中で私の存在があまり大きくないだけ。
だから、仕方ない。
仕方がないことなんだ。
もう少し頑張ってみようか。
彼の中での私の存在が、もっと大きくなるように。
やっぱり止めておこう。
これ以上、私に出来ることなど残っていない。
それくらい頑張ったんだ。
だから、自分に言い聞かせる。
仕方がないんだよ。
諦めようね。