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第九十三話 国連

ギリギリ1万字いかなかった。……危ない。




「……ふぅ。何とか撤退してくれたな」


 自衛隊の撤退をモニターで確認しながら、俺たちは安堵の表情を浮かべていた。


 もしもこのまま戦闘が継続していたなら、『ディアノゴス』と『トンボ』、そして『アマテラス』を使った殲滅戦に突入するところだった。


 そうなれば、アルカディアのイメージに大きく傷がついただろうし、なにより涼太の気分も悪くなっていただろう。


 結果としてみれば、相手の指揮官が賢明で良かったと言わざる負えない。


「……涼太、政府から白旗は来ているか?」

「いや、日本政府からは来てないね。軍の司令部らしき所から白旗信号は受け取ったけど……」

「……そうか。…なら、警戒態勢はそのままで待機しておいてくれ」

「う、うん。分かったけど……なんで?」


 もう白旗を受け取っているのに警戒態勢を解かない俺の指示に、涼太が疑問の声を挟む。


「簡単だよ。どれだけ司令官が白旗を上げようと、最終の決定権は政府が有している。白旗を上げた司令官が更迭され、戦闘が再開される可能性はゼロじゃない」

「なるほどね。でも、その前に玲奈さんが終わらせるんじゃない?」

「……確かにな」


 確かに、戦闘が再開される前に、玲奈が終わらせる可能性の方が高い。


「まあ、玲奈の事だから計画通りに進めるだろう。それまでに日本政府が動かない事を願うとするよ」


 とは言ったものの、本心では、日本政府が動くよりも先に決着が着くと思っている。


 なんせ、日本『政府』の対応が遅いのは、ある種の伝統芸能だ。

 年だけ食って、金と権力に溺れた無能集団が、迅速な判断や決断などできるはずもない。


 もしも、日本政府が先に動く事があったならば、裸で踊ってやろうではないか。


「……」


 しかし、もしもの場合を考えて、そんな意味のない賭けはしない。そもそも、かける相手もいないしな……。


 なんて、くだらない思考をしながらも、俺たちは呑気に衛星映像を眺めつつ、くつろいでいた。


 だが、その瞬間、不意にアラームが鳴り響く。

 何事かと思い、すぐさま確認をとると、それは国際電話だった。


「……これ、国際電話だけど、見覚えある?」

「011・XXX・YYY……って、これ大統領の秘書の電話番号だったような」


 その電話番号は、間違いなくレイモンド大統領の秘書であるソフィア・グラントのものだった。

 かなり前の第一回ディアノゴス実践テストの時に、大統領とのパイプが欲しくて電話番号を交換していたのだ。


「どうする?出る?」


 涼太が、警戒をにじませながら問いかけてくる。

 それに俺は一瞬、考え込んだ。


 この電話に出ることで何が得られるか?

 逆に、今出ないことで何を失うか?


 内容の見当、意図の裏、アメリカの現状と世界の情勢。

 そのすべてを、頭の中で数秒以内に組み立て、答えを出す。


「……出る。マイクをオンにしてくれ」

「了解。……繋ぐよ」


 涼太がマイクをオンにするのと同時に、スキルの『黒幕』を使用して姿をスイキョウへと変える。

 声帯まで変わり、完全に女性の声になったのと同時に、口をマイクに近づけた。


「……はい、こちらダンジョン教会のスイキョウです」


 数秒の沈黙の後、マイクの向こうから落ち着いた女性の声が聞こえてくる。


「スイキョウ様、こちらアメリカ合衆国大統領秘書、ソフィア・グラントです。お忙しいところ恐れ入ります。レイモンド大統領より、急ぎの伝言がございます」

「……内容をどうぞ」


 抑揚もつけず、淡々とした声で返す。


「大統領は、今回の一件について、極めて重大な関心を持っております。アルカディアの技術力、そして影響力。そのすべてに、敬意と懸念を抱いていると」


 明言はしないが、アマテラスのことを指しているのだろう。


 しかし、そのことを言及されるのは想定内どころか、メインの話題だと思っているので、そのまま続けるように促した。


「……続けてください」

「現在、我が国の安全保障会議にて、アルカディアとの『協調』を模索する方針で一致を見つつあります。つきましては、スイキョウ様、あるいはセイント様と直接の対話の場を設けられないかと、大統領は希望しております」


