第二十一話 国会
6月2日。この日、日本中、そして世界中のテレビやSNSは一つの話題で占められていた。
テレビの全チャンネルでは国会の映像が流れ、世界最大の動画プラットフォームには、テレビとは異なる画角の映像が配信されていた。
そのライブ配信には、これまでに類を見ないほどの同時接続者が集まっている。
主役であり、配信チャンネルの主でもある聖女セイントは、未だに姿を見せず、画面には空席が映し出されているだけだった。
世界中の人々が注目する中、予定の午後3時になると注目度はさらに高まり、その瞬間、一人の純白の女性が奥の扉から現れた。
国会という格式高い場であるにもかかわらず、白いローブをまとった彼女の姿は礼儀知らずにも見えたが、誰一人として咎める者はいなかった。
聖女セイントは用意された席に静かに座ると、質疑応答が始まるまで微動だにせずその場を待った。
「それでは、『ダンジョン特別措置法』に関する質疑応答を開始します」
一人の男性の合図で、世界が注目する国会会議が幕を開けた。
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「えー、ごほん。それでは質疑応答を開始します。まずはダンジョン担当大臣からの質問です。岩田太郎くん」
「はい」
そう言って立ち上がったのは、60代後半と思われる男性だった。
白髪が目立ち、髪も薄くなり始めている。中肉中背でどこか印象の薄い人物だった。
「えー、セイントさんにお伺いします。ダンジョン内で、何か危険物を発見されたことはありますか?」
曖昧な質問に、玲奈は一瞬眉をひそめたが、落ち着きを保ち席から立ち上がると、はっきりと一言だけ返した。
「定義をもう少し詳しくお願いいたします」
「ごほん、…失礼。例えば、危険なアイテムや物質などを発見しましたか?」
何かを断定させない話し方に、イラっとした物も居ただろう。しかし、玲奈はただただ落ち着いて返す。
「危険かどうかは、私が判断するところではありません。善悪や危険物の定義は法律で定められるものです。それ以上でも以下でもありません」
「……分かりました。では、スキルというものは危険だと思いますか?」
「……再度申し上げますが、定義を明確にしてください。銃も使い方次第では良い目的にも悪い目的にも使用されます。スキルも同様で、要は使い方次第です」
その揺るがない返答に、質問者であるダンジョン大臣は話を変えた。
「なるほど。では、少し話題を変えましょう。ダンジョンから得られたアイテムについてですが、何か教えていただけますか?」
「お答えできません。その質問は今回の質疑応答の範囲外です」
玲奈はダンジョン大臣ではなく、議長に向かって毅然とした態度でそう告げた。
「岩田太郎くん、質問を変更してください」
「…はい。では、セイントさん、ダンジョンは現在何階層まで到達されていますか?」
「私は現在、4階層に到達しています」
「4階層ではどのようなモンスターやアイテムを発見しましたか?」
玲奈は一瞬俺の方に目を向けた。わずかな動きで誰も気づいていないが、俺には分かった。
彼女はこの質問に答えるべきか迷っている。俺は透明化したまま玲奈の肩を3回叩いてOKの合図を送った。
「……ダンジョンの4階層では、3階層のボスモンスターであるホブゴブリンが出現します。ただし、ホブゴブリンの数が増え、レベルも倍以上に上がります。
アイテムについては『ポーション』を確認しています。詳しくは私の最初の配信をご覧いただければと思います」
「ありがとうございます。では、4階層のホブゴブリンの強さについて教えてください」
「はい、4階層のホブゴブリンは3階層のホブゴブリンの約3倍の強さを持つと考えてください。さらに複数体同時に現れるため、4階層の難易度は非常に高いものと見ています」
「ありがとうございます。では、『ポーション』についてもう少し詳しく教えていただけますか?」
来た。この質問が彼の本題だろう。初回配信のポーションのシーンは、世界中で爆発的に拡散され、多くの注目を集めた。
あれ以来、各所から玲奈へのラブコールが殺到しているが、正直言ってそれが少々うっとうしい。
だが、ポーションは間違いなく世界を揺るがすアイテムだ。この質問が出るのは当然だった。
「ポーションは、ダンジョンの4階層のモンスターから極低確率でドロップします。このポーションの効果は、傷口に塗ることで癒し、飲むことで軽度の病気を治療するというものです」
「……それでは、貴方は現在ポーションをいくつ所有されていますか?」
「お答えできません」
「…もしも、ポーションをお持ちであれば、それを譲っていただけますか?」
「お答えできません。委員長、質問を変更するようお願いします」
