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一日目第一区間 start your engine!

まだ夜は長いが、宿の部屋に戻った。グレゴリー、ローディ、フェルも一緒だ。

グレゴリーとローディがメイロードラップのルールを解説してくれるらしい。


フェルは暇そうというか、ちょっと不満げな顔で壁に寄りかかっていた。二人きりになりたかったのに、という目線で俺を見るが、レース前日なんだから勘弁してほしいところだ。


「いいですか、姉御。基本的に、ルールは3日間とも変わりません。

日に何か所かある旗門フラッグゲートを通ってその日のゴールにたどり着けばOKです。

辿り着いた差によって翌日のスタート時間に差が出ます。その間のコース取りは自由です。

旗門フラッグゲートには騎士団の飛行船が旗を掲げて待機していますからすぐわかるはずです」


「明日のコースはこうだな」


ローディが机に空図を広げてくれた。騎士団から参加者に支給された空図だ。

フローレンスを中心にした絵地図に何ヵ所ものポイントが書かれている。初日は大きく回り込んだ軌道を取って、フローレンスから少し離れた空域に待機する飛行船に着陸する、というコースらしい。


「まっすぐ直線に旗門フラッグゲートを結んで飛べばいいんじゃないのか?」


空にはサーキットのようにコースがあるわけじゃない。どこでも飛べるならそれが一番だと思うが。


「甘ぇよ。直線コースはかなりきついぜ」


「直線でいくようなコースをとると、巨大な雲塊が居座っている場所や浮石地帯を抜けることになります。

相応にリスクはあるんですよ」


なるほど。そりゃそうか。コース設定も工夫してあるわけだ。

全員がショートカットルートを飛ぶんじゃ、単なる直線番長同士のスピード競争になってしまう。


「普通に無理のないラインどりをしたらどのくらい飛ぶことになるんだ?」


「……そうですね……」


「おそらく、2時間はいかないくらいだろうな」


ローディが答えてくれる。この辺は船員としての経験もあるだけはあるな。

2時間か。耐久レースとしては短いが、F1の決勝よりは長い。


騎士はそもそも長時間の戦闘や巡行は想定してない。出撃するまでは飛行船で運ばれるし、戦闘もそこまで時間はかからない。

現実的に考えて、これ以上長く飛ぶようにするとおそらく完走不能が続出するだろう。改めて聞くとタフなレースだ。


「コースが想定される場所には騎士団の騎士がいて空域警戒にあたっています。

これはコースの案内でもありますし、過大な戦闘行為で参加者を撃墜するような反則行為をさせないためのものです」


コースマーシャルみたいなもんだな。


「機体に大きな損傷をおった場合は着陸用飛行船に着艦できますし、騎士団の騎士の手を借りることもできます」


着艦用の飛行船ってのは、あの空母みたいな双胴の工房飛行船だな。

あんなサイズのを何隻も持ってるとは思えないから、小型版だろう。着艦と収容と簡単な修理くらいだろうか。


「もちろん騎士団の手を借りたらリタイアだぜ」


ローディが付け加えてくれる。まあこれは当然だ。


「そういえば、足切りは無いのか?」


「足切りとは?」


「ああ、例えば1位から1時間遅れるとそいつはリタイア扱いになるとか、そういうの」


「それは無いですね、というよりも、そこまで差は開かないんです。ですから規定はありません」


そこまで差が開かない、か。言われてみると確かにそりゃそうかもしれない。

レースだって1分遅れれば相当な差になるし、5分遅れれば何周回も遅れるレベルになる。大差どころの話じゃない。

ラリーレイドみたいな完全な耐久レースなら別だが、2時間で走り切れるレースなら1時間単位のような、圧倒的に遅れるってことはないのかもしれない。


「しかし、二人とも詳しいな。出たことあるのか?」


「ねぇけどよ、だがそのくらいは知ってるんだ。乗り手の常識だ」


「フローレンスの乗り手にとっては一度は出てみたいと願う晴れ舞台ですからね」


誰でも出れるってわけじゃないだろうし、出れたとしても生きて帰れる保証はない。

それに、騎士にとんでもないダメージを負う可能性もある。憧れていても安易にエントリーできるものじゃないな。


「ちなみに、初日の第一チェックポイントまでは戦闘禁止空域です。

フローレンス近郊を飛びますんでね。参加者のお披露目です」


パレードランみたいなもんか。


しかしこう聞くと正直言って想像以上に組織化されている点には感心した。

各所に配されたコースマーシャルともいうべき騎士団員は反則行為を監視している。

そして、それだけではなくサーキットのようなコースがない競技だから迷子が大量発生して興ざめな展開にならないように、目印というかガイド役もはたしているわけだ。


着艦用の飛行船を待機させてるという点で安全性への配慮もされている。

もちろん撃ち合いOKのルールだし、空中を飛ぶ以上アクシデントは避けられない。だが、危険をある程度避ける努力はしているわけか。

それに参加するのはフローレンスでも相当に腕の立つ騎士の乗り手だ。無駄な犠牲を出すのは損失だってことだろう。


それに娯楽としての面もなかなか考えられてる。

