つむぎちゃん、駅へ行く
教会で出会ってから、つむぎは何度か、みこたちと顔を合わせるようになった。
まだそんなに長い時間を一緒に過ごしたわけではない。
それでも、みことマリーがいると、仲良くなるまでにあまり時間はかからないらしかった。
「つむちゃん、今日ひま?」
ある日の昼下がり、みこがそう聞くと、つむぎは少しだけ目を丸くした。
「今日は、お掃除もひと段落したので……たぶん」
「じゃあ決まりです!」
「えっ?」
「今日は、つむちゃんを駅に連れていきます!」
みこがそう宣言すると、その横でマリーがにやっと笑った。
「ついでに言っとくけど、つむちゃんは、もう隊員だからね」
「えっ?」
つむぎは本気で困った顔になった。
「隊員ってなんですか?」
「探検隊の隊員ですわ」
アリスが、当然のことのように言う。
「マリーちゃんが言ったらもう決定よ。諦めなさい」
「そんな決まりなんですか……?」
「そういう決まりです!」
みこが元気よくうなずく。
「ようこそです、つむちゃん!」
つむぎは、どうしてこうなったのかわからない、という顔をしていた。
でも、その困ったような表情の中にも、ほんの少しだけ笑いが混じっている。
「……わかりました」
「よろしくお願いします、隊員のみなさん」
「なんか急に礼儀正しい新入隊員みたい」
マリーが笑う。
「だって、まだ仕組みがよくわからなくて……」
「大丈夫ですわ」
アリスが軽くうなずく。
「わたくしも、最初はよくわかっておりませんでしたもの」
「いまも時々わかってないですよね?」
つむぎが恐る恐る聞くと、アリスは少しだけ胸を張った。
「そういうものですわ」
「そういうものなんだ……」
つむぎは小さくつぶやいて、それから少しだけ笑った。
その笑顔を見て、みこはますます嬉しそうになる。
「じゃあ、今日はみこの大好きな場所を案内するね!」
「大好きな場所?」
「うん!」
みこは、まっすぐ言った。
「追兎天神駅!」
四人で駅へ向かう道は、もうすっかりにぎやかだった。
マリーが先頭を歩いて、気づいたことをなんでも口にする。
みこがその横で元気に答えて、アリスがときどき少しだけお姉さんぶってまとめに入る。
つむぎは、その少し後ろからついていきながら、時々ふっと笑っていた。
「つむちゃん、あんまりしゃべらなくなったね」
マリーが振り返って言う。
「えっ、そうですか?」
「教会ではもっと勢いあったじゃん」
「マリーちゃん、会いたかったー!って」
その瞬間、つむぎの顔が一気に赤くなる。
「そ、それは……」
「言ってた言ってた」
みこまでうなずく。
「すごくまっすぐでした!」
「だって、本当に会いたかったんです……」
つむぎは小さな声でそう言ってから、恥ずかしそうに視線を落とした。
マリーは一瞬きょとんとして、それから少しだけ照れたように笑う。
「そ、そっか」
「いいですねえ」
みこがにこにこする。
「みこ、そういうの好きです」
「みこちゃんは、たぶんなんでも好きですわ」
アリスが言うと、みこは元気よくうなずいた。
「はいです!」
そんなやりとりをしながら歩いていたけれど、駅の屋根が見えたあたりで、つむぎの歩幅が少しだけ小さくなった。
みこはすぐに気づく。
「つむちゃん?」
「えっ」
「どうしたの?」
「い、いえ……」
つむぎは少しだけ視線を揺らして、それから正直に言った。
「みこちゃんたちとは、もう仲良くなれたと思うんですけど」
「駅には、まだ会っていない人がいるんですよね」
「うん」
「ちょっとだけ、緊張してきました……」
その言い方が、つむぎらしかった。
教会で会った時のように、最初から誰にでも飛び込んでいく子ではない。
マリーにだけは特別にまっすぐ行けても、基本はやっぱり人見知りなのだ。
みこは、そんなつむぎの手をぽんと軽く叩いた。
「大丈夫だよ」
「でも……」
「みんなやさしいから!」
迷いのない声だった。
そのまっすぐさに、つむぎは少しだけ肩の力を抜く。
「……はい」
「それに」
