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第百三話 国家方針




 国連会議から翌日の1月4日。

 アルカディア革命戦争から僅か3日だというのに、もう1カ月は経ったように思えるのは、気のせいでは無いのだろう。


 それだけ濃密な3日間だったが、残念なことに俺にまだ休日は無い。

 なぜならば、外交に関して一段落したのだが、本番の内政がまだまだ残っている。


 しかしながら、未だ玲奈と涼太は休日中だ。

 だからと言って俺が2人を責める事は無い。細々とした内政に関しては2人の役割が無いからだ。


「……それでは、15時になりましたので、アルカディア政府会議を始めさせていただきます」


 そして今、俺はむさ苦しいおっさんに囲まれた会議室の前に立ち、会議の開始の音頭をとった。


「皆様初めまして。知っている人は知っていると思いますが、まずは自己紹介からいたします。私の名前はスイキョウともうします。立場と致しましては、セイント様の秘書やお付きといった様々なことをしています。以後お見知りおきを……」


 広い会議室内を見渡し、全員がしっかりと意識を自身に向けていることを確認する。

 やはり政治家とは違い、自分の実力で成り上がった各省庁の高官たちは、誰一人として寝ているものはいない。


 ……まあ、会議中に寝る方がおかしいんだけどね。


「さて、自己紹介も一通り終わりましたので、早速本題に……と言う前に、ここで最初の質疑応答をしたいと思います。疑問点があれば遠慮なく質問してください」


 その言葉に、1人の老年の男が手をあげた。


「そちらの男性、所属を名乗ったのちにどうぞ」

「はい、私は文部科学省の鈴木と申します。……私の質問は、私たちが選ばれた基準を教えていただきたいのです」

「基準……ですか。今回お呼びした人は、各省庁の官僚のトップと部長、主任を一人ずつ。計3名をお呼びしました」


 なぜ、立場の違う3名を各省庁から呼んだのかと言うと、視点的多様性を確保するためだ。


「皆さまもお分かりだとは思いますが、トップにはトップの理由があり、管理職には管理職の問題があり、一般社員には一般社員の苦労があります。これらは違うベクトルを向いているが為に、一方に合わせれば、もう一方が絶望的な状況に陥るという事態は度々起こります。それを是正、または抑止するために立場の違う3名をランダムに招集しました」


 俺の説明に、文部科学省の鈴木さんは納得したように頷いた。

 周りの官僚たちに目を向けても、ほぼ全員が納得の表情をしている。


「……他に質問のある人はいらっしゃいますか?……居ないようですね。では、さっそく会議を進めさせていただきます。まずは、お配りした資料の2ページをご覧ください」


 俺は、事前に配っていた資料を見るように促す。

 高官たちはその指示に従い、ページを1枚めくる。その瞬間、官僚たちは驚きの表情で固まった。


「な……なんだこれは?!」


 誰の声か分からない声が、会議室内に響き渡る。

 しかし、誰しもがその事を咎める事はしなかった。


 なぜならば、書かれていた事は彼らにとってコペルニクス並みの衝撃だったからだ。


「……さて、では解説させていただきますね。これまでの日本の省庁には非常に無駄が多かったです。そこで、私は各省庁を合併することに決めました。その一覧表が2ページに記載されています」


 その資料の内容は以下の通りだ。


ーーー


法務省(法務省)

国防省(防衛省+外務省+農林水産省『食料安全保障』)


統合行政省(内閣府+総務省+デジタル庁)

経済省(財務省+経済産業省+公正取引委員会+消費者庁+金融庁)

治安省(国家公安委員会『警察庁』) 


運輸交通省(農林水産省『物流』+経済産業省+国土交通省)

自然保護省(環境省+農林水産省『自然保護』)

文部科学省

厚生労働省

復興省

ギルド省(新設) 


ーーー


 簡素的に書かれているが、元々あった19個の省庁が、半分ほどまでに削られている。

 彼らからしてみれば、この場に居る2人に1人がクビになると言われたようなものだ。


「では、この解説をさせていただきます……ね」


 俺が話を前に進めようとするが、この場に居る高官たちの様子から、それが無理そうなことを察する。

 なぜならば、ほぼすべての高官がこちらを強い目線で見ており、中には資料を握り潰している者さえいたからだ。


「……解説をする前に、一旦質疑応答を挟んだ方が良さ……」


 俺がそこまで言ったところで、この場で一番年老いた男が机を激しく叩きながら怒声を上げた。


「ふざけるなぁー!こんなものがまかり通ると本気で思っているのか?!」


 どこからそんな声が出てくるか謎なほどに老いた顔。でっぷりと太った腹。

 しかし、その憎悪にも似た瞳は、まったくと言っていいほど老いを感じさせない。


「……えっと、所属と名前を名乗っていただけますか?」


 俺がそう問うが、老人は俺の言葉が耳に入っていないようで、さらに声を荒げた。


「財務省を合併だと?!馬鹿げぇておる!誰が予算を管理する?!誰が歳入をぉ計算する?!貴様らのようなぁ若造が、百年以上積み上げた仕組みを壊していいと思っているのか!」


