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拝啓、お迎えさん

 ――あの少年は、今どこに居るのだろうか。

 冥界か、天国か、転生し終えたのか。

 長らく仕事をしていると、強烈な記憶の一つや二つ、出てくるものである。

 その中の一つが、あの少年だった。



 ちりん、とドアのベルが鳴る。スタイラは入ってきた人物を見て、思わず顔をしかめた。

「……いらっしゃい」

「えー? その顔でそのテンションで『いらっしゃい』はないやろー! もっとこう、歓迎してくれへん?」

 独特な口調で話す男は、スタイラとは真逆の調子だ。

 だが、スタイラにとって目の前の男は、相性が悪い存在なのである。

「何か用? 死神」

「そら、用事無かったらここには来んやろ。そんでもって、依頼しに来たねん」

「……奥の椅子に座って待ってて」

 店の隅にある来客スペースを示すと、スタイラは外の看板を『閉店』にしておく。

 そして店の奥に行き、マイラに声をかけた。

「マイラ、客よ。それも死神の」

「え? それはまた、珍しいね。今行くよ」

「なんかうるさい客だから、相手よろしく。私はお茶の用意をするわ」

「分かったよ」

 マイラは苦笑して、作業の手を止めると立ち上がって店に出る。

 その間にスタイラは、いつも通りお茶と菓子の準備をした。


 ――死神。その存在は今のスタイラ達とは縁遠いが、かつてスタイラ達を冥府の法廷へと導いた事もある。


 彼らの仕事は死に関する事だ。なので贖罪を終えるまで死ねないスタイラ達にとっては、忌まわしい存在でもある。

 そんな存在が思い出というものを欲しがるとは、どんな風の吹き回しだろうか。

 用意したティーセットを盆に乗せて、スタイラも店に戻る。

 お喋り好きらしい死神は、既にマイラを相手にぺらぺらと世間話をしていた。

「そんでなー、あんまり泣き喚くもんやから、うち、困ってもーてな! そのまま鎌でスパーンしてしもた! わはは!」

「容赦が無いですね」

「情に絆されたら仕事にならんやろ! お、嬢ちゃん、茶ぁ持ってきてくれたん?」

 何とも図々しい態度だが、客は客。怒りを堪えながら、スタイラは茶と茶菓子を出した。

 躊躇わずに茶と菓子を口にした死神は「美味いなぁ!」と褒める。

 全く嬉しくないので、スタイラはさっさと切り出した。

「それで? 何万人と人の魂を狩ってきた死神が、どんな思い出を残したいわけ?」

「お迎えって言うて欲しいなぁ! うちらも仕事やねん。あんまし言わんといて」

 死神はレグリムと名乗った。茶を飲みながら話を始める。

「結構昔の話やねん。まだまだうちも新人で、仕事に慣れてへんかった。そんな時に舞い込んだ仕事があってな。それまでは老衰やったり、突発的な事故で死んだりした人間ばっかり相手してたさかい、初めての、それ以外の相手やったんや」

「初めての、ですか」

「せや。その子供は、不治の病で余命僅かやったんや」

 カップを置いたレグリムは、膝に頬杖をつく。

「知っとるやろけど、死神のお迎えは、死ぬ予定の三日前くらいに訪ねるんや。あんたもうすぐ死ぬでー、ってな」

「……知ってるわ。私達の場合は、少し違ったけど」

 スタイラ達の前に現れた死神の時は、そもそも迎えの意味が違っていた。当時の自分達にその意味が分かるはずもない。ただ、数日後に結局そうなってしまった自分達を、あの死神は悲しい顔で見ていた。

 だが、それは今は関係ない。スタイラは続きを待つ。

「その子供は冷静でなぁ。うちが来ても泣きもせんと、冷静に受け入れたんや。けど、その後が衝撃やった。どうせ死ぬなら、最後に行きたい場所がある、言うて、うちに連れて行かせたんや」

「内容が特に衝撃的でもないんだけど」

「まあまあ、話は最後まで聞いてからや。その行きたい場所っちゅうんが、海やったり山ん中やったり、街中やったり。残り三日程度のはずやったのに、気付いたら七日くらい生き延びてたんや」

 それは珍しい、とスタイラも軽く驚く。死神の死の予言は一日か二日の誤差はあれど、それ以上はごく稀な事でしか起きないものだ。

「ほんで、いつまで経っても死ぬ気がせえへんで、うちも焦ったんや。ほんまにこの子は死ぬんか? てな」

 お茶のお代わりを要求されて、スタイラは渋々と彼のカップにお茶を注ぐ。

 それをまた一口飲んで、レグリムは話を再開した。

「したらな。予定から十日くらい経ったある日、ベッドの中に居ったあの子が、うちに言うたんや」


『ありがとなぁ、死神はん。もう悔いは無いで』


「……その直後やった。発作が起きて、そのまま、あの子は死んだ。うちは呆然として、魂をお迎えするのも忘れかけた」

 死神に迎えられなかった魂は、地上を彷徨い続けるらしい。それを回収する役割の死神も居るそうだ。

 そういえば、『時柩屋』のクロッカーは死神と連携していたな、と何となくスタイラは思い出す。

 彼の仕事は死者の魂を時柩に納め、時計仕掛けの装置として魂を死神に回収されるまで安置する事。だから彼も仕事には妥協せず、容赦もない。

「まぁ、きちんと仕事はした。せやけど、気持ちは晴れんかった。時期の遅延もそうやし、あの子の安らかな顔が、逆に――怖くなったんや」

 レグリムから笑顔が消える。

「これから先、またこないな人間が現れたら、うちはまた、絆されるんやないか。下手すれば仕事を失敗するんやないか、ってな。せやから、区切りを付けたいんや」

 そしてレグリムは、小さな飾りが付いた紐をテーブルに置いた。

「これな、街にあの子と出た時に一緒に作ったんや。これを作った時の記憶を、思い出にしてくれんか?」

「何で残そうと思ったの? 区切りどころか、また怖くなるんじゃない?」

 スタイラの疑問に、レグリムは頷く。

「せや。怖くなるかもしれへん。けどな、それ以上に、忘れたくないと思ったんや。死神っちゅう仕事は、感情が麻痺していくもんや。せやからこそ、楽しかった記憶っちゅうもんを、失いたくないんや」