玲奈の言葉に、委員長はダンジョン大臣へ質問の変更を促した。
「岩田太郎くん、質問を変更してください」
「分かりました…。では……」
それからも、内情を探るような質問が次々と飛んできたが、玲奈はすべて『お答えできません』と突っぱねた。
この大臣の狙いは、玲奈を情報から極力情報を引き出すのと同時に、セイントの弱みを探るのが目的だろう。
しかしながら、玲奈はその程度では、一切揺るがない。
彼女の冷静さと確固たる態度は、まるでその場を支配しているかのようだった。
結局、ダンジョン大臣との質疑応答は終始平行線を辿り、政治的には何の進展もなく終了した。
~~~
与党の質疑応答が終わり、次は野党の番となった。
玲奈は大臣とのやり取りを終えても、一切疲れた様子を見せることなく、静かに座り続けている。
俺にはその姿が完璧すぎて少し怖く思えるほどだったが、ネットのコメント欄では『さすが聖女様』と賞賛の嵐が巻き起こっていた。
しばらくして、次の質問者が立ち上がる。前に出てきたのは50代を超えた女性議員。どこか偏った主張を抱えていそうな雰囲気があり、一目で分かるほどの左派的な印象を漂わせている。
……というか、どこかで見た事あると思ったら、彼女は共産党の議員だ。
「セイントさん。単刀直入にお伺いします。あなたはダンジョンを危険だと思いますか?」
彼女の鋭い声がマイクを通じて会場に響く。
玲奈からしてみれば、この質問の意図は手に取るように分かるのだろう。
というより、急ぎすぎているのか、あるいは玲奈を軽んじているのか、この議員の意図はあまりに露骨だった。
要するに、この議員は玲奈に『ダンジョンは危険だ』と言わせたいのだ。
だが、玲奈の答えは初めから決まっている。
「はい、私の主観でよろしければ、お答えしましょう。ダンジョンは危険ではありません」
玲奈は静かに立ち上がり、冷静にそう答えた。
「危険ではない?それは世界中で100万人もの犠牲者を出しておいて、ダンジョンは危険ではないと?」
苛立ちを隠さず言い返す議員。その表情には怒りが浮かんでいた。
だが、それを受けた玲奈は、冷たい微笑を浮かべただけだった。
彼女の口元はほんの少しだけ上がり、それがどこか相手を嘲笑するようにすら見える。
そんな玲奈の態度に議員は動揺したが、玲奈はまったく怯むことなく、次の言葉を紡いだ。
「ええ、もう一度言いましょう。私から言わせてもらえばダンジョンは危険ではありません。
確かに、今回のスタンピードなどで亡くなった方には、お悔やみ申し上げます。しかしながら、世界には『死』と言う物が溢れています。
例えばですが、1年間で自殺する人数は80万人と言われています。さらに、それを超えて、糖尿病で亡くなる方は年間670万人と言われている。
そんな中で暴力事件での死者数は年間50万人ほど。さらにそこに武力紛争、テロ合わせて9万人。そしてウクライナ戦争、ガザ地区紛争、この二つの累計死者数は17万人ほどです。
言ってしまえば、暴力による全ての死者数よりも自殺者数の方が多いのが世界の現状です。確かに、世界中でスタンピードが起きた事により、発展途上国を中心に死者数が増えたのは事実です。しかしながら、ダンジョンよりも自殺や砂糖の方が奪っている命は多いと言えます」
玲奈の冷静な口調に議員は動揺を隠せない様子だった。だが、一つ咳払いをして何とか体勢を立て直す。
「ごほん。…ええ、確かに生活習慣病で亡くなる方の方が多い事は確かです。…ですが!それでもダンジョンは暴力で亡くなる方以上の犠牲者を出したことも事実です!あなたはこれを危険ではないと?!」
議員の言葉は再び声を荒げたものだったが、玲奈はまったく動じなかった。
彼女は静かに首を振り、落ち着いた声で答えた。
「はい、それでも私はダンジョンを危険ではないと言います。もっと正確に言えば、『リスクとリターンが圧倒的にリターンの方に傾いている』というべきでしょう。
確かに、ダンジョンには危険が伴います。ですが、それ以上に得られるものが大きいのです」
「…今あなたはダンジョンが危険と認めましたね?」
「はい、確かに危険な部分は存在します。ですが、この世界に『まったく危険のないもの』など存在するでしょうか?例えば、毎日口にする食事ですら、食中毒や生活習慣病というリスクを伴います。それでも人は食事をやめません。やめられない。
同様に、車に乗った時、事故に遭い死ぬかもしれません。ですが、私たちは車に乗らないという選択肢を選ばないのです。
そして、私たちには食事や車に乗る事をリスクだと考えている人は極々少数でしょう。
それは何故か?答えは簡単です。『リスクよりも圧倒的にリターンの方が大きい』からです。単純明快で分かりやすい答えでしょう?