 唾が机に飛び、資料の端を濡らす。

 その勢いはすさまじいが、活舌の悪さと早口が相まって、半分ほどは聞き取れない。


 ……ただ、この老人の立場は理解できた。


「なるほど……貴方が財務省なのが良く分かる発言ありがとうございます。ですが、ここは秩序ある会議な故、発言には注意してください」

「黙れ!国を乗っ取った国賊が!」


 国賊……国賊か。確かに間違ってはいない。

 しかし、歴史を見返せば、今の国の殆どは国賊によって成り立ってきている。


 この世界は勝者が歴史を作りあげ、敗者はただただ歴史の裏へと消えていく。それがこの世界の常理なのだ。


「私にどのような感情を抱こうとも一向に構いません。ですが、この場で私が一番偉いことは老いた脳みそでも理解ができるでしょう」

「ッ!何を!」


 何か言おうと怒声を上げかけた老人の口を〈神通力〉で無理やり閉じさせる。

 俺の貴重な時間をこんなジジイの戯言で消費されるなんて、たまったモノじゃない。


「少し黙ってくださいませんか?もしも貴方がアルカディアを気に入らないのであれば、そこの扉から出ていってくれて構いません。会議に残られる場合は、マナーを守って静かに座っていて下さい」

「……!!…ッ!!」


 神通力によって口がふさがれている老人が何か言っているようだが、俺は無視して話を進めた。


「さて、この資料の補足説明を一つさせてください。確かにこの2ページには、11個の省庁しか書かれていません。ですが、これは合併であり、決してあなた方が解雇される訳ではありません」


 そもそもアルカディア構想に目を通した物ならば『JGP』の存在から、公務員を解雇することは無いと分かるだろう。


「その上で、なぜ11個まで省庁を融合させたのかと言う説明をいたします。まず、従来の省庁は個人プレーの状態とかしていました。縦の繋がりは強くとも、横の……つまり他省庁との繋がりが弱かったのは、あなた方が一番理解しているでしょう」


 俺の言葉に、この場に居る何人かは首を大きく振って頷いていた。


「こういった問題を避ける為に、より密接に連携しなければならない省庁を合併させたのです。……ここまではお分かりいただけましたか?」


 周囲を見渡し、全員がしっかりと理解していることを確認する。

 流石は霞ヶ関の人間と言うべきだろう。これだけの人数の中、理解していない者はいない。


「それでは、まずは『統合行政省』について説明したいと思います。統合行政省とは、『総務省』・『内閣府』・『デジタル庁』の3つを一つに纏めた省庁です。これらは他の省庁と連携し、俯瞰的に政策を実施していく省庁になります。そのため専門的なモノを扱う省庁では無く、調整を主とする省庁です」


 別に省庁に上下関係は無いが、この省庁が各省庁を束ねて政策を実施していく。


「次に『経済省』ですが、これは金融に関しての様々な省庁を融合した物になります。そのため必然的に権力が強くなってしまうので、経済省を『経済政策局』『税務執行局』『経済監督局』の三つに分けました。各省庁に対する予算配分と補助金は、この三つの局の協議のもと決定されます。また、その予算案も議事録と共に法務省に提出し、審査を受けます。これは、旧財務省のように強力な権力を抑止し、透明性のある予算分けを行うためです」


 旧財務省の権力はすさまじいほどだった。

 それこそ、官僚が政治に介入する事など本来出来ないハズなのに、その壁を越え、さらには野党第一党すら飲み込む権力は陰の支配者と呼ぶにふさわしい。


 しかし、だからと言って財務省そのものを無くせというのは暴論だ。

 彼らがあまりに権力を握っているのが問題なのであって、財務省自体の本来の役割は極めて重要な役割と言える。


 故に経済省には財務省以上の強い権力を与えたが、極めて強い三権分立と透明性を持たせる事で、効率的でありながら健全的な組織に組み上げた。


「そして、『治安省』なのですが、これは警察庁をより強化した省庁です。これまでのような警察では、冒険者に対する制圧が極めて困難である事から、彼らもダンジョンでレベルを上げた部隊を中心とした治安活動を行います」