フローレンスの港湾地区からスタートして本島を横切り、農業地区の大きめの島まで飛ぶ。

こんなコース取りをする必要は全くないのにあえてこうしてる、ということは、観客を意識しているってことに他ならない。

騎士団が主催して市民に提供する娯楽の一つ、というわけだ。


「よし。大体わかった。ありがとな」


「最後に一つ。あのアレッタは基本的には危険な最短ルートを抜けてくると思います。

風精ヴァーユはけた外れの運動性なんで、むきになって張り合わないでくださいよ」


「まあ、それはその時の流れでいくさ」


無意味なリスクを冒す気はないが、消極的に走って無難に完走を目指しますってつもりもない。


「じゃあ健闘を、姉御。ご無事で」


「しっかりやれよ」


ローディとグレゴリーが出て行った。

入れ替わるようにフェルがちょっと思いつめたような表情でこっちに歩いてくる。


「無事で帰ってね……あたしが待ってるのを忘れないで」


フェルがぴったりを身を寄せてくる。抱き寄せていつも通り耳に触れる。ほんのりあたたかい頬が触れ合う。銀の髪から香油かなにかのにおいがした。

しかし毎度思うが、背の高い相手を抱き寄せるのはいまいち様にならない。


「大丈夫だ、プロってのは生きて帰るのも仕事さ。ゴールで待っててくれよ」


「……うん」


あいかわらず心配そうな口調だ。


「ゴールに恋人が待ってるときは必ず勝つっていうレーサーがいたんだ、俺の世界でな」


「恋人か……じゃあ、あたしが待ってないとだめだね」


「そうだな」


俺の言葉にフェルが嬉しそうに笑った。目を閉じたフェルに軽くキスする。


「……じゃ、行くね」


フェルが手を振って部屋から出て行った。


---


翌日。

参加者の騎士は騎士団の小型飛行船に搭載された。参加者もそれぞれの飛行船に乗り込む。

港湾地区の沖合に出て、そこからスタート、ということになるわけだ。


騎士を搭載した飛行船の下層部から周りを見渡す。

絶好のレース日和だ。青い空がどこまでも続き、下には見慣れた白い雲海。

フローレンスが次第に離れていく。

遠くから花火の音が聞こえてきた。


「そろそろ準備いいですか?」


「ああ、いいよ」


船員が声を掛けてくる。いつも通り防寒着を着こみ、頭巾をかぶり、震電のシートに身を沈めた。準備万端だ。

上から船員が覗き込んでくる。


「行けるぜ。閉めてくれ」


「では健闘を!」


「ああ、ありがとな!俺に賭けとけよ!」


親指を立ててGJポーズをしてみる。船員が笑ってキャノピーと装甲版を閉めてくれた。

コクピットに装甲版の影が落ち、少し暗くなる


いつも通りのコクピットだが、普段と少し違うのは、サーチを改良した設備らしいものが支給されていることだ。要はチェックポイントの方向を示してくれるものらしい。ただ、単にまっすぐのラインを示すものだから方向補助程度にしかならないだろう。


一応空図も持ってきているが飛行中に悠長に見ている暇はない。コースのレイアウトは昨日頭に叩き込んだ。

コ・ドライバーのようなポジションの人が同乗してくれればいいが、ここでは一人だ。自分で覚えないと話にならない。


左足をフットレバーのベルトに通して固定し、シートベルトを締める。

今回は右手の武器はいつものシールド転換型ブレードだが、左はシールド転換型カノンになっている。エーテルの弾を飛ばす分ブレードよりも弾切れが早い、と聞いているから無駄撃ちはできない。

まあ俺はカノンなんてほとんど撃ってないから、使っても当たるかどうかは怪しい。できればつかわずに済むならその方がいい。


アームレバーを握るって目を閉じるとレーシングカーのステアリングを握っていた時を思い出す。

海賊と戦うときもアドレナリンが出るが、このレース直前の雰囲気はやはり別格な気がする。異世界まで来て、危険な戦いも経験したしたが、なんだかんだ言いつつ俺はレーサーなのかもな、と思う。


「……さて、全員聞こえるか」


コミュニケーターからトリスタン公の声がして、現実に引き戻された。


「おお、聞こえてるぜ!」


誰かの声がコミュニケーターから聞こえた。どうやら今回のコミュニケーターはそれぞれの乗り手同士でも話ができる仕様らしい。

レースじゃ他チームののドライバーと通信できるなんてあり得ない仕様だが、ピットとの作戦通信があるわけじゃないから不都合はないのかもしれない。これも駆け引きの小道具ってことだろう。


「威勢がいいな。すばらしい。

勇気ある乗り手の諸君に敬意を表する。正々堂々と戦い栄光を掴んでくれ。

では……」


間を置くかのように沈黙が下りる。演出が上手いな。


「……準備はいいか。さあ始めよう。トリスタン・メイロードの名において宣言する。

メイロードラップ、開幕だ。

10!!」


「9!」


「8!」


「7!」


レースのスタートシグナルがないから目を閉じてイメージする。

頭の中で縦に並んだ赤ライトが点灯する。


「6!」


「5!」


「4!」


赤いシグナルが並んでいく。


「3!」


「2!」


「1!」


「ゼロ!健闘を!」


赤のシグナルが消える。

トリスタン公の声と同時に係留索がほどけて震電が落下を始めた。

行くぞ!


