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15 Birds and Fishes


 それぞれに過ぎていく秋はつかの間で

 暗い空から雨が落ちてきた。

 ジロウは水滴が降ってくる方向を見上げてみた。


 闇の中を水のかたまりが落ちてくる。

(こんな感じで雨を見たのは……、初めてかもしれないな)


『マーサ』を出たジロウは、結局サキの店に行った。

(最初から素直に、まっすぐ来ればよかった)


 席に座ってみると、彼女にはほかの指名客がついていて、ときどき歌をうたったりしている。

 誰かをヘルプでつけますからとボーイが言ったが、それは断った。

 ビールを少しずつ飲みながら、サキの歌を聴き、ひとりでぼんやりする。


 ユカリの言った内容は、それほどジロウを傷つけたわけではなかった。ふつうに誰もが言うようなことだ。

 ただもうすこし配慮というか、やわらかく言ってくれてもいいだろうと思った。


(けっこうヨッパだったから……それだけのことだよな)

(ヨウジさんはユカリさんのどこが好きなんだろう?)

(まだ若くてキレイだっていっても、バツイチ子連れじゃそんなもんかなあ)

 もちろん、ヨウジに抗議したりはしない。そこまで幼くはないつもりだ。


 三十分も経ったころ、サキが隣にやってきた。

 来てくれてありがとう、今日に限ってすごく忙しい、いつもそんなことはないのにという意味のことを彼女は言った。


 顔を近づけて、指名はつけなくていいからと囁いた。

 ほとんど席についていなくても、時間でいくらと上乗せされている。

「そんなの、気にするなよ」

 そうではない、無駄におカネを使ってはいけないのだと彼女は言う。

「ニョーボみたいに言うんだなぁ」

「ニョーボ? なに?」

「奥さんってこと」


 サキは、黙ってジロウの肩をたたいた。意外と強い力だ。

「いってー」

 彼女は、自分がたたいた辺りをさすりながら、笑顔でジロウを見る。




 ヨウジが自分の部屋にユカリを泊めた、次の日の朝。

 ユカリは目を覚まして、ベッドの上に足を組んで座り直した。

 下着の上にヨウジが着せたTシャツという姿で、ぽりぽり頭をかいている。


「なんてぇ格好してんだよ」

「煙草、ちょうだいね……」

 シーツの上に灰皿をとって煙草を喫っている。

「困ったお母さんだなぁ」

「百年の恋も冷める?」

「……誰が誰に、恋してんだよ」


 鳥たちはただ、飛びたいから飛んでいる、か。


「新聞、見せてもらっていい?」

「まるでオヤジだな……ほら」

「これスポーツ新聞じゃない、大人の男は経済新聞、読みなさいよ」


 ユカリは、在米の経歴を生かして旅行代理店に勤めている。

 とりあえず日本から動くことはなくなった。

 以前にも同じ職種の経験があって、海外の機関と交渉したり、ツアーコンダクターに指示を与えたり、けっこう重要な部署にいる。

 かなり忙しいのに加えて、妹が手伝ってくれるとはいっても子育てをはじめ主婦の仕事がある。

 現実問題として、あまりヨウジのことを考えている時間はない。


 ヨウジのことは意外と単純に好きだと思っている。

 彼といれば自分の中の、ふだん出せない気楽なふわふわした面を出すことができてラクだ。




 それからのジロウは、サキとの交際を真剣に進めている。

 近い将来に華僑の実力者のような人からおカネを借り、中国ではなく日本で店を開く計画がふたりの間で始まった。

 リスクは大きいが、日本のほうが客単価があがる。

 一階は中華バーで、二階を美容院にできれば理想的だ。


 サキは、そういう話を徹底して現実的にしか語らない。

(ユカリさんが言ったのも、そう見当外れじゃない部分もあるんだな)とジロウは思った。

 けれどそうした面も含めて、彼女はほんとうに正直で、余計なものがないだけなのだ。

(そういう彼女を好きになったんだからそれでいい)とジロウは思い始めた。




 コウは『GG』の仕事にだいぶ慣れて、作れるカクテルのレパートリーも増えた。

 ヨウジたちと同じ絹のシャツと黒い前掛けを着てみたらいいとも言われた。

 いまはヨウジのアドバイスを受けてオリジナルのカクテル作りに挑戦している。

「あんまり店の酒を無駄にされても困るけど」とヨウジは言った。

「でも、なんでもやってみるといいよ」


 自分とヨウジが恋人同士とかにはならないことをコウは理解しはじめた。

(この人の中に、なにか冷たい透き通った液体を見ただけなのかもしれない)とも思う。

 そういう人間のそばにいて、(しあわ)せというのとは違うけれど、何か落ち着いた気持ちになった。

(それだけで充分かもしれない)

 彼女は真っ直ぐ生きていける女性だ。


『マーサ』の明子さんもそう願っている……あまり関係ないところでだが。

 明子自身はB級ホラーに飽きて、海洋生物図鑑のDVDを観ている。

 水槽で飼うよりは、水を替えたりする手間がなくていい。

「あたしだって……わからないよね」



(『夢の更新 〜phase2: Dreamtime〜』へ続きます)

「phase2」の投稿予定は活動報告にアップしていきます

ぜひ、ヨウジやジロウたちのその後をご覧ください

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