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一日目第三区間 レインセッション~強襲

遅くなりました

スピードを絞って慎重に飛ぶうちに、少しづつ岩の密度が薄くなってきた。

ここで勝負をかけないと決めた以上、ここで損傷を負うのは絶対に避けなくてはいけない。

飛んでくる岩をかわしていると視界が広がった。岩場地帯を抜けた。少し緊張がゆるむ。


上空に飛び上がって周りを見渡す。遠くの方に騎士、というより騎士が引く飛行機雲が何本も見えた。何機かに先行されている。

アレッタの風精(ヴァーユ)はさらにその先だろうか。姿が見えない。


ショートカットを狙ったが、結果的には先行されてしまった。無理に難所を抜ければ早くなるってもんじゃないわけだ。

長距離のレースではペースを維持することが結果的には早くなる、と言われたことがあるがまさにそれを実感する。


トップとの差がいくつ位なのか。

これが地球のラリーやサーキットならピットやサポート部隊が無線で教えてくれるが、今はそんなものは期待できない。

そもそもコース取り自由のレースにトップと何秒差なんて概念は無意味だ。テールライトならぬ機影が見えれば追いつけると信じるしかない。


遠くの方に4隻の飛行船が見える。第二旗門フラッグゲートだ。

とにかく、少しでも遅れを取り戻す。アクセルを踏み震電を加速させた。


---


第二旗門フラッグゲートをくぐり、しばらく飛ぶと、次第に雲が増えてきた。青い空に靄のようなものがかかりはじめて、視界が悪くなってくる。横風が強くなり震電が揺れた。

第三区間は雨雲が常にかかり続けている、いわゆる空の難所らしい。

ここもルート的には第二区間に近い。雨雲の塊を避けて回り道するか、それとも雨雲に突っ込んでショートカットするか。


降り始めた小粒の雨がキャノピーに当って波紋を作る

先を見ると、灰色によどんだ空に雲海から生えるように巨大な雲の塊が遠くに見えた。まるで、どこかの天空の城のようだ。


先を飛ぶ機体は、雲を大きく迂回するか、もしくは雲の近くを飛ぶかの二通りで雲に突っ込む奴はいないらしい。

俺の読みでは、風精ヴァーユはここでは回り道をするはずだ。少なくとも雨雲の中にまっすぐ突っ込むような真似はしない。


騎士だろうが、車だろうが、どんな状況でも早く飛ばせるなんてものはありえない。

競い合うレベルが上がれば上がるほど乗り手の癖や得意分野というのは明確に表れていく。そして機体も車もその乗り手に合わせて変化していく。


アレッタの風精ヴァーユは戦闘力を捨てて軽量化した機体で高機動を実現している。あの岩場地帯での動きは軽さの賜物だ。

確かに、軽さは強力な武器ではあるが、ある条件下ではその強みは弱点に代わる


それがこの悪天候エリアだ。

吹き付ける風と雨の中を飛ぶのなら、ある程度の重さがあるほうが有利だ。そして、そのことをアレッタもわかっているはずだ。あれほどの乗り手なら。おそらくここは無理はしないだろう。

だが、風精ヴァーユが飛べなくても、重量がある震電ならいける。


「……勝負はここだ」


灰色の塊のような雲に向かって震電を飛ばす。

雲の塊が近寄ってくるにつれ、その大きさに圧倒される。巨大な壁のようなものが迫ってくる。まさに雲の城だ。

糸を引くような細い雲が吸い込まれていく。


「……そっちへ行くんですか?」


コミュニケーターからまた声が聞こえた。

確かコミュニケーターは近くに居る騎士の声を拾っているはずだが……周りには誰も居ない。他の騎士はコースを変えて回り道をしている。

後ろにつかれている可能性も有るが、バックミラーなんてものはないから確認しようがない。それに騎士の視野では真後ろは完全な死角になってしまう。


「……誰だ?」


返事はなかった。

まあどうでもいい。もし今後ろにつかれているとしても、震電の機動力を考えれば並みの騎士で真後ろにつき続けるのは難しいはず。

それに本当に真後ろについているならさっさと攻撃してくるだろう。

いずれにせよこのエリアでぶっちぎってやる。


波を打つようにうごめく雲の塊の表面を見ると怖気つきそうになるが……


「行くぞ!」


自分で気合を入れる。震電を巨大な雨雲のなかに突っ込ませた。


---


雲に入った途端、キャノピーに叩き付けられるように雨があたった。機体にあたる雨の音と風切り音、とどろくような音がコクピットを満たす。雨と雲とで視界が一気に悪くなった

密閉されているはずのコクピット内がじっとりとしてくる。

顔に水滴が浮かぶ。指でぬぐって進路をにらみつけた。


「……まあこんなもんか」


予想通りに視界が悪くなったが、予想以上じゃない。キャノピーにあたる雨は、レインコンディションのヘルメットにあたる雨を思い出させるが、もっとひどい状態も経験したことがある。


