第百二話 新世界への国連会議2
『続いて、第二議題に移らせていただきます。第一議案に続いて、アルカディアが所有する宇宙兵器についてです。先ほどの議論を踏まえた上で、発言があるものは挙手をした上でご発言ください』
その事務総長の言葉に真っ先に手を挙げたのは、スイキョウだった。
『では、スイキョウさん。ご発言をどうぞ』
「はい、分かりました。……先程の話は途中で止められてしまったがために、一つだけ言えなかったことがあります。確かに我らは宇宙兵器『アマテラス』の譲渡、あるいは全ての情報開示については全面的に拒否させていただきます。しかしながらアマテラスの『使用権』は各国に与えようと考えています」
スイキョウの言葉に、誰しもが黙り込み静寂が生まれる。
それは翻訳されるまでの微かな時間であり、翻訳が進むにつれ驚きと困惑の沈黙でもあった。
そして、翻訳が完全に終わった後、私が最初に思ったのは……。
「……『使用権』だと?」
これだった。
使用権。その言葉の意味は分かる。
だがしかし、なぜ使用権なのか?と言う疑問が、私の脳を埋め尽くした。
「……ええ、レイモンド大統領。譲渡では無く、あくまで使用権です」
そして、私が小さく漏らした声を拾ったのはスイキョウだった。
念を押すように『使用権』と言うスイキョウに、さらに私は混乱に陥る。
なぜならば、譲歩しているようであって、まったく譲歩していない内容だからだ。
宇宙兵器『アマテラス』は核兵器並みの兵器でありながら、地球全土が射程圏内。そのうえ、発射から1秒もかからない光速で飛来する。
そんな核以上に危険な兵器の譲渡では無く使用権?それは、我々国家を下に見ていなければ到底発言できない言葉だ。
しかも、使用権と言うぐらいだから、アルカディアの意向でどうとでも出来てしまう。
それは、各国が主導権を握れず、安全保障上に置いて、決して許容できないリスクとなる訳だ。
「……スイキョウよ。それは本気で言っているのか?」
スイキョウの態度と発言に、友好的な対応が求められる私ですら、声を低くして問いただしてしまう。
だが、そんな私の声に怯えるどころか、余裕と言わんばかりに猫を模した可愛いマグカップを傾けていた。
完全にバカにしている。誰しもがそう思い、私ですらこめかみに手を当てずにはいられない。
「……スイキョウくん。私が言う事では無いのだが、セイントさんを出してはくれんかね?君とは話にならないようだ」
だからこそ、私は目の前に居るスイキョウからでは無く、アルカディアのリーダーたるセイントに聞こうとする。
だけども、その言葉を聞いたスイキョウは一瞬だけ目を細めた。
「……話にならない、ですか」
スイキョウは一度小さく息を吐き、コーヒーの入ったマグカップをゆっくりとデスクに置いた。
「……では、レイモンド大統領。……いえ、この場に居る全首脳に一つ重大な情報を教えましょう」
その一言。その一言をもって、明かにスイキョウが変わった。いや、見た目は変わっていない。
しかし、そのどれとも違う別の『何か』に変わったのだ。
初めてオンラインで会話した時の秘書然とした雰囲気。
2度目の対面であった凛とした女性の印象。
そして、先ほどまでの人を皮肉気に揶揄う仕草。
すべてが別物で全くの別人が演じていたと言われた方が納得する。
多重人格者。そう評すのが正しいのだろう。
それほどまでに、スイキョウの存在感が変わった。
「……さて、レイモンド大統領。あなたに代表して質問しましょうか」
私は、そのスイキョウの得体の知れない存在感に気圧され、無意識の内に背筋を伸ばしていた。
その行動一つ一つを見透かされているかのようにも見えるスイキョウの瞳に、背中を伝う汗は止まらない。
「……なんだね?」
それでも、一国の大統領として心を落ち着かせた。
「では、レイモンド大統領、一つ目の質問です。我々アルカディアの前身団体の名前はなんですか?」
その突拍子もない質問に、私は一瞬思考が止まる。
しかし、すぐさま脳は動き出し、記憶から答えを引っ張り出した。
「……ダンジョン教会」
「ええ、正解です」
その答えに満足げに頷くスイキョウは、まるで子供を褒めるかのような声色だった。
しかし、それに不快感を示すよりも先に、私の脳は先程の質問の意味を求めて彷徨っている。