 予想していた中でも、かなり有効的なアメリカの反応に、思わず笑みが零れてしまう。

 だが、それを悟られないように抑揚を殺しながら一切の逡巡なく返答した。


「アメリカとの対話の件なのですが、私たちアルカディア政府としては構いません。しかし、いくつかの条件がございます」

「……なんでしょうか?」


 条件と言う言葉に警戒心を表すソフィアに向かって、俺は対話する条件を提示した。


「条件は2つあります。一つ目は、アルカディア人工島での会談であること。二つ目は、会談日時を2月以降にする事です」

「……なるほど、……承知しました。大統領に速やかにそう報告いたします」


 ソフィアの返答は、思いのほかあっさりしている。

 だが、その口調の奥には、微かだが明確な緊張の色が滲んでいた。


 それは、超大国アメリカですら、今やアルカディアの『領土』に大統領が直々に足を運ぶという条件を飲まざるを得ないという現実の証明でもあった。


 形式上は交渉。しかし、実態は対等とは言い難い。


「最後にひとつだけ、大統領からの質問を預かっております」

「……どうぞ」


 声色を変えないまま、促す。


「……アルカディアは、我々を『敵』と見なしているのでしょうか?」


 一瞬、時間が止まったような静寂が訪れた。

 涼太が思わずこちらを見るが、俺はゆっくりと息を吐き、マイクに口を寄せる。


「敵か味方かは……あなた方の選択次第です。ですが、敵にならないことを私は祈っていますよ。犠牲者は、少ないに越したことはありませんから」


 その言葉に、電話の向こうで小さく息を呑む気配があった。

 だが、それに対する反論や問い返しはない。ただ、沈黙の後……。


「……承知しました。お時間をいただき、ありがとうございました。追って、正式なルートから日程調整に入らせていただきます」

「こちらこそ、ご連絡ありがとうございました」


 通話が切れると同時に、俺はスキル《黒幕》を解除し、スイキョウの姿から元の自分へと戻った。

 椅子に深く身を預け、背もたれに重心を預ける。


「……ふぅ。やっぱり政治ってのは疲れるな」

「うん、お疲れ様。……それにしても、アメリカがここまで下手に出てくるとは、ちょっと意外だったよ」


 涼太の言葉に、水で唇を湿らせながら、同意する。


「だな、確かに世界一の軍事国家であるアメリカが下手に出てきたのは驚きだった。でも、それだけアマテラスを警戒しているという事なのだろうよ」


 だが、それでも意外に思っているのは本当だ。

 世界一の軍事大国で経済大国であるアメリカが、覇権国家としての地位を揺らぎかねない行動に出たのだ。

 その地位を捨てるという判断と、決断が出来るアメリカは優秀なのだろう。


「……まあ、アメリカがこの場面で柔軟な選択ができる国だったからこそ、今まで覇権国家で居続けられたんだろうな」


 これからアメリカがどういう判断をして、どういう結末を辿るのかは分からない。しかし、その未来が、日本よりも明るい事は明確だった。


「……さて、そろそろ時間だな」


 俺はモニターを見る。そこには、ズームインされた首相官邸が映し出されていた。



~~~



 衛星で監視されているとは露ほども思っていない日本政府の中枢は、首相官邸にて、国連会議の開幕を静かに待っていた。

 今回は緊急事態ということもあり、オンライン形式で開催される。


 300インチと言う大型ディスプレイには、常任理事国(P5)であるアメリカ・ロシア・中国・イギリス・フランスと、この緊急会議を仕切る国際連合事務総長の画面が表示されていた。


 そして、時間が進むにつれ、各首脳陣が現れ始める。

 ロシア・中国・イギリス・フランスと、首脳陣が着席する中で、唯一アメリカだけが、机と椅子だけの映像を、ただ映す。


 あと数分で会議が始まるというのにも関わらず、まだ姿の見えないアメリカ大統領に、犬塚総理は内心不安に駆られていた。


 そして会議1分前。

 ギリギリの時間になってアメリカ合衆国大統領・レイモンド・アンダーソンが姿を現した。