この世界の騎士の乗り手の誰よりも俺は雨の中での経験がある。これはほぼ間違いない。

グレゴリーによれば、騎士の戦いは雨の中は避けるのがセオリーらしい。視界が悪くなる雨の中での戦闘は予期せぬアクシデントが起きやすいからだ。

実際に今まで雨の時に襲撃して来た海賊はいなかった。


それでも雨の中で奇襲をかけてくる奴はいるかもしれないが。雨の中で飛ぶ訓練なんてものを、数をこなしている奴はいない。

一方俺の方は、雨の中は慣れっこだ。テストドライバーをやっていれば、雨の中での走行テストも当然やることになる。

レインセッティングが苦手ですなんて言っていたら、テストドライバーはつとまらない。


「さて、あとはこれが役に立つか……」


新しく付けてもらったスイッチをひねる。

まっ白い灯りが暗闇をまっすぐ照らした。眩い光に降り注ぐ雨粒が映る。


「よし。これなら行けそうだ」


今回、震電にメイロードラップ用に取り付けてもらったもの。それはヘッドライトだ。

夜間での戦闘が多い騎士同士の空戦ではヘッドライトは意味があまりない。

この世界は月の光が明るいというのもあるが。明かりをつけて戦うと自分の居場所をばらしているようなもので、遠距離戦では的になるだけだ。


しかし、雨の中を飛ぶことを想定するならヘッドライトは有効だ。

障害物やコースがあるわけじゃないが、自分の飛んでいる方向を垂らす明かりがあるののとないのでは大きな違いだ。

レギュレーションなんて関係ないし対向車が来るわけでもないので、ガルニデ親方に頼んで目いっぱい光量を上げたライトを作ってもらったが、正解だった。

光が文字通りまっすぐな道のように先を照らす。先が見えるのは、想像以上に安心感があった。


アクセルを開けて震電を加速させた。

左右から強烈な横風が吹きつける。がたつく機体を左右のペダルで抑え込みまっすぐ飛ばす。

ヘッドライトと次の旗門フラッグゲートへの方向を示すサーチの光に目を凝らす。

風にあおられて遠回りになるようじゃ意味がない。コースを外れないようにしなくては。


ごうごうと風切り音と雨ののぶつかる音を聞きながら、ひたすらアクセルを開け続けた。


---


どれだけ飛んだのか分からないが、おそらく15分もたっていないだろう。

キャノピーにあたる雨が小粒になってきた。灰色の視界がすこし白み始める。嵐の空域ももう少しで終わるか。


ふいに視界が白くなった。コクピットに響いていた雨音が消え、風の音だけになる

雲を抜けた。瞬きして太陽の光に目をならす。機体から水が流れ落ちる。


「抜けた!」


だが抜ければいいというもんじゃない。今の俺はどの位置なんだ。

雲の塊から少し離れて震電を上昇させる。


飛行機雲のような細い雲を残して飛ぶ騎士が見えた。風精ヴァーユだ。目視できるならもう決定的な差じゃない。

難所に突っ込んで遅れる可能性はあったが、賭けに勝てた。


震電から見て左から、それを追うように何機か飛んでくるのが見えた。かなり距離があるが、あれが後続集団だろう。ショートカットして後続集団の前に割り込んだ形か。一気に2位までジャンプアップだ。

この先は旗門までほぼ一直線で行ける。直線のスピードなら震電は風精ヴァーユにも引けは取らない。

少しでも差を詰めてやる。


「ここからだ!」


アクセルを踏む込もうとしたその瞬間。


「本当にこのルートを飛べるなんて。さすがですね」


ふいにコミュニケーターから声が聞こえた。


「誰だ?」


「後ろですよ」


独り言のように聞こえていたコミュニケーターの声、それに初めて返事があった。

しかし、後ろだと?俺と同じコースを飛んだのか?あの雨の中を?


コースが明確なサーキットなら、前の車の真後ろについて風よけにすることはできる。

しかし空中を飛ぶこのレースでそんなことできる物なのか?


「さあ!楽しみましょう!」


声と同時に真電の横を赤い光が通り越して行った。

後ろから撃ってきている。ということは、本当に後ろにはりつかれていた。信じられないことだが。

一瞬の間をおいて、目の前が真っ赤に染まった。


「なんだ?!」


とっさに震電を急降下させる。ベルトが体に食い込んだ。

下がり際に上を見上げると、赤い火球のようなものが見えた。何だあれは?


火球のさらに上を、太陽を背にするように一機の騎士が飛び越えて行った。

俺の進路をふさぐように回り込んでくる。

くすんだ錆色の赤で塗られた騎士だ。右手に弾倉のようなものをつけた、見たことのない形の大型のカノンを持っている。左手はエーテルシールドか。あいつが撃ってきたらしい。


「難所も抜けたんだから楽しもうじゃないですか」


くぐもった声がコミュニケーターから聞こえる。少し聞きとりにくい。


「てめぇ。ゴール間近のこんなところで仕掛けてくるとか何考えてんだ」


此処を抜ければ1日目のゴールまでは大した距離はないはずだっていうのに。


「ええ、実は明日にしようかと思ったんですけど」


とぼけたような声が聞こえてくる。


「……明後日以降にしろよ、この野郎」


「でも、明日あなたがキズものになってしまっては面白くないですからね。

今の方がお互い万全な状態で楽しめるでしょう?」


「俺の後ろをついてきたのか?」


「ええ。あの難所を素晴らしい飛び方でしたよ。ほれぼれします。

それにそのライトも面白いですね。あなたが考えたんですか?」


信じられないが、雲を抜けた直後に、俺の真後ろから撃って来たってことはそういうことだろう。

だが。


「なんでここまで黙ってた。後ろからならいつでも撃てただろう?」


「後ろから撃墜なんかしてどうするんですか、ばかばかしい。

そんなことしても、なんの面白さもありませんよ」


妙なやつに目をつけられた。しかもかなり腕の立つ奴だ。


「……では。護衛騎士、ファティマ・カシムと、ラサ。行きますよ」


赤錆色の騎士がカノンを構えて軌道を変える。

ゴール目前だってのに、やるしかないのかこのちくしょうが。










今後ともよろしくお願いします

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