「では、次の質問です」
だが、その彷徨う思考もスイキョウの言葉によって現実世界へと強制的に引き戻された。
「ダンジョン教会の『ダンジョン』とはなんですか?」
またしても意図の掴めない質問に困惑するが、反射的に答えを返した。
「……モンスターが居る異空間……か?」
自分で言っておきながら、その答えの曖昧さが喉に引っかかる。
しかし、スイキョウはその答えに不満げどころか、まんべんの笑みで満足げな表情を浮かべていた。
その笑みは大きな三日月型を描いており、『悪魔』の笑みだと本能が警鐘を鳴らし、無意識のうちに聖書を探して机の下を弄ってしまう。
「ええ、そうです。レイモンド大統領の仰る通り、ダンジョンとはモンスターが出現する洞窟型異空間です」
まるで誘導尋問のような質問に、私は全くと言っていいほど意図が読めない。
しかし、この流れでいくと次は……。
「ではレイモンド大統領、最後の質問です。モンスターとはなんでしょうか?」
やはり予想していた通りの質問だった。
だからと言って、私がすぐにその質問に答えることはできない。
モンスター。それは、ダンジョンと共に出現した道の生命体だ。
だが、今現在ダンジョンで確認されたモンスターは『ゴブリン』と呼ばれる生命体しか確認できてはいない。
しかし、スイキョウは『ゴブリン』ではなく『モンスター』と言う言葉を使った。これには意味があるのだろうか?
「……」
いや、今そんなことを考えても仕方がない。
分からないことを考えたところで時間の無駄だ。
「……分からない」
だからこそ、私は分からない事は分からないと素直に答えた。
「分からない……とてもいい答えですね」
しかし、スイキョウはなおも満足げに笑う。
その笑みは先ほど以上に吊り上がっており、バンパイアのような犬歯がむき出しとなる。
「モンスターとは何か?ダンジョンとは何か?その正確な答えは我々アルカディアですら知りません」
スイキョウの言葉を聞いた瞬間、誰しもが内心の中でズッコケた事だろう。
だが、スイキョウの言葉はそこでは終わらなかった。
「ですが、知っている事もあります。我々はその『災害』を知っているからこそ、それに備えて準備をしてきたのです……」
あまりに意味深な言葉に、誰しもが黙り込んでスイキョウの言葉を待つ。
そして、次に紡がれた言葉は、予想していたモノをはるかに超えるモノだった。
「その災害を私たちアルカディアは『世界融合』と呼んでいます」
『世界』『融合』。言葉としては簡単と言える。しかし、世界が融合と言うあまりに非現実的な言葉に思考が停止してしまう。
だが、そんなP5の我々を無視して、スイキョウは話を進めた。
「世界融合。それは、2つの世界が衝突し1つに融合する現象」
翻訳を通さずともスイキョウが何を言っているのかが分かる。分かるのだが、その内容を脳が理解してくれない。
「その2つの世界の架け橋となるのが『ダンジョン』なのです」
そして、ここまで聞いた国家の首脳たる優秀な頭脳は、アルカディアがしてきた質問の意図を正確に理解する。
世界融合の懸け橋となるのがダンジョン。であるならば、モンスターとは……。
「そしてモンスターとは、もう一つの『アリーシア』世界に存在するとされる敵対的生物の事を言います」
そこでP5の彼らは脳裏に一つの光景を想像する。この世界に溢れかえったモンスターの光景を。
「だからこそ、我々はこの融合世界に対応するために様々な兵器を開発してきました。そして、宇宙兵器のアマテラスもその一つなのです」
「…………つまりスイキョウ君、君はこう言いたいのかね?」
衝撃的な言葉から真っ先に立ち上がり、P5の沈黙を破ったのは、英国首相のレベッカ・ケインだった。
「アマテラスは、単なる抑止力でも、政治的な道具でもない。未来に訪れるかもしれない『世界融合』とやらに対抗するための切り札……そういうことなのかね?」
「ええ、その通りです」
スイキョウは、ひとつも迷いのない声で答えた。
「ですが……私といたしましても、貴国の安全保障上観点から危惧されているのは重々承知しています。それを加味して我々アルカディアは2つの事柄について譲歩したいと考えています」
「譲歩……だと?」
私は、思わず問い返していた。