 重役出勤さながらだが、常任理事国の中でも圧倒的影響力を誇るアメリカ合衆国大統領ゆえに、誰一人として責める者も、皮肉を言う者もいない。


 そんなレイモンド大統領だが、その老練な顔には、いつもの威厳はあるものの、隠しきれない疲労と緊張が滲んでいた。


 それも無理もない話で、数時間前に、世界の軍事バランスを根底から覆すような兵器の存在を目の当たりにしたのだから。


『……皆さま、ご集まりいただきありがとうございます。本日ここに、国際連合安全保障理事会・特別臨時会合を招集できましたことを、深く感謝申し上げます』


 P5(常任理事国)と国際連合事務総長。

 議案の提出者である犬塚総理を合わせた7人全員が揃った事を確認すると、国際連合事務総長が司会者として会議の始まりの音頭を取った。


『現在、国際社会において、新たな軍事的・技術的脅威と目される『アルカディア』に関する懸念が急速に高まっております。

 この場は、国際秩序と平和、ならびに人類全体の未来に関わる議題について、対話と理解を深めるための者です』


 荘厳な儀礼をもって幕を開けた国連会議は、重々しい空気の中、早速本題へと移っていく。


『それでは、まずは議題の提出者である日本国代表、犬塚茂総理大臣に発言をお願い申し上げます。総理、どうぞ』


 その呼びかけに、犬塚総理は静かに席を立ち、マイクの前に姿勢を正した。


 犬塚総理の表情は、冷静で落ち着いているように見える。

 だが、その机の下に隠された拳は強く握られており、彼にとってこの会議が綱渡りであることを物語っていた。


「……各国の首脳の皆様。本日はこのような緊急会合にご参集いただき、誠にありがとうございます。私は日本国首相、犬塚茂です」


 低く落ち着いた声から始まった犬塚総理の言葉。

 だが、慎重に抑えた語調の奥には、焦燥と切迫感が薄く滲んでいる。


「時間も限られているかと思いますので、要点を絞ってご報告させていただきます。本日午前9時、日本国領海内において、未確認の高出力宇宙兵器による攻撃が発生いたしました」


 そう語るのと同時に、画面が切り替わり、攻撃の瞬間をとらえた映像が映し出される。

 衛星画像と、現地調査の写真を1つに編集した動画が流れるにつれ、P5の首脳陣の顔も悪くなっていった。


「当初、自衛隊はアルカディア人工島に対し、あくまで限定的であり、慎重な『治安行動』をとっていました。しかし、その最中、我々は宇宙空間からのレーザー攻撃を受けたのです」


 犬塚総理は淡々と語るが、その意味するところは各国が到底許容できるモノでは無かった。


「我々の試算によれば、この兵器の出力は最低で5テラジュール以上と目され、最大では1ペタジュールに達する可能性があります」


 彼は一度息を吐き、間を作る。

 それだけで、注意の逸れていた首脳陣の意識を自分へと戻した。


「……この兵器は、既存の相互抑止という国際安全保障の前提を、根本から覆す存在です」


 犬塚総理の声が、平坦な者から徐々に力を持ったモノへと変わっていく。


「通常の核兵器であれば、探知、発射、迎撃というプロセスが存在し、そこには『交渉』や『抑止』が成立します。ですが、今回使用された兵器は違う。どんな核兵器よりも速く、認知したと同時に、高出力レーザーは着弾しています。迎撃は事実上不可能であり、衛星軌道上からの攻撃は防ぐ術がありません」


 彼は言葉を切り、画面越しの首脳たち一人一人を見つめるように、カメラを見つめた。


「こんな人道に反した『大量殺戮兵器』を一勢力が独占していいのでしょうか?……いいえ、よくありません!いいわけが無い!」


 翻訳を通さずとも犬塚総理の言葉は、各国首脳に届く。

 それほどの気迫が、そこにはあった。

 

「故に、我々日本政府はこの人道に反した大量殺戮兵器を所有するアルカディアを、断固制裁すべきだと宣言させていただきます!」


 どんどんと抑揚がのり、最終的には拳を振り上げ、全身で演説をしていた。