「……オルゴールと引き換えに、これは失われますよ」

 マイラが確認の念押しをする。

 レグリムは頷いて頭を下げてきた。

「かまへん。形は変わっても、残す方が大事や」

「わかりました。……では、そうですね。三週間ほどで作れるかと」

「ほんまか! 良かったぁ、断られたら途方に暮れるところやったわ!」

「じゃあ、記憶を預かるわね」

 スタイラはレグリムから記憶を取り出す。それは温かく、死神にしては明るい記憶で。

「ほな、三週間後にまた来るわ! よろしゅうな!」

 すっきりした顔で、レグリムは店を出て行った。



「そ、そんな……! 私、もうすぐ死ぬの!?」

「せやで。今日から三日後にまた迎えに……」

「嘘よっ、嘘嘘嘘!! 信じない!」

「信じなくても、死ぬんや。……ほな、またな」

「うっ……うわああああんっ!!」

 死を間近だと言われて、はいそうですか、と受け入れられる人間はごくわずかだ。

 泣いて現実を拒否するか、絶望で何も言えなくなるか、がほとんどである。

 もちろん、「そうか」と受け入れた人間も居た。

 最近は仕事が増えた気がする。街で流行病が起きているからだろうか。

 死神が死を報せるのは、残りわずかな時間で心の整理をつけてもらう為であり、その予言を変えることは、常人には不可能だ。ただ、突発的な事故で一度に多くの人間が死ぬ場合は、報せは届かない。届けられない。

 さて次の家は、と手元の紙を見てレグリムは歩く。


 死神は常に、誰かの死の側に居るのだ。



 完成したオルゴールを聴いたレグリムは、うんうんと頷いた。

「さすがやなぁ。これや、これ。ありがとさん」

「それなら良かったです」

「ほい、お代。出来がいいから、色付けとくで」

「あら、気前がいいのね」

 少し多めの代金を支払われ、スタイラは少しだけ機嫌が上向きになる。

 だが、すぐにそれは元に戻った。

「あんまり、こういうものに頼らない事をお勧めするわ。あなた達のような存在は、特にね」

「最後まで塩対応やったなー! けど、それくらいがちょうどええのかもしれんな。うちも出来ればこれっきりにしたいわー」

「そうですね。いくつもあっては、この先が大変ですから」

「……そういや、自分らは大丈夫なん? 色んな記憶を思い出にしとるけど、自分らの思い出はええんか?」

 不意に問われて、スタイラは首を横に振る。

「私達の思い出は、決して消えないわ。これまでも、これからも」

「その通りです。ご心配には及びません」

 マイラもきっぱりと言う。

 自分達にあるのは、血と炎と裁きの記憶。幸せだった日々は、時の彼方だ。

 それもまた、罰の一つ。そうであれと定められた形だ。

 レグリムはそうかと頷いて、オルゴールを懐にしまう。

「ほな、またいつかな。このオルゴールの修理が必要になったら来るで」

「はい。修理はいつでもどうぞ」

「ま、よっぽどの扱いをしない限りは、そう簡単に壊れたりしないから、安心して」

「せやろな。……ありがとさん」

 そうして、一人の死神が店を立ち去った。

 スタイラは軽く伸びをして、置かれたままだった代金を回収する。

「金庫に入れてくるわ」

「ああ、僕は棚の掃除でもしようかな」

「終わったら手伝うわね」

 そして工房の奥に置かれた金庫を開けて、代金を中の籠に入れると、ため息をついて金庫を閉めた。

 死神も元は人間だった者が居るらしい。あのレグリムという男は、果たしてどちらだったのだろうか。

「……まあ、関係ない話よね」

 そう、関係のない話だ。たとえ彼が人間らしく振る舞っても、人ではないと理解して傷付いた記憶を見ても。

「あの馬鹿げた話し方も人間の真似……だとして。それならもっと馬鹿な死神だと思うわ」

 何故なら記憶にあった彼の口調は、今のそれではなかったのだから。



 オルゴールの音に、仲間が寄ってくる。

「レグリム、またそれ聴いてんのか?」

「綺麗な音だけど、お前にしちゃ意外だよな」

「うるせー。うちの宝物にケチつけんな」

「そういや、いつからそんな喋り方になったんだっけ? 前はもっと陰気だっただろ」

 レグリムは、へらりと笑って仲間の問いをかわした。

「忘れてもうたわー。けど、ちいとばかり変わってた方がええやろ。親しみやすくて」

「おいおい、死神が親しみって何だよ」

「やっぱお前、変わってるわー。今でも時々やってんだろ。死に際の思い出作りサービス」

 他の仲間の机は殺風景なのに、レグリムの所だけは色んな物が置いてあった。

 それらは、レグリムが求めた思い出達。

 すぐに死ぬ者達との僅かな繋がりを欲した、寂しがり屋の死神のエゴが形となったもの。

「……せやね。サービス名は、『拝啓、お迎えさん』やで」


 何だそれ、と呆れて笑う仲間たちをよそに、ぱたん、とオルゴールの蓋は静かに閉じられたのだった。

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