「はい。これから話す事は、アルカディアにとって最大限の譲歩である事を留意したうえでお聞きください」
……つまり、これ以上の譲歩は無い。そう言っているのか……。
「先ほども申し上げた通り、我々は2つの事柄について譲歩をしたいと考えています。その一つ目が、先ほど話した『使用権』についてです」
……そう言えば、そんな話をしていたな。世界融合と言うあまりに衝撃的な話で、内容が頭から抜け落ちていた。
「この使用権なのですが、これは各国がアマテラスの使用を一定条件下でのみ行う事が出来るというモノです」
スイキョウは説明しながらも、背後にあるスクリーンを起動させた。
そこには、様々な数字が映し出されている。
「そして、一定条件下の制限に関してですが、アマテラスを使用する際、基本的には自国内にしか照射できません。これはアマテラスを『貸し出す』と言う形式上、我々が主たる首班になりかねない為です」
スイキョウの言っている事は妥当だ。
これが対モンスター用であるのであれば、自国内にしか落とせないという条件も納得がいく。
「そして、アマテラスも無尽蔵に撃てない事から1発あたりの単価も設定しています。これは、一国が多用出来ないようにするものなので、ご了承ください」
我々アメリカでもアマテラスと呼ばれる宇宙兵器の詳細までは分からない。
しかし、それが太陽光を利用した高出力レーザー兵器であるという所までは判明している。
それを前提に考えるのであれば、1日に放出できるエネルギー量に上限があるのだろう。
いざと言う時にアマテラスが使えないという状況を防ぐための措置、と考えれば納得のいく話だ。
「……スイキョウ殿、アマテラスの1発の値段を聞いても良いか?」
私がそう問えば、スイキョウは待ってましたと言わんばかりに背後のスクリーンを切り替え、1つの資料を拡大表示した。
「ええ、構いませんよ。アマテラス1発の値段ですが、ある程度は時価によって変化します。ですが、概ね100万ドルから1000万ドルの間ですね」
「な!……高すぎる!」
驚きの声を上げたのは習近平だった。
ここ数年経済が停滞し、未だデフレを脱し切れてはいない中国からしてみれば、1発1億円から10億円は高いと感じるのだろう。
確かに1000万ドルは、M1A2エイブラムスと言う我が国が誇る最新鋭戦車を1台買える金額に相当する。
しかし、軍事力で一番の金銭的負担になっているのは維持費だ。
我が国は年間だけで約3000億ドルが維持費だけで消えていっている。
それは、軍事費全体の35%に上り、軍事費の中で一番金がかかっているのだ。
「……習近平よ。少し落ち着き給え」
だからこそ、軍事の事を知り尽くしているプーチンが止めに入る。
「……維持費が無い分、アマテラスの一発分など微々たるものだ」
プーチンの言葉に習近平は渋い顔をするが、反論はしなかった。
「おっしゃる通りです、プーチン大統領」
スイキョウが頷き、冷ややかに笑う。
「アマテラスは確かに高価です。ですが、その維持費は我々が負担しています。それに、ミサイルと比べても比較的安価と言えるでしょう」
「……」
「習近平国家主席もご納得されたことですし、次の譲歩について話を進めましょうか」
スイキョウは他に文句を言う者が居ない事を確認すると、満足げに頷きながら話を続けた。
「では、二つ目の譲歩ですが、これまで我々が培ってきた一部の『情報』と『技術』を貴方がたに渡そうと思います」
「「「「「な!」」」」」
スイキョウが放った言葉に私も含めたP5全員が外聞も無く驚いてしまった。
それもそのはずで『アマテラス』や『ディアノゴス』『アストレリア』と言った超兵器をいくつも作り上げてきたアルカディア。
その技術は現代の技術をはるかに上回るほどで、1世紀以上の技術差があると言われても、不思議には思わない。
それほどの技術力を持つアルカディアが、ほぼ無償に近い形で技術を渡すと言ってきている。驚かない方がどうかしている。
「……それは本当なのか?」
だからこそ、誤認の無いように確認を取る。それにスイキョウは……。
「ええ、間違いありませんよ。流石にすべてとはいきませんが、我々が所有する革新的な素材とその作り方。さらには、我々の兵器の全てに使われている『魔法技術』。その基礎となる『魔道演算スクリプト』とその『コード』をお渡しします」
