第二十話 偽神
俺が持っているポイントをすべて〈教祖〉に振り込むと、新たな転職が可能になった。
≪確認しました。職業が最大レベルに達しました。転職が可能です≫
久しぶりに聞く『転職可能』の天の声に、思わず頬が緩むのが分かる。
最初の転職から1カ月以上かけて、ようやく次の職業に進むことができる。そう思うと、自然と嬉しくなってしまう。
にやけた口元を手で隠しながら、俺はステータス画面を開き、新しい転職先を確認していった。
ーーー
職業:〈盗賊〉〈罪人〉〈☆暗殺者〉〈☆殺人鬼〉〈☆☆巫覡〉〈☆☆☆偽神〉
ーーー
今回、新たに追加されていたのは〈偽神〉という一つの職業だけだった。
星が3つ付いていることから、おそらく〈教祖〉の正統な転職先だろう。
名前に『神』とついているあたり、何とも期待を煽られる職業だ。俺は少し心を躍らせながら〈偽神〉の詳細を確認してみた。
ーーー
〈偽神〉
スキル〈読心術〉〈鑑定看破〉〈偽神偽装〉〈神託(偽)〉〈洗脳支配〉〈開祖〉〈流転回帰〉〈偽神〉
ーーー
スキル構成を見ると、〈教祖〉からいくつかが引き継がれているようだが、一部が変化していた。
例えば、〈話術〉が〈読心術〉に、〈鑑定〉が〈鑑定看破〉に変わっている。さらに〈偽神〉という新たなスキルが追加されている。
どれも効果が気になるが、特に〈偽神〉のスキル内容がまったく想像できない。
まあ、悩んでいても仕方がない。俺は迷うことなく〈偽神〉を選択した。
≪職業選択を確認しました。職業〈偽神〉へと転職します。…転職を完了しました≫
≪確認しました。世界初の中級下位職業への転職を確認しました。スキル〈一発必中〉を取得しました≫
転生のときとは違い、外見的な変化も体が組み替わるような感覚もなく、転職はあっさりと終わった。
あまりにあっけなくて少し拍子抜けだが、まあこれで良しとしよう。
気を取り直して、俺はステータス画面を開き、変更された内容を確認していく。
ーーー
種族:エルフ
名前:水橋 正吾
職業:偽神(0/100)
レベル:103
スキル〈話術(0/10)〉〈鑑定看破(0/10)〉〈偽神偽装(0/10)〉〈身体強化(10/10)〉〈気配感知(3/10)〉〈洗脳(0/10)〉〈支配(0/10)〉〈状態異常耐性(0/10)〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉〈夢幻泡影〉〈一騎当千〉〈開祖〉〈流転回帰〉〈一樹百穫〉〈輪廻転生〉〈偽神〉〈一発必中〉
ポイント:0
パーティー(2/6):玲奈と忠実なワンちゃん
フレンド:〈一ノ瀬玲奈〉
種族特性:〈美形〉〈魔法適性〉〈肉体弱化〉
情報閲覧権限:1
ーーー
ほう? どういうことだ?
〈話術〉は〈読心術〉に変わっていないのに、〈鑑定〉は〈鑑定看破〉に変わっている。
……ああ、なるほど。レベルをマックスまで上げたスキルは上位スキルに進化するということか。
一通り確認した結果、それで間違いなさそうだ。
それにしても、〈偽神〉の必要ポイントが100もあるとは……。
100ポイントとなると、どれだけの時間を要するのか見当もつかない。ただでさえ、レベル100を超えてからはレベルアップが極端に遅くなっているというのに……。
これは次の転職まで時間が掛かりそうだ。
次の目標が遠い事に肩を落としながらも、無意識に動く手はスキル内容を確認していた。
ーーー
〈鑑定看破〉
・下位スキルの全てを鑑定できる。
・下位スキルの全ての偽装を見破ることが出来る。
・スキルレベルにより鑑定できる内容が変わる。
〈偽神偽装〉
・自身のステータス、もしくはアイテムを偽装することが出来る。
・どんなスキルにも見破る事が出来ない。
〈偽神〉
・偽りの神。神としての序列は持たないが、神として崇められる。
・偽りの神のため、神ほどの力を持たない。
〈一発必中〉
・初撃の命中率が上がる。
ーーー
スキルの内容を見る限り、〈鑑定看破〉や〈偽神偽装〉、〈偽神〉は正直微妙だ。
そもそも〈鑑定〉で困っていなかったし、〈偽装〉でも、〈夢幻泡影〉と合わせたら十分だったし、〈偽神〉に関しては意味が分からない。
総じて微妙と言う他ない。
とはいえ、これから先の階層では必要になる場面が出てくるかもしれない。そう考えれば、無駄というわけではないだろう。
一方で、〈一発必中〉はかなり有用そうだ。不意打ちや先制攻撃の精度が格段に上がるはずだ。
そんなことを考えながらスキル内容を確認していると、玲奈の声が聞こえてきた。
「正吾さん。転生はどうですか?」
「ああ、上手くいったぞ。俺、神になった」
「…まさか新世界の神になる。とは言いませんよね」
「……」
…先に言われた。
まさか玲奈がそのネタを知っていたとは驚きだが、先に言われてしまった物は仕方がない。ほかの神のネタを探すか。
「っは、ち…」
「朕は国家なり、もNGですよ。そもそも神じゃないですか?王権神授説ですか?」
……コイツ本当に読心術を見に付けているんじゃなかろうか?なぜ色々選択肢のある中から神とはあまり関係が無い、『朕は国家なり』を選んだのだろう?そして、玲奈は何故、俺がそれを言うと思ったのだろうか?