マリーが笑う。
「もう探検隊の隊員なんだから」
「それ、そんなに強いんですか?」
「強いですわ」
アリスが即答した。
「そうなんだ……」
つむぎはまだ少し不思議そうだったけれど、ほんの少しだけ表情がやわらいだ。
追兎天神駅に着くと、ちょうど改札の近くにうさぎがいた。
駅の中を見ながら、何か確認していたらしい。
みこたちの姿に気づいて、ふっと顔を上げる。
「あ、みこちゃん」
「うさ姉さまー!」
みこが元気いっぱいに駆け寄る。
「こんにちは!」
「こんにちは」
うさぎは笑って、それからすぐにみこたちの後ろを見た。
「その子が、教会で会った子?」
「はいです!」
みこがすぐに振り返る。
「つむちゃんです!」
つむぎは、少し緊張した顔のまま、きちんと頭を下げた。
「は、はじめまして」
「白鷺つむぎです」
「白鷺さん、ね」
うさぎはやさしくうなずく。
「みこちゃんから聞いてるよ。教会のおうちの子なんでしょ?」
「はい」
「そっか」
うさぎは、少しだけ目を細めた。
「みこちゃんのお友達なら、歓迎だよ」
その一言で、つむぎの肩から少しだけ力が抜ける。
「ありがとうございます……」
「そんなにかしこまらなくていいよ」
うさぎが少し笑う。
「ここ、駅だけど、そんなに怖い場所じゃないし」
「はい……」
「ほんとだよ!」
みこがすぐに言う。
「みこも最初は緊張したけど、今はだいすきな場所です!」
「うん、それは知ってる」
うさぎが笑うと、みこは少し誇らしげだった。
その時、改札の向こうからしおんが歩いてきた。
「みなさん、こちらにいらしたのですね」
つむぎの姿に気づくと、しおんは立ち止まり、やわらかく会釈した。
「あなたが白鷺さんですね」
「は、はい」
つむぎは一瞬だけ背筋を伸ばした。
しおんはとてもきれいだったし、姿勢も言葉遣いも、何もかもが整って見えた。
つむぎにとっては、少しだけ緊張するタイプのお姉さんだった。
「教会でお会いした方のお話は、聞いています」
しおんは穏やかに言う。
「みこちゃんのお友達なのですね」
「はい……」
つむぎは小さくうなずく。
「その、まだ……お友達になったばかりですけど」
「それでも十分ではありませんか」
しおんの声は静かだったけれど、冷たくはなかった。
「みこちゃんが、こうして連れてきたのですから」
その言葉に、つむぎはほんの少しだけ目を丸くした。
しおんは、みこのことをちゃんと信じている。
そして、その信頼の輪の中へ自分も少しだけ入れてもらえた気がした。
「じゃあ、案内するね!」
みこが元気よく言って、駅の中を歩き出す。
「ここが改札です!」
「ここは、みこがよくお掃除しているところ!」
「それから、こっちはですね――」
もう完全に、小さな駅ガイドだった。
つむぎは、その後ろを歩きながら、ひとつひとつをちゃんと見ていた。
改札。
ホームへ続く通路。
掲示板。
ベンチ。
みこが誇らしそうに説明する場所。
どれも特別なものではないのかもしれない。
でも、みこにとってはここが大切な場所なのだ、ということはよくわかった。
「ここね、うさ姉さまがいる場所です!」
「わたしのいる場所って言われると、なんか変だけど……」
うさぎが苦笑する。
「でも、みこちゃんにはそうなんだよね」
「はいです!」
つむぎは、そのやりとりを見て少しだけ笑った。
いいな、と思った。
ここには、みこの大好きがたくさんある。
そして、その大好きは、ちゃんと受け止めてもらえている。
みこが、ここを大切な場所だと言う理由が、少しだけわかった気がした。
最後に四人が立ち止まったのは、事務室の前だった。
ちょうどそこへ、駅長と駅員が並んで戻ってくる。
「あれ、今日はにぎやかですね」
先に声をかけたのは駅員だった。
「あ、駅員さん!」
みこがぱっと振り向く。
「この子が、つむちゃんです!」
「つむちゃん?」
「白鷺つむぎです」
つむぎは、またきちんと頭を下げた。
「はじめまして」
駅員はやわらかく笑って、軽く会釈を返した。