 何度も言うが、この世界はもうすでに旧来の世界とは全くの別物だ。

 故に、それに対応した強力な治安機関が新たに必要となる。


「……さて、最後の『ギルド省』は、準国家たるギルドを監視・統括する省庁です。行う業務は様々ありますが、ここで語ると長くなってしまいます。気になる方は11ページをご参照ください」


 ここまでが会議の前座だ。

 もうなんだかんだ10分ぐらい経ってしまったが、まだ会議の序章に過ぎない。


「では、これから質疑応答を行います。質問・提案のどちらでも構いませんので、意見がある方は手を上げた後、所属と名前を名乗ってから述べてください」


 俺がそう促した瞬間に、2人の手が真っすぐと伸びた。


「……では、一番右の……そう、君です」


 指名された男は、すっと立ち上がり、背筋を伸ばす。

 まだ三十代半ばほどだろうか、短く刈り上げた黒髪と、眼鏡の奥の鋭い視線が印象的だった。


「私は、国土交通省の管理局長の早瀬と申します」


 名乗ると同時に、彼は資料を片手に話し始めた。


「資料の4ページに記載されているインフラの件について質問させていただきます。アルカディアでは、電力・水道・通信・交通、そして国家エネルギーまで、すべてを国が直轄で管理するとのことですが……これはつまり、既存の民間インフラ事業者を完全に国営化するという理解でよろしいのでしょうか?」


 彼は質問しながらも資料の4ページを見せつけるように持ち、全インフラの国営化に関しての問題点を指摘する。


「加えて、国営化した場合、その維持費と更新費は莫大なものになります。予算はどこから捻出するおつもりか、お聞かせ願いたい」


 流石は国土交通省の人間で、この『莫大な予算』が本当に何十兆円もの維持費であることが分かっているのだろう。


「ええ、早瀬さんの質問は非常に核心を突いたものです」


 だが、そもそも基本となる考え方が違う。


「しかし、その前に。私たちアルカディアと、旧日本的な考え方には大きく2つの乖離があります。一つ目が『そもそも国と言うのは国民のために存在していて、お金稼ぎを目的としていない』と言う点です。二つ目に『インフラは国民のライフラインに直結しており、市場競争させてはいけない業種』と言う点です」


 資本主義では競争原理により『神の見えざる手』によって市場は最適化されると、アダムスミスは言った。

 しかしながら、この世界には市場競争に晒してはならない業種が存在する。


 一つ目が、国民生活に直接かかわる業種。

 二つ目が、参入障壁が高すぎる業種。


 この二つだ。


「インフラ関連は参入障壁が非常に高く、競争が起きにくい業種です。そのうえで、価格カルテルが非常に起きやすい業種でもあります。もしも価格カルテルが起こった場合、その影響が及ぶのは直接国民生活であるが為に、インフラに関して民間に委託するのは危険と言わざる得ません」


 特に最悪だったインフラ関連の業種は、『高速道路』と『エネルギー』だ。


 日本国内において、物流の9割がトラックによる運輸だ。そこに高速料金が発生すると、それはすなわち運輸コストに直結する。


 もともとは国の金で作った高速道路だというのに、未だに民間が絞り続けている時点で、自民党政治の利権による腐敗が目に浮かぶ。


 そして、エネルギーに関しては、過去に価格カルテルが数回起こっている。

 そのたびに財布を泣かせているのは国民と企業なのだ。


 こういった問題から、インフラ関連の民営化は極めて資本主義的であり、国家を破壊すると言わざる得ない。


「そう言った理由からインフラ関連の事業はすべて国営にします。その上で予算は国債から支出します。早瀬さん、他に質問は在りますか?」

「……いえ、ありがとうございました」


 彼は眉をひそめながらも納得はしたのか、静かに席に座り直した。


「では、次の質疑応答に移ります。質問がある方は挙手を……」


 まだ喋っている途中だというのに、真っ先に手を上げた男が居た。

 年齢的には50歳ほどだ。だが、白髪は一切なく、黒髪短髪をきっちりセットアップした男は、途轍もない存在感を放っている。


「えっと……その50代の……ええ、貴方です」


 この俺が、少し押されてしまう程の眼光を放つ男。

 その男は、ゆっくりと立ち上がると綺麗な直立不動の体制を取った。

 