---


いつもの感覚で落下していたら、周りの騎士達が猛スピードで前に飛びだしていった。

あわてて俺もアクセルを踏みつける。よく考えればいつものように10数える必要なんてないのだ。

第一区間はのどかなパレードランかと思ったがそこまで緩いものではないらしい。

第一コーナーでの位置取りはレースでは大きな意味を持つがこのレースでは関係ないのは幸いだった。


フローレンス本島に向けて、騎士団の旗をひらめかせた飛行船や一般の客船がコースを作るかのように並んでいる。

客船からはたくさんのギャラリーが手を振っているのが見えた。さながらメインストレートの観客席ってわけだ。

その即席コースを猛スピードで騎士たちが駆け抜けていく。

近い位置に飛んでいた飛行船が風圧で揺れている。ギャラリーが近くで見たがるあたり、ラリーっぽいな。


後ろから眺めると、やはり風精ヴァーユの速度は頭一つ抜けているようだ。集団の先頭を悠々と飛んでいる。

辞めとけとは言われたが、できればアレッタの行くコースを追いかけてみたい。そのためにはここで遅れるわけにはいかない


すこし震電を上に飛ばしアクセルを開ける。

シートに体が押しつけられ、視界の下で騎士の集団が俺の後ろに下がっていく。そのまま一気に先頭に近いところまで来た。

昨日みたマリクの槍騎兵ランツィラーは集団中央とでもいうような位置に居る。

盾が目立つからよくわかる。まだ様子見って感じだな


しかし、空戦レースはサーキットと違ってラインどりの自由度が圧倒的に高いのがいい。ラインの奪い合いで接触ってことにはまずならないだろう。

逆にラインを潰して抜かせないようにするってことはできない。ここは地球のレースとは少し違うところだな


メインストレートのような区間はあっというまに過ぎ去り、フローレンス本島まで来た。

いつもの港湾地区の大型の倉庫や飛行船の桟橋、広場では観客が旗をふったりしている。

瞬く間に後ろに飛んでいく視界の端でシュミットの旗が見えた気がした。


そのまま猛スピードでフローレンス上空を飛ぶ。

フローレンスの真上は普通は騎士では飛べない。メイロードラップの時のみの特別コースだ。

ヨーロッパの空撮映像のような高い尖塔。レンガ造りの高い建物も今は箱のように見える。ごちゃごちゃした路地は谷間の様だ。小さく見えるトラムのような路面汽車もおもちゃにしか見えない。

この景色が見れるのは参加者の特権だな。



フローレンスの本島はかなり広い島だが騎士の速度なら横切るのにそう時間はかからなかった。

本島を抜けたところで一度高度を上げる。

パノラマのように広がった視界に、観客席用の飛行船がいくつも飛んでいる。少し派手目に塗られた気嚢が空の青に映える。

雲海からは農業地区に行くときに使った櫓のように組み上げられた線路が生えている。

少し前に白い雲を引くように飛ぶ風精ヴァーユの機影。そして、遠くには農業地区の広い島影。


線路を辿るようなコース取りで、広々とした農業地区の上空に入った。

緑の絨毯のような畑が広がっている。畑の麦が騎士の風にあおられて波のように揺れる。

麦畑を区切る道で子供たちが手を振りながら走ってくのが見えた。


まだここまでは小手調べって感じだ。

前を飛ぶ風精ヴァーユもかなり飛ばしているが、それでもその後ろ姿からは余裕が感じられる気がした。後ろから強引に仕掛けてくる騎士もいない。

騎士同士の戦闘ではまっすぐ飛び続けることはあまりないが、俺としてもまだ速度的には余裕がある。


農業地区が終わった。陸地が切れて、白い雲海が視界一杯に広がる。

遠くに4隻の飛行船が見えた。青い空に映える赤く長い旗をはためかせている。これが旗門フラッグゲートってわけだ。


少し下向きに角度を変え、旗門フラッグゲートめがけて真っすぐ突き進む。風精ヴァーユが真っ先にその間を駆け抜けた。続いて俺の震電。


チェックポイントを受けたとたん、風精ヴァーユが一気に加速した。

俺もアクセルを踏む。シートに体が強く押しつけられる。

こっからが本番だな。



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