「はじめまして、白鷺さん」
「みこちゃんから聞いています。教会のおうちの子なんですよね」
「はい」
「そうですか」
駅員は、少し嬉しそうにうなずいた。
「みこちゃんのお友達が増えるのは、いいことですね」
その言い方があたたかくて、つむぎはほっとした。
駅長は、その横でいつものようににこにこと見守っている。
何かを急かすでもなく、問いただすでもなく、ただそこにいる。
でも、その穏やかな空気があるだけで、不思議と駅全体が安心できる場所のように思えた。
つむぎは、すぐには言葉が出てこなかった。
駅へ来る前からずっと、少し気になっていたことがあったからだ。
また来てもいいのかな。
みこに連れてきてもらった今日だけじゃなくて。
この場所に、また来ていいんだろうか。
つむぎは少しためらってから、小さな声で聞いた。
「あの……」
「はい」
駅員がやさしく返事をする。
「わたし、またここに来ても……いいですか?」
一瞬、みこがぱっと顔を上げる。
マリーも、アリスも、つむぎを見る。
駅員は少しだけ目を細めた。
「もちろんです」
「駅は、電車に乗る人だけの場所ではありませんから」
「誰かに会いに来るのも、少し見に来るのも、立派な理由ですよ」
「それに、みこちゃんのお友達なら、なおさら歓迎です」
つむぎは、その言葉を静かに聞いていた。
「それにですね」
駅員は少しだけ楽しそうに続ける。
「何度か来ているうちに、そのうちみこちゃんみたいに“お手伝い”したくなるかもしれませんし」
「えっ」
つむぎが目を丸くする。
「お、お手伝い……」
「はいです!」
みこが元気いっぱいに乗ってくる。
「楽しいですよ!」
「そこは、人によるかもしれないけどね」
うさぎがつっこむと、みんなが少し笑った。
でも、その笑いの中で、つむぎの顔にもちゃんと笑みが浮かんでいた。
「……じゃあ」
つむぎは少しだけ照れながら言う。
「また、来ます」
その時、駅長が一歩だけ前に出た。
そして、いつものように穏やかに笑って、短く言った。
「いつでもおいで」
たった、それだけだった。
けれど、その言葉が、つむぎの中に静かに落ちていった。
教会に戻ってきたばかりの自分。
これから二学期が始まって、新しい学校へ行く自分。
まだ少し不安もある。
でも、この街にはもう、会いたい人がいて。
笑ってくれる友達がいて。
そして、来てもいいと言ってくれる駅がある。
それだけで、なんだか少しだけ心が軽くなった。
帰る時間になると、みこたちは改札の外へ出た。
つむぎは一度振り返る。
駅の中には、さっきまでと同じように人がいて、音があって、でももう少しだけ近く感じられた。
「今日は来てくれてありがとう」
うさぎがそう言う。
「い、いえ」
つむぎは少しあわてて首を振る。
「こちらこそ、案内してもらって……」
「また来てね」
うさぎはやわらかく笑った。
「つむちゃん」
その呼び方に、つむぎはほんの少しだけ目を見開く。
最初は「白鷺さん」だった。
でも今はもう、それより近い呼び方になっている。
「はい……!」
つむぎの返事は、少し嬉しそうだった。
その横で、しおんも静かに会釈する。
「つむちゃん、どうぞお気をつけて」
「はい」
つむぎは、今度は少しだけ自然にうなずけた。
みこがすぐに笑う。
「ほらね!」
「なにがですか?」
「みんなやさしいでしょ!」
つむぎはその言葉に、少しだけ照れながら笑った。
「……はい」
うさぎとしおんが見送る中、四人は駅をあとにする。
帰り道、みこはずっと上機嫌だったし、マリーは「隊員が増えたね」と楽しそうだった。
アリスは少しだけ満足そうに、「これで探検隊も、ますますにぎやかになりますわ」と言った。
その横で、つむぎは胸の中に残るあたたかさを、そっと抱えていた。
追兎天神駅。
みこの大好きな場所。
そして、今日からは――自分にとっても、少しずつ特別になっていく場所。
また来てもいい。
その言葉があるだけで、つむぎの足取りは、来た時よりずっと軽くなっていた。