 だが次の瞬間、一気に抑揚が失われ、感情が削ぎ落ちる。

 その落差は、各国首脳の目を異様なまでに引いた。


「……この兵器を放置すれば、必ず都市が、政府が、国民が、『沈黙の人質』に取られるでしょう。……そして、それだけではありません。海や空と言った地球上にある全てが、常に宇宙兵器の脅威にさらされ続けるのです」


 犬塚総理は、静かにその兵器の脅威を伝える。


「そんな兵器が、たかだか数人程度の宗教団体の手にある。それがいかに恐怖かを優秀な貴方がたであれば分かるでしょう!」


 まるで『ヨルムンガンド計画』のように、たった1人に全てを握られる恐怖。それは、想像できない程に恐ろしい。

 歴史を見れば、ブルータスのように腹心だった人物ですら裏切ってしまう。それほどの恐怖なのだ。


「今こそ……!今こそ!国際社会が一致団結して立ち向かうべき時です!

 我々はこれまで、核の恐怖を乗り越え、数多の戦争を止め、条約と対話によって平和を築いてきました!

 ならば今度も同じです!この人道を逸脱した宇宙兵器を、世界の力で規制し、制御し、排除すべきなのです!」


 彼の演説はただの被害者の叫びではない。

 国際秩序を守るための正当性を帯びた、国際社会への『訴え』だった。


「……ゆえに、私はこの場で正式に提案いたします」


 拳を強く握りしめたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「一つ。国際連合安全保障理事会の名において、アルカディアへの経済・外交的制裁を速やかに発動すること。

 二つ。この種の宇宙兵器の保有および使用を禁じる、または国連で管理する新たな国際条約を制定すること」


 その声には、痛烈な危機感と、世界を変える覚悟が宿っていた。


「……このままでは、先進国であれ途上国であれ、いずれは『恐怖の服従』を強いられる日が来ます。外交も条約も、力によって脅されるなら無意味です。それはあなた方が一番理解されている事でしょう」


 各国は、核ないしは強大な武力を持つ先進国だ。

 故に、彼らはそれがいかに強力で恐ろしいのかを、経験で知っている。


「どうか……どうか、お願い致します。今この瞬間、世界が未来に責任を持てるかどうかが問われているのです。『対話』と『抑止』は『互いが武器を持つか』『お互いが武器を持たないか』でしか成立しえません」


 そして、最後の最後に犬塚総理はか細く言ったのだ。


「……この訴えが、平和を望む世界の良識に届くことを……私は信じております」


 その言葉を放った数秒後、犬塚総理はマイクから一歩引く。


 …………会場には沈黙が広がる。


 各国首脳へと翻訳が完了するまでの、わずか十数秒。

 だがそれは、議場に集う首脳たちにとって、異様なほど長い時間に感じられた。


 そして、翻訳が終わるのと同時に、空気が変わる。


 各国首脳がお互いに口を開くのを探り合い、最初に誰が反応するのかを見ていた。


 その中で、イギリスとフランスの首脳は目をつぶり黙秘の姿勢を取る。

 ロシアと中国の首脳は眉間に手を当てながらも黙秘し、最初の発言はある人物に譲った。


 そして、世界GDP1位であり、軍事力1位。世界の覇権国たる大統領が沈黙を破った。 


『……ご発言、感謝します。日本国・犬塚総理の誠意ある報告と提案は、我が国にとっても大きな意味を持つものでした』


 画面に映るのは、アメリカ合衆国大統領、レイモンド・アンダーソン。

 先ほどまで重苦しい表情だった彼は、静かに口を開いて話し始める。

 その声は穏やかで落ち着いていたが、その裏には慎重に計算された言葉の刃が潜んでいた。


『確かに、本日発生した宇宙兵器による攻撃は、国際安全保障において極めて重大な問題です。あの兵器が世界に与えた衝撃は、私自身も深く認知しております。そして、日本国が受けた脅威について、我が国は同盟国として、また国際社会の一員として、深く懸念を共有しています』


 ここまでは、日本への配慮と共鳴を示すアメリカ大統領。

 だが、そこから語調が変わった。


