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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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42/60

みこちゃん、教えて

 その日の追兎天神駅のすみでは、また小さな歌声が響いていた。


「ふん、ふふーん」

「ふん、ふふーん♪」


 アリスが歌って、みこがそのあとを追いかける。


 少し前から始まった歌の練習は、思ったよりちゃんと続いていた。


「そこ、いまよかったわ」

「ほんと?」

「ええ。ちょっとだけ、みこちゃんアレンジが減った」

「それ、ほめてる?」

「半分くらいは」

「半分なんだ……」


 みこはちょっとだけ口をとがらせたけれど、すぐにまた笑った。


 歌うのは、やっぱり楽しい。

 しかも、ちゃんと教えてくれる人がいる。


 アリスは少しだけ先生ぶっていて、でもそれがなんだか似合っていた。


「でもね」


 みこが、ふと思いついたように言う。


「せっかくだから、ちょっと動きながら歌ってみたいかも」

「動きながら?」

「うん。こう、ふわってして、くるってして、楽しそうなの!」


 みこはその場で軽く一回転してみせる。


 アリスはそれを見て、少しだけ目を丸くした。


「……歌いながら踊るの?」

「うん!」

「大変そうね」

「でも楽しいよ?」

「それは……そうかもしれないけど」


 アリスは少し考えてから、小さくうなずいた。


「じゃあ、一度やってみようよ」

「ほんと、出来るかな?」

「うん。歌えるんだから、動けるはずだよ」


 みこの言葉には、根拠があるのかないのかよくわからない。

 でも、不思議と「まあ、なんとかなるかも」と思わせる力があった。


 アリスは少しだけ息をついたあと、顎を上げる。


「……いいわ。やってみましょう」

「やった!」


 みこはすっかり嬉しそうだ。


 さっそく、みこが簡単な振りをつけてみせる。


「ここでね、こうやって手を上げて」

「こう?」

「うん。それから一歩前に出て」

「一歩」

「で、ちょっと跳ねる感じ!」


 アリスは言われた通りにやってみた。


 たしかに、動けてはいる。

 全然できないわけじゃない。

 姿勢もいいし、リズムも外していない。


 でも――


 なんだか違った。


 みこが目をぱちぱちさせる。


「アリスちゃん……」

「なに?」

「なんか、ちがう」

「違う?」


 アリスも自分の動きを見下ろしてみる。


「どこが?」

「えっと……きれいなんだけど」

「きれいなのね」

「うん。でも、なんていうか……」


 みこは一生懸命に手を動かしながら言葉を探した。


「かわいい、じゃなくて、すごい、って感じ」

「それの何が問題なの?」

「問題ではないんだけど……ちょっとだけ、かたいかも」

「かたい?」


 アリスはもう一度やってみる。


 手を上げる。

 一歩前に出る。

 少しだけ体を動かす。


 やっぱり変だった。


 動きに無駄はない。

 でも、かわいいというより、どこか“ちゃんとしている”。


 みこがそっと言う。


「アリスちゃんって、踊れないわけじゃないんだよね」

「もちろんよ」


 アリスはすぐに答えた。


「小さい頃から習っていたもの」

「そうなんだ!」

「社交ダンスだけど」

「しゃこうだんす?」


 みこは首をかしげる。


「それって、どんなの?」

「こういうの」


 アリスは少しだけ背筋を伸ばして、手先まで意識したきれいな動きで、くるりと回ってみせた。


 たしかに上手だった。


 形が整っていて、姿勢もぶれない。

 動きもなめらかで、大人っぽい。


「わあ……」


 みこが素直に感心する。


「すごい」

「でしょう」


 アリスはちょっとだけ得意そうになる。


「だから踊れないわけじゃないの」

「うん。でも」


 みこは少し困ったように笑った。


「いまやりたいのって、たぶんこれじゃない」

「……そうね」


 アリスも、そこは素直に認めた。


 今のはきれいだった。

 でも、さっき二人で歌っていた空気とは少し違う。


「もっとこう、ぴょんってしたり」

「ぴょん」

「手をふわっとしたり」

「ふわっと」

「かわいくする感じ!」

「難しいわね……」


 アリスは少しだけ眉をひそめた。


 歌では自分が教える側だったのに、今は勝手が違う。

 それが少しだけ悔しい。


 みこはそんなアリスを見て、ぱっと顔を明るくした。


「じゃあ、今度はわたしが教えるよ」

「えっ」

「歌はアリスちゃんが教えてくれたでしょ?」

「そうね」