……コイツの前世はルイ14世か?
「……はぁ、言いたいセリフを潰されたけど、反抗にこう言うよ。俺はキリスト、ムハンマド、そして次の3人目のメシアになった」
「メシアかどうかはさておき、確かに新たな一大宗教を作り上げようとしている所は似ているかもしれませんね」
はぁ、ネタを先に言われるとはこう言う気分になるのか。なんだか、ギャグを言った物の理解されずに泣く泣く説明している気分だ。憂鬱。
今度からギャグを言う人の妨害はしないと心に誓いを立てながらも、俺は再度ダンジョンの4階層へと向かうのだった。
~~~
4階層のホブゴブリンを狩り尽くした俺たちは、すでに『家』と化しているラブホテルに戻ってきていた。
最近の聖女配信は、わざわざ別のホテルを借りて行っている。身元がバレないようにするためとはいえ、準備や移動の負担は大きい。
まだ21歳とはいえ、さすがにこの生活は身体にこたえてきた。
俺は適当に荷物を放り投げると、お風呂にお湯を張りながらベッドに倒れ込む。
天井をぼんやりと見つめていると、不意に最近お酒を飲んでいないことを思い出した。
刑務所から出たときは、『毎日浴びるように飲んでやる』と心に決めていたのに、忙しさのせいでその誓いはどこへやら。
たまには羽目を外してクラブにでも飲みに行くのも悪くないかもしれない。
彼女でもない玲奈に文句を言われそうだが、たまにはそんな時間も必要だろう。
そんなことを考えているうちに、お風呂のお湯が貯まった音が聞こえた。
俺は服を脱ぎ、軽くシャワーで汗を流した後、浴槽に体を沈める。
前回、玲奈が突如風呂場に侵入してきた一件以降、彼女が風呂に突撃してくることは一度もない。今回も例外ではなく、俺は一人でゆっくりと湯に浸かり、至福のひと時を堪能した。
お風呂から上がると、玲奈がテレビをつけて待っていた。
玲奈が部屋にいるのはいつものことなので、特に気にせず冷蔵庫からジュースを取り出す。
本当に思うのだが、最近玲奈に対する感想が『通い妻』から『妹』へとランクダウンしている気がする。
家族という点ではランクアップかもしれないが、あまりにも身近にいすぎて、妹のように見えてきているのだ。
俺は何とも言えない残念な目を玲奈に向けるが、玲奈は首をかしげるだけだった。
「…なんですか、その哀れな子を見る様な目は?」
「いや、何でもない。それよりも明日から聖女配信を再開する。それと、政府からの連絡が返ってきた」
「なんて返ってきたんです?」
「条件を飲んだ上で、国会での質疑応答をしてほしい、とのことだ」
「日時は?」
「6月2日の午後3時から2時間の予定だ」
「なるほど、今日が24日だから9日後ですか」
「ああ、そうなる」
「ところでなんですけど、正吾さんは国会中どうするおつもりですか?」
「それなんだがな、俺は姿を隠して後ろに居ようと思う」
「私の守護霊になってくれると言う事ですね?」
「…俺はまだ死んではいないが、その通りだ」
「では、私の騎士様として、しっかり守ってくださいね」
「ああ、……分かった」
一瞬『お前に襲撃者を任せる方が危ないから俺がする』と言いかけたが、俺の理性がそれを止めた。ナイス俺の理性。
それはともあれとして、俺たちは国会に招待されることになった。
~~~
翌日。
国会の日まではまだ8日あるが、それまではいつも通り配信を続け、聖女としての認識を世間に広めるための生活は変わらない。
今回も東京都内のどこかのホテルをランダムに選び、機材を運び込んだ。
何度も繰り返してきた作業なので、慣れた手つきで配信の準備を整えた後、玲奈に衣装の最終確認をする。
「玲奈、もう配信を始められるけど、衣装は大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
玲奈も完全に『聖女モード』に切り替わっており、優雅にベッドに座っている。
俺はカメラのピントを玲奈に合わせて、配信をスタートさせた。
事前に予告していた時間通りに配信を始めたことで、開始早々同時接続者数は1万人を超えていた。
広告収入を期待していない俺たちは一切広告を挟んでいない。そもそも広告収入を考えたこともあったが、収益から身元を割り出されるリスクがあるため、諦めたのだ。
もし収入を得られていたら、月500万円以上にはなっていただろうか……。
正直、もったいない。
しかしながら、身元がバレたら元も子もないので仕方がない。結果的に『聖女はお金に頓着しない』というイメージが付いたのは、むしろプラスだったと言えるだろう。
「皆さんこんにちは。あるいは、こんばんは。セイントです。今日は軽い雑談と重大発表をお届けしたいと思います」