これとダンジョンは同じだと私は考えています。得られるリターンは多少の死傷者を許容できるほどに大きいのです」
玲奈の論理的な説明に議員は言葉を失った。
あまりにも合理的で冷酷無比。どこまでも現実を見つめ、自身に出来る最善手を探すそれは、一種の恐怖ですらあった。
怒りからか、恐怖からかは分からないが、手が震える。それを意地で押さえつけると、女子議員は低い声で問いかけた。
「…つまり、あなたは犠牲者が出ることを許容する、と?」
「はい、その通りです」
玲奈の即答に、議員は激しく顔を歪めた。
何か言い返そうとしたが、玲奈は議員の言葉を遮るように話を続ける。
「この世界は残酷だ。誰かを虐げなければ、私たちの生活は保てない。先進国は後進国を搾取し、政治家は国民を利用して成り上がる。
この平和と言える社会の元にも弱肉強食と言う社会がある。
そして私は人類が歩んできた歴史から言いましょう。ダンジョンは多少の死者の上に圧倒的な富をもたらすと!。
石油が自然を犠牲にして人類を飛躍的に発展させたように!……IT企業が少し世界を便利にするたびに、何万人と言う雇用を潰している様に!
そして、現代では、AIが20億人の雇用を破壊すると言われている!こうした構造が世界には存在するのです!」
玲奈の強い言葉に、議員は完全に気圧されていた。彼女は小さく震えながらも反論を試みる。
「貴方は、……お金にしか興味がないのですか?」
掠れた声でそう問いかけた議員に対し、玲奈は冷ややかな目を向けた。
「いいえ。私にお金への興味はありません。それは、むしろ貴方たちの方がお金に興味があるのでは?」
「っ! あなた…!」
机を叩いて怒りを露わにする議員。しかし、玲奈はまるで氷のように冷静な声で言葉を続けた。
「私が求めているのは、1人でも多くの救済です」
「……ですが、先ほどは犠牲を許容するとおっしゃいましたよね?」
「はい。その通りです。それがどうしましたか?」
女性議員は、セイントの矛盾を突いたと、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
しかし、玲奈は笑う事しかできない。
この議員は、まさに自分が言ってほしい事を言ってくれる。
「いいえ、矛盾などしていません。ダンジョンによる圧倒的な経済回復と、誰もがダンジョンで得られる稼ぎを手にすることで救われる命は増えるのです。お金で人は死ぬ。それが現実なのです。そして私は、それを少しでも減らすために動くだけです」
「……」
玲奈の言葉に議員は何も言えなくなった。
場は完全に支配されていた。カメラも全てが玲奈に向けられ、議員たちも黙り込んでいる。会場には、玲奈の声だけが響いていた。
「私の願いはただ一つ!できる限り多くの救済を実現することです!そして、ここで宣言します。私はこの場をもって『ダンジョン教会』の設立を宣言いたします!」
その瞬間、止まっていたカメラのフラッシュが一斉にたかれた。それは事態の生み出したスターでもありモンスターでもある玲奈を……いや、『聖女』を照らしだしていた。
これにて第一章は終了です。
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