「だから、ダンスはわたしの番!」


 アリスが少しだけ目を丸くする。


「みこちゃんが?」

「うん!」


 みこは、すごくいい笑顔でうなずいた。


「だって、歌は教えてもらったもん」

「……」


「だから今度は、わたしが教える!」


 その言い方がまっすぐで、アリスは少しだけ言葉に詰まった。


 それから小さくそっぽを向く。


「……ま、まあ、教えられるなら聞いてあげてもいいけど」

「ほんと!?」

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわ」

「やった……!」


 みこは本当に嬉しそうだった。


 その反応を見て、アリスもほんの少しだけ口元をゆるめる。


「ちゃんと教えるからね」

「お願いするわ」

「まず手!」

「手?」

「うん。アリスちゃん、きれいすぎるの」

「きれいすぎてなにが悪いの?」

「きれいすぎてもダメな時があるの!」

「そんなことあるの?」

「今日はあるの!」


 みこは真剣だった。


 アリスはその言い方に、思わず少しだけ笑ってしまう。


「なによ、それ」

「大事なことだよ」

「そうなの?」

「そうなの」


 みこは、自分の手をひらひら動かして見せた。


「こう、もっとやわらかく」

「こう?」

「ちがう」

「早いわね」

「だってアリスちゃん、すぐきれいにしちゃうから」

「きれいなのは悪くないでしょう」

「悪くないけど、今日はかわいいのがいいの!」


 その言い方がなんだか可笑しくて、アリスは少しだけ肩の力を抜いた。


「じゃあ、もう一回」

「……こう?」

「うん、さっきよりいい!」

「ほんと?」

「ほんと!」


 今度はアリスが少しだけ嬉しそうな顔になる。


「じゃあ次、足!」

「忙しいわね」

「ダンスだから!」


 みこは、ぴょん、と小さく跳ねてみせる。


「ここでね、ちょっと軽くするの」

「軽く?」

「アリスちゃん、そこできれいに着地しすぎるの」

「着地にきれいも何もあるの?」

「あるの!」


 みこは断言した。


「もっとこう、ぽんっ、て感じ!」

「ぽんっ、ね……」


 アリスは難しい顔でやってみる。


 ぽんっ。

 ……のつもりが、やっぱりきれいだった。


 みこがうーんと考え込む。


「やっぱりアリスちゃん、上手なんだけど変」

「失礼ね」

「褒めてるよ」

「たぶん褒められてないわ」


 でも、少しだけ楽しかった。


 歌では自分が教えていた。

 今は、みこちゃんが一生懸命に教えてくれている。


 それがちょっと不思議で、でも悪くない。


「もう一回!」


 みこが言う。


「今度は、わたしといっしょにやってみよ?」

「いっしょに?」

「うん。見てるだけより、合わせたほうがわかりやすいから」


 アリスは少しだけためらったあと、うなずく。


「……いいわ」


 二人は並んで立った。


 みこが歌って、軽く手を動かす。

 アリスもそれに合わせる。


 最初は少しずれていた。

 でも、何度か繰り返すうちに、少しずつ揃っていく。


「あっ」


 みこがぱっと顔を上げた。


「いま、よかった!」

「そう?」

「うん、さっきよりずっと!」


 アリスも、自分の動きを思い返す。


 たしかに、今のは少しだけ違った。

 きれいにやろうとしすぎなかったぶん、少しだけ軽かった。


「……ほんとだ」

「でしょ!」


 みこは自分のことみたいに嬉しそうだった。


 アリスはそんなみこを見て、少しだけ目を細める。


「みこちゃん」

「なに?」

「教えるの、うまいのね」

「えっ」


 みこがきょとんとした。


「そうかな?」

「ええ」

「えへへ……」


 みこはちょっと照れたように笑う。


「だって、アリスちゃんがちゃんとやってくれるから」

「それはわたしが優秀だからよ」

「うん、それもあるかも」

「あるのよ」


 アリスはすぐに言い返した。

 でもその声は、さっきよりずっとやわらかい。


「じゃあ、もう一回やる?」

「やるわ」

「今度は歌いながら!」

「ええ」


 静かな駅のすみで、二人はまた並ぶ。


 歌って、少し動いて、またやり直して。


 うまくいったり、いかなかったり。

 でも、少しずつ揃っていく。


 歌ではアリスちゃんが教えて、

 ダンスではみこちゃんが教える。


 そんなふうに、二人のあいだに新しいやり取りができ始めていた。


 まだ名前なんてない。

 まだ誰にも見つかっていない。


 でもその時間は、たしかに少しずつ形になっていた。


 歌のきれいな子と、

 踊るのが楽しい子が、


 今度は一緒に、動きを揃え始めただけだった。

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