『ですが、我々は今、感情的に動くべきではありません。『恐怖』や『怒り』に突き動かされるのではなく、『理性』と『戦略』によって道を選ぶべきです』


 言外に、『制裁』や『排除』を急ぐ日本に対し、一歩引いて状況を見極めようとする姿勢を示した。


『アルカディアがこの兵器をなぜ使用したのか。なぜ限定的な攻撃に留めたのか。そこには、まだ我々が知らない意図があるのかもしれない』


 レイモンド大統領は一度言葉を区切る。

 そして、全員の視線が彼に向けられているのを確認してから、はっきりと宣言した。


『そこで我が国、アメリカ合衆国は、『理知的』な『文明国家』として、単なる力の誇示ではなく、『言葉』によってコミュニケーションを取ろうと考えています。……我々はまず、彼らの立場と技術の背景を知ることが必要です。制裁より先に、理解と交渉の場が必要だと考えます』

「なっ……!」


 犬塚総理の顔が、一瞬で強張った。


 『敵の脅威を排除する』という彼の戦略に対し、『敵かどうかを確かめる』というアメリカの慎重な態度。


 どちらが正しいのかは、この場では分からない。

 だが、明かに会議の流れが変わる兆しだった。


『我々アメリカ合衆国は、人道国家として、アルカディアへの攻撃を反対し、対話による解決を模索します』


 その一言が、この場の空気を決定的に変えた。


「……っ!」


 犬塚総理は、反射的に声を漏らしそうになったが、寸前で言葉を飲み込んだ。

 いくらカメラ越しとは言え、マヌケにも動揺を晒すわけにはいかない。


 だが、その心は、否応なく揺れていた。


 『アメリカが、反対に回った』


 その意味はあまりにも大きい。


 国連会議と言う性質上、1国が反対に回るだけで、絶対に可決される事は無い。

 つまり、……この会議の行く末が、レイモンド大統領の一言で決まってしまった。


 しかも、覇権国たるアメリカが反対に回ったという事は、各国も慎重にならざる負えない。

 故に、各国の首脳陣たちは、声を発さず互いの顔を伺い合っていた。


『我々は戦いを望みません。ましてや、ダンジョンに現れるモンスターとは違い、相手が我々と同じように人類という枠の中にいる存在であるなら、まず対話があるべきです』


 心優しくも聞こえる言葉だが、アメリカが辿ってきた歴史を振り返れば、失笑せずにはいられない。


 しかしながら、国際的立場からしてみれば、あながち間違ってもいないのも、また事実だった。

 しかし、だからと言って犬塚総理はその言葉を許容できるわけも無い。


「ふざけるな! アルカディアのような得体の知れない集団に対して、対話などという甘い言葉で済むわけがないだろう!」


 犬塚総理は、マイクを通して怒りを露わにした。露にしてしまった。

 それほどまでに、レイモンド大統領の発言が犬塚総理の神経を逆なでしたのだ。


「大量殺戮兵器を一個人に持たせるなど、正気の沙汰ではない!その存在が放つのは、抑止力ではなく、『支配の影』に他ならないのだぞ!それを、『対話』で乗り越えられると? それは甘い! あまりにも楽観的すぎる!」


 犬塚総理の怒りに満ちた声が響き渡る。

 あまりの怒声に、ディスプレイ越しの各国首脳たちは表情をわずかに動かすが……それだけだった。


 各国首脳の見せた顔。それは、共感でも、同情でも無い。


 ……それは、動物を見つめるような……冷たい瞳だった。


 『焦り』と『感情』に呑まれていく姿を、冷ややかに見つめる。

 そして、孤立していく犬塚総理に誰一人として手を差し伸べる者は……居なかった。


『……お気持ちは理解します、犬塚総理』


 柔らかな声で口を開いたのは、フランス共和国大統領、ジャン・リュック・ドモン。

 その老練な眼差しは犬塚を諫めるようであり、同時に、静かに距離を置いていた。


『しかし、今この場で叫ぶよりも、冷静に情勢を見つめるべきでしょう。我が国もアメリカ合衆国の意見に同意します。アルカディアとの対話の可能性を探ることが、今の国際社会にとって最善の道だと考えます』