「私は、統合幕僚長の遠藤正樹と申します」


 男が名乗った瞬間、俺は彼の威圧的な態度に納得がいった。

 それもそのはずで、数日前まで戦争をしていた相手なのだから。


「2カ月前の日本円経済崩壊以降、治安は壊滅的に悪化しました。最近はD.payと新たな物流網が整いつつあるとはいえ、未だ一部地域では犯罪者グループが存在しています。特に、冒険者を中心とした暴徒や犯罪者は警察では対応できていません。この状況の解決策についてお聞きしたい」


 この質問に、俺は少しだけ言葉を詰まらせてしまった。


 答えはあるのだ。しかし、この解決策は非人道的でもある。

 それが国民を守る為に自衛隊に志願した人間に納得されるかと言えば…………俺には分からない。


 だが、それでもこの人物には真っすぐ伝えた方が良いと、理性では無く本能が察した。


「……まず前提として、犯罪者グループと言っても二つに分けられます。

 一つ目が、構成員に冒険者が居ないグループ。二つ目が、構成員の中に1人以上冒険者が居るグループです。

 前者のグループに関しては、今の警察でも十分に対処可能でしょう。ですが、後者のグループに関しては警察どころか自衛隊でも対処することは困難です。

 さらに言えば、ダンジョン犯罪に対応する特殊部隊のDSTダンジョンスペシャルチームでも、レベル100を超える冒険者への対応は難しいでしょう」


 とは言ったものの、DSTだって数が多いわけでは無い。それに、DSTは治安活動を主として作られた部隊であり、必然的に冒険者よりもダンジョンに潜れる時間が少ない。


 結果として、DSTは一般冒険者程度ならば制圧できるが、冒険者を本気でやっている人たちには到底敵わない。


「そこで、私たちは決断をしました。一定の犠牲の元、治安を維持することに……」


 俺はそこで言葉を区切り、懐から小さなケースを取り出す。

 それをゆっくりと開け、中から2つの銀色に輝くモノを机の上に置いた。


「……後で説明するつもりだったものですが……まあいいでしょう。これはアルカディアで開発した特殊な弾です。弾頭部分が特殊な金属で出来ており、冒険者とモンスターに対して極めて効果的な弾丸となっています」


 薬莢と火薬は、普通の弾丸と変わりない。しかし弾頭部分にミスリル金属が使用されており、冒険者とモンスターに対して有効なのだ。


 だが、有効ではあるものの、モンスターで言えば3階層のホブゴブリンには有効だが、4階層のホブゴブリンには効き目が悪く、5階層のジェネラルゴブリンには豆鉄砲程度の威力しかない。


「この弾丸は、S&W M360(サクラ)の.38スペシャル。20式小銃、89式小銃の5.56ミリの2種類があります」


 ここまで言った瞬間、遠藤幕僚長は何かに気が付いたかのように目を開く。

 だが、次の瞬間には殺意を感じる程の瞳で、俺の事を睨んできた。


「……スイキョウ……貴様まさか……」


 敬語すら忘れる程の怒り。

 その怒りを真正面から受けた俺は、至って冷静でありながら冷酷な事を口にした。


「ええ、遠藤幕僚長の考えの通りです。ですが、一部に配慮して全体が沈んでは元も子もありません」


 何故遠藤幕僚長がここまでの形相をするのか?それはS&W M360(サクラ)の.38スペシャル弾にある。

 サクラと言う銃は、主に警察が使用する拳銃だ。つまり、.38スペシャルは警察が使う弾となる。


 では、警察が銃を使う相手と言えば誰であろう?モンスター?確かにモンスターもありうる。

 だが、彼らはあくまで『国民に対する治安機関』だ。つまり必然的に向ける相手は国民となる。


「私は、日本国民を救いたいと本気で思っています。しかし、私は国民に関して一人一人個別化はしていません。故に、私の立場としては最大幸福の最大化を考えています。これが私の仕事なのです」


 非情だが、国のトップは数字でしか物事を見れない。

 それが例え神だとしても1億2000万人の個々に対応する事など不可能だろう。


 故に、どんなに嫌な事でもリーダーは決断しなければならない。それがリーダーの役目だ。


「遠藤幕僚長、他に質問は在りますか?」

「…………いや、無い」


 遠藤幕僚長は苦虫を噛み潰しながら席に着く。

 彼もまた自衛隊のリーダーとしてその必要性は分かっているのだろう。だからこそ、これ以上何か言う事は無かった。


「さて、では次の質疑応答に移らせていただきます……」


 俺は会議室内を見渡すが、誰一人として手を上げていなかった。


「……質問したい人は居ませんか?……では質疑応答に関してはここで終らせていただきます。10分休憩を挟んだ後、これからの方針についてお話します………」




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