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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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朝だよー、みんな起きてー


 清音寺の離れの朝は、追兎天神の朝とは少しだけ違っていた。


 窓の外から聞こえるのは、蝉の声だけじゃない。

 どこか遠くで鳴る鐘の音と、まだ涼しさの残る風の気配が、静かな畳の部屋にゆっくり入りこんでくる。


 そんな朝の空気の中で。


「朝だよー、みんな起きてー!」


 元気いっぱいの声が、離れの中に響いた。

 最初に反応したのはマリーだった。


「んん……?」


 布団の中でもぞもぞ動いてから、ゆっくり目を開ける。


「……あれ?」


 次にうさぎが、まだ眠そうな顔のまま身を起こした。


「なに……朝……?」


 その隣ではアリスも、ぱちぱちと目を瞬かせる。

 しおんは一拍遅れて、すっと目を開いた。


 部屋の入口に立っていたのは、見間違えるはずもない小さな影だった。


「おはようございます!」


 みこが、満面の笑みで立っている。


 一瞬、部屋の中の時間が止まる。


「……えっ」


 うさぎが一番先に声を出した。


「みこちゃん、どうしてここに?」


「みこです!」


「それは見ればわかるのよ!」


 うさぎが言い返すと、みこはえへへと笑う。

 その後ろから、みこの父――追兎天神の宮司が、やわらかな表情で顔を出した。


「朝早くに失礼します」


「宮司さん……!」


 うさぎがますます目を丸くする。

 アリスはまだ少し寝ぼけた顔のまま、ゆっくり姿勢を正した。


「これは……どういうことですの?」


 宮司は、部屋の中の四人を見渡してから、静かに頭を下げた。


「いつも、みこと仲良くしてくれてありがとう」


「いえ、そんな……」


 うさぎがあわてて首を振る。


 宮司はそのまま続けた。


「ここの清音寺の住職とは親交があってね」

「お盆の期間は人も多くて忙しいだろうと思って、昨夜、少し話をしてみたんだ」


 みこはその横で、うれしそうに胸を張っている。


「それで――今日と明日は、みこちゃんに清音寺のお掃除をしてもらうことになったんだ」


「ええっ」


 今度はマリーが声を上げた。


「じゃあ、みこちゃん……」


「一緒です!」


 みこが元気よく答える。


「みこ、来られました!」


「わぁ……!」


 うさぎの顔が、一気に明るくなる。


 アリスも、ぱっと表情をほころばせた。


「まあ! 本当によかったですわ!」


 しおんも静かに微笑んだ。


「それは何よりです」


 宮司は少しだけ笑ってから、あらためて言った。


「今晩は、みこちゃんもこちらに泊めていただくことになりました」

「みなさんさえよければ、一緒に過ごさせてもらえないかな」


「もちろん!」


 うさぎは、ほとんど考えるより先に答えていた。


「よかった……」


 その声には、昨日から少しだけ胸の中に残っていた気がかりが、そのまま出ていた。


「大歓迎です!」


 マリーもにっと笑う。


「これで合宿っぽくなるね」


「最初からそのつもりではなくて?」


 アリスが言うと、マリーが吹き出した。


「まあ、そうかも」


 みこは、そんなみんなを見て本当にうれしそうだった。


「みこ、今すぐ来たいって言ったんですけど」


「えっ」


「さすがに夜のうちはだめだって、お父さんに言われました」


「そりゃそうだよ」


 うさぎが苦笑する。


「でも、朝いちばんに来られたので満足です!」


 みこがそう言うと、アリスがくすっと笑った。


「ほんとうに、みこちゃんらしいですわ」




 それから離れの中は、一気ににぎやかになった。


 布団を片づけて、顔を洗って、支度をして。

 昨日までは四人分だった空気が、今日は最初から五人分になっている。


「うさ姉さま、早く早く」


「朝から元気だね……」


「元気です!」


「知ってる」


 うさぎが笑うと、みこもにこっと笑い返した。


 しおんは慣れた手つきで皆の身支度を見ながら、アリスの帽子の位置をそっと直す。


「お嬢様、こちらでよろしいです」


「ありがとう、しおん」


 そのすぐ横で、みこは自分もきりっとした顔を作ってみせた。


「みこも、お掃除のお仕事です!」


「はいはい、立派なお仕事ね」


 うさぎがそう言うと、みこは得意そうに胸を張る。


 その様子があまりにもいつも通りで、うさぎはなんだか少しほっとした。




 やがて四人が駅へ向かう時間になった。


 朝の光が、清音寺の石畳を白く照らしている。

 入口のところまで、みこも一緒に出てきた。


「いってらっしゃい!」


 昨日、追兎天神駅のホームで四人を見送ったときと同じ言葉。

 でも、その声はまるで違っていた。

 昨日よりずっと明るくて、ずっと軽い。


「帰ってきたら、海行こうね!」


 みこが元気よく言う。


「花火もしようね!」

「えっ、そこまで決まってるの?」


 うさぎが思わず聞き返す。


「そうだ、肝試しも……」

「やっと元にもどったみたいだわ」


 アリスが、少しあきれたように、でも嬉しそうに言った。

 うさぎも小さく笑ってから、みこを見る。


「みこちゃん、お仕事って忘れてない?」

「忘れてないです!」


 みこは即答した。


「でも、お仕事のあとならいいですよね?」

「それは……」


 うさぎが少し考えこんでしまう。


 その横でマリーが笑った。


「いいじゃん、元気出たんだし」

「そうです」


 みこはきっぱりとうなずく。


「みこ、今日は清音寺でしっかり働いて、夜はいっぱいお話します!」

「それは楽しみですわ」


 アリスがうれしそうに言う。


 しおんも静かにみこへ目を向けた。


「無理はなさらないでくださいね」

「はいです!」


 みこはぴしっと背筋を伸ばした。


「みこも、ちゃんとお仕事してきます!」


 その顔には、もう昨日のしょんぼりした影はなかった。


 うさぎはそんなみこを見て、少しだけ目を細める。


「うん。じゃあ、お互い頑張ろうね」

「はい、うさ姉さま!」


 朝の光の中で、みこの返事はまっすぐだった。


 四人は清音寺を出て、臨時駅へ向かって歩き出す。


 その背中を、みこは入口のところから元気いっぱいに見送っていた。


「いってらっしゃーい!」


 昨日とは違う。

 今度は、ちゃんと同じ場所にいる。

 駅とお寺に分かれていても、同じ朝の中にいる。


 それだけで、なんだか今日は、昨日よりずっと特別な一日になりそうだった。

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