「っ……!」


 犬塚総理は、わずかに肩を震わせる。

 まるで、言葉にならない言葉が喉に詰まり、口から出せずにいるかのようだった。


 しかし、フランスが反対に回ったのに続き、ロシア連邦の首脳であるウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチンが口を開く。


『我々ロシアとしても、制裁より先に、アルカディアとの接触を優先したい。あの兵器……いや、技術力は侮れん。敵に回すより、こちらに引き込んだ方が良い。それが現実的な選択だ』


 彼の発言は、あからさまな『利』に基づくものだった。

 だが、誰もそれを責められない。今この会議の裏にあるものは、『正義』ではなく、『生存』だからだ。


『我々は力の均衡を重視する。アルカディアのような未知の勢力と正面衝突するのは愚策だ』


 中国国家主席の習近平の言葉に、犬塚総理の拳が机の下で震える。

 そして、最後に残るP5の一角、イギリス首相・レベッカ・ケインが口を開く。


『日本の皆様の憂慮はごもっともです。しかしながら、先ほどの演説には断罪の色が強すぎました。今の世界が求めているのは、次なる戦争ではなく、次なる共存です』


 その言葉に、犬塚総理は息を飲み、唇を噛みしめる。


 P5全員が『制裁ではなく対話』の方針に傾いた。


 最初はアメリカ。

 続いてフランス、ロシア、そして中国。

 そして今、イギリスまでもがその流れを支持した。


 孤立無援。絶対多数の圧倒的な壁が、静かに日本の意志を飲み込んだ。


『議長。日本としての立場は尊重いたしますが、安保理としては、まずアルカディアとの対話窓口を設ける方向で議論すべきかと考えます』


 レイモンド大統領が再び口を開き、議場の結論へと方向づける。

 犬塚総理の提案『アルカディアへの即時制裁と新条約制定』は、もはや実現の見込みが消えていた。


 P5の意思を確認した司会者である国際連合事務総長が、ゆっくりとマイクに口を近づける。


『……ありがとうございます。各国首脳の貴重なご意見、確かに承りました。

 それでは、本議題における暫定的な結論として、アルカディアとの外交的対話を模索する方向で、安保理としての調整を開始いたします』


 その一言が、会議の結末を静かに、しかし明確に締めくくった。


『なお、本件につきましては、今後の進展次第で制裁議論を再開する可能性も排除いたしません。しかし、まずは対話の場を設け、アルカディアの真意を見極めることが、国際社会として最優先事項であるとの認識で一致したものと記録いたします』


 日本以外の代表者たちは、言葉を交わさずとも、沈黙と小さな頷きでそれを了承していた。


「…………」


 犬塚総理は、椅子に腰を下ろしたまま、深く目を閉じる。

 こめかみに浮かぶ汗、白くなるほど強く握られた拳。


 それらは、怒りでもなければ、悲しみでもない。

 ただひたすらに『無力さ』を噛みしめていた。


 すでにこの場で彼の声が届くことはない。

 訴えは退けられ、孤独と沈黙だけが、その身を包んでいた。


 国際社会は、選択した。排除では無く対話を……。


 その決定の前に、日本の叫びはあまりに……小さすぎた。




『ヨルムンガンド計画』

ヨルムンガンドと言う漫画に登場する世界平和を目指した計画。

126機の人工衛星と、量子コンピューターによってありとあらゆるモノを1910年まで後退させる計画。


……後で見直してみたら……結構似てる?作者的には参考にしたわけじゃないけど……人間考える事はある程度同じと言う事か……。


『ブルータス』

カエサルの腹心だったブルータス。

カエサルが終身独裁官就任という共和政から独裁へと切り替える時に、独裁を恐れたブルータスに暗殺されたとされる。


ちなみに、日本語だと『ブルータス』だが、実際は『ブルトゥス』らしい。

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