我々アメリカも、アルカディアから貰ったディアノゴスを研究して、魔法技術の存在は知っている。
しかし、そのほとんどの解析は未だ出来ておらず、あまりに高度な技術で作られている魔道演算スクリプトに至っては、完全なるブラックボックスだ。
「……それは凄まじい……な」
この条件ならば、各国はアルカディアに頷きざる得ない。
なぜならば、ここで1人が拒否した場合、1世紀近くの技術差が開いてしまうからだ。
もちろんの事、この場に居る全員がそのことを理解しており、牽制し合うかのような目線を互いに送り合っている。
そして、ここで私は気が付いてしまった。ここまでの全てがスイキョウのシナリオ通りに進んでいた事に。
最初の挑発から始まり、世界融合による我らの危機感を煽る。最後には、各国を争わせるような提案をすることで、強制的に条件を飲まざる得ない状況を作り出す。
「……流石は聖女セイントの側近をしている人物だ」
私がそう呟くと、スイキョウは口元をわずかに上げ、ヘビのような瞳をこちらに向けた。
「お褒めにあずかり光栄です」
紳士淑女として短いスカートを摘み上げ、カーテシーをしながら頭を下げるスイキョウ。
その一連の仕草は洗練されているのだが、それがなお一層皮肉気に見えてならない。
特に英国首相レベッカは苦々しい表情を浮かべるが、彼もまた紳士として言葉を飲み込んでいた。
「……仮に、我々がこの提案を受け入れた場合、その技術移転はどのタイミングで行われる?」
そんなやり取りを意に介さないプーチン大統領は、スイキョウに確認の質問をする。
「契約締結と同時にデータを送信いたします」
その質問にスイキョウは、スカートを軽く手で直しながら即答した。
「「「「「……」」」」」
誰しもが黙り合い、目線だけで牽制し合う中で、話しに決着が着いたことを察した国際連合事務総長が国連会議の終わりへと話を纏める。
『……これ以上の話し合いの発展がないようですので、採決へと移らせていただきます。異論のある人は居ますか?』
事務総長の言葉に、誰しもが目をつぶり異論の無い事を仕草で示した。
『……それでは、アルカディアの処遇に関して採決を取らせていただきます。採決事項は2つ。一つ目が、アルカディアを主権国家として国際連合に加盟させるか否か。二つ目が、アルカディアより提示された宇宙兵器『アマテラス』の使用権および技術供与の提案を受け入れるか否か。この二議題について、ここに採決を行います』
事務総長は視線をP5首脳へと向けて異議が無い事を確認すると、淡々と国連会議を続けた。
『まず第一議題。アルカディアの国家承認および国際連合加盟について。賛成する代表は挙手をお願いします』
静寂の中、P5の首脳たちが順に手を挙げていく。
アメリカ合衆国大統領、レイモンド・アンダーソン。
イギリス首相、レベッカ・ケイン。
フランス共和国大統領、ジャン・リュック・ドモン。
ロシア連邦大統領、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン
中国国家主席、習近平。
その全員の右手が挙げられた。
『……第一議案については、全会一致と言う事で記録させていただきます』
事務総長は短く頷き、次の議題に移った。
『続いて第二議題。アルカディアより提示された『アマテラス』の使用権および技術供与の条件について、受け入れるか否か。賛成の代表は挙手をお願いします』
P5それぞれの中にも少しの躊躇いはあった。しかし、それらを振り切って最初に手を上げたのはプーチンだった。
その後を追うように、他の首脳たちも次々と手を上げる。最後に習近平が、わずかに渋い表情を浮かべつつも挙手した。
『……第二議案につきましても、全会一致と言う事で記録させていただきます』
その事務総長の言葉を聞いた瞬間、スイキョウの口元にわずかな笑みが浮かぶ。
それは、勝利した者の笑みだった。
『これをもって、国際連合はアルカディアを国家として承認し、同国の『アマテラス』使用権および技術供与に関する提案を受け入れることを決定しました。……それでは、本日の議題は以上です。各代表の協力に感謝いたします。……以上で、会議を閉会します』
木槌が静かに打ち下ろされ、新世界への国連会議は幕を下ろした。