玲奈は誰にでも聞き取りやすい静かな声で話し始める。その声は落ち着いているのに、なぜか聞く者を引きつける不思議な魅力を持っている。
本当に思うが、玲奈はこういった『猫をかぶる』ことに関しては一級品だ。
育ちが良いせいか、お上品な仮面をかぶると、この世のものとは思えないほどの偶像を作り出す。
「今日はSNSで募集した質問に答えていこうと思います。今回、計10万件の投稿をいただきました。その中から3つを選んでお答えしますね」
この『10万件』というのは本当の話だ。もしもこの世界にAIという便利なツールがなければ、到底10万件もの投稿を裁くことなんて不可能だっただろう。
「今回はあまりに人数が多かったので、疑問に関する投稿が多かったものを3つ選びました。
まず3つの中で一番少なかった『ゴブリンって強いんですか?』と言う質問から話します。……ゴブリンですが、正直な事を言えば戦う意志のある者であれば倒すこと自体は容易です。
ただしいくつかの注意点があります。まず大前提としてゴブリンを殺すことが出来ること。これは当たり前かと思われますが、皆さんが思い浮かべるゲームの様な物ではなく、実際に命を賭けて戦い、勝利する必要があります。
また、実際の生物同様にゴブリンは生きています。ゲームのポリゴンの様な物では決してありません」
これは忘れがちになる人も多い話だろう。
なぜなら、日本ではゴブリンや魔物、モンスターといった存在が、フィクションの中であまりにも身近なものとして描かれてきたからだ。
誰もが当然の知識として、架空の存在であるこれらを知っている。しかし、その影響で、彼らの本当の危険性を軽視してしまうことがある。
これは日本特有のカルチャーが生み出した現象とも言えるが、それを蔑ろにして払う代償は命なのだ。
「そして、もしそれが可能であれば、ゴブリンは大した脅威にはなりません。ただし、注意点があります。
2階層以降ではゴブリンが複数で現れるようになりますので、そこはしっかり留意してください。…これらを踏まえて総じて言うならば、戦う意志さえあればゴブリンは脅威にはなりません。
……ご理解いただけたでしょうか?」
玲奈はコメント専用のスマホを手に取り、視聴者の反応を確認する。
「……コメントを見る限り、大半の肩にはご理解いただけたようですね。では次の質問に移ります。
『職業について教えてください』という質問です。
この質問に関しては、正直なところ私も知っていることの方が少ないです。たとえば、私の現在の職業〈聖女〉についてお話しすると、これはヒール、バフ、アタックのすべてをこなせる万能職です。一方で、私の前職である〈聖人〉は回復に特化した職業でした。
このように、私自身が経験した職業については分かりますが、他の職業に関してはほとんど情報を持っていません。ですので、私からお伝えできることはこれくらいですね」
玲奈は残念そうに話している。
それが演技だと分かっていても、何故か近くで支えてあげたくなる『魅力』を放っていた。
「では最後の質問に移りたいと思います。最後の質問は『ダンジョンはどういうものですか?』というものです。
……ですが、残念ながらこの質問にはお答えできません。ただし、一つだけ言えることがあります。それは、ダンジョンは皆さまが想像しているようなものではない、ということです。それだけは確かです」
玲奈は静かに言葉を区切ると、コメント欄をちらりと確認する。そして、次の瞬間、彼女は少し表情を引き締め、一呼吸置いてから話し始めた。
「……もうこんな時間ですね。最後に一つだけ、皆さまに重要なご報告があります。それをお伝えしてから、この配信を終えたいと思います」
玲奈は改めて姿勢を正し、穏やかだが視聴者の意識を引き寄せるような声で語りかける。
こういった技術がどこで身についたのかは分からないが、玲奈が放つこのカリスマ性は、生半可な訓練で身につけられるものではないだろう。
やはり、こういう場面を目の当たりにすると、天性の才能というものを実感せざるを得ない。
「…今回、私は国会に呼ばれることになりました。日程は今日から8日後、6月2日の午後3時から約2時間を予定しています。そして、この『ダンジョン特別措置法』に関する質疑応答の模様は、現在ご覧いただいているこのSNSアカウントで同時配信を行う予定です。ぜひともご視聴いただければと思います。…それでは、これで本日の配信を終了したいと思います」
配信が終了すると、画面にはコメントの嵐が溢れていた。
その内容はさまざまだったが、これから迎える波乱の時代を予感させるに十分なものだった。