09 はじめての冒険者ギルド
09 はじめての冒険者ギルド
それから俺はシャレオに抱きしめられたまま、治癒を受ける。
シャレオの治癒を受けるのはこれで2回目だが、1回目に比べて効果が明らかにあがっていた。
半分しか治らないなんてことはなく、また回復速度も早くてあっという間に完全回復。
シャレオは泣き笑いの笑顔だった。
「やっぱり、ダサスさんのお召し物はすごいです……! 治癒の効果もびっくりするくらい上がってます……!」
ジニーからは「ウニャー!」と抗議される。
火炎魔法を放ったジニーのヒゲは、ストーブに近づきすぎたみたいに焦げてくるんとカールしていた。
効果が上がりすぎるのも考えもののようだが、なにはともあれ俺たちは窮地を脱出。
トレントデッドを倒したおかげで、俺たちはそろってレベル3にアップしていた。
ドロップアイテムは『トレントデッドの魔水晶』。
魔水晶というのはそのモンスターの力の源とも言われている水晶のこと。
ものによっては宝石以上の価値があるのだが、ドロップ確率は非常に低いとされている。
ギルドに納品すれば、いい値段で買い取ってもらえるだろう。
そろそろ日も傾きつつあったので、俺たちは森を出て街に戻ることにする。
草原はすでに人はまばらで、店じまいを始めている屋台の横を通って帰った。
街の門をくぐった俺は、いまさらながらにシャレオの格の違いを思い知らされる。
俺がひとりで歩いている時は誰からも見向きもされなかったのだが、シャレオを連れていると注目の的だった。
無理もない。
シャレオが歩く姿はまるで百合の花が風に揺れてるみたいに可憐で、その美しさに誰もが足を止めて見惚れていた。
金色の髪がふわりとなびくたびに、足を止めた男たちは残り香をクンクン嗅いでいる。
「あ……あの子……超かわいい……! お近づきなりたい……!」
「バカ、お前みたいなのが相手にされるわけないだろ!」
「っていうか、なんであんな男と一緒にいるんだ!? ありえねぇだろ!」
「慌てんなって、従者に決まってんだろうが!」
などというやっかみが聞こえてくるほどだった。
シャレオの魅力はとどまるところを知らず、とうとう女たちまでトリコにする。
「わぁ……! あの見て、あの服、超かわいくない!?」
「ええっ、あんな服、初めて見た! どこで売ってるのかな!?」
「王都から来た最新流行のファッションに違いないわ! それも王族とか貴族だけの上流階級の!」
「くやしい……! 私よりオシャレな子がいたなんて……!」
俺たちは夕陽、それと同じくらいまぶしい視線を浴びつつ、街の中心地にある冒険者ギルドのスイングドアをくぐる。
すると、元気すぎる声が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! マジハリ冒険者ギルドへようこそ! あっ、シャレオさん、おかえりなさい!」
カウンターの向こうにいたのは中学生くらいの女の子。
おかっぱ頭で活発そうな顔をしているが、服はやっぱり初期装備みたいなワンピース。
相手が歳下でも、シャレオは丁寧に頭を下げていた。
「ただいま戻りました、エナナさん。わたくしを覚えていてくださったんですね」
「当たり前ですよ! シャレオさんみたいな美人さん、忘れるわけがありません!」
「うふふ、お上手ですね。お世辞でもうれしいです、ありがとうございます」
白魚の手を当てた頬を桜色に染めるシャレオ。謙遜ではなく、本当にそう思っているみたいだ。
「森を見回ってトレントさんを探すクエストをさせていただきました。それで……」
シャレオはエナナに、かくかくしかじかと話してきかせる。
俺に助けられたことや、トレントデッドに遭遇して倒したことなどなど。
仲間のフリをしたチンピラどもに襲われたことは、シャレオ的には忘れたいことなのか省略されていた。
そして俺は、新たな発見をする。
彼女の報告は理路整然としていて理解しやすかったので、おそらくかなり頭がいいのだろう。
さらに声が鈴音みたいに美麗なので、天使の歌声を聞いているような気分になれた。
彼女が校長先生だったら、朝礼が8時間あっても苦にならないだろうな。
同じく聞き惚れるようだったギルドの受付嬢、エナナは俺のほうを見やった。
「そちらの方といっしょに、トレントデッドを倒したんですね?」
「はい、こちらはダサスさんです。あと、ジニーさんもいっしょになってやっつけてくださいました」
「ジニー?」
「ニャーン!」
シャレオの肩に乗っていたジニーが、打てば響くように鳴き返す。
それはまぎれもない事実なのだが、エナナは冗談だと思ったようだ。
「あはは、わかりました。トレントデッドは見習い冒険者さんにとっては強敵ですから、そちらのダサスさんがベテラン冒険者さんだったんですね」
「そんな! ジニーさんは立派なねこかえんまじゅちゅしさんです!」「ニャーン!」
シャレオとジニーは抗議したが、エナナはまともに取り合わない。
そりゃそうか、猫が火炎魔術を使うなんてありないことだからな。
にゃあにゃあわぁわぁと詰め寄られても、エナナは右から左に受け流して手続きを進める。
「ではではシャレオさんとダサスさん、ギルドカードを出してください。クエスト達成の手続きをしますので」
シャレオは納得いかない様子だったが、リュックサックからギルドカードを出してカウンターに置く。
俺は肩をすくめた。
「俺は持ってない。冒険者ギルドに登録してないからな」
「あ、そうなんですね。じゃあついでに手続きします?」
少し考えてから、「よろしく頼む」と答える俺。
裁縫師は生産職なので、冒険者ギルドには登録できない。
しかしいまは一時的に剣士だから、もしかしたらと思ったんだ。
「では、職業やステータスを確認させていただきますので、こちらの水晶球の上に手を置いてください」
俺は期待と不安に胸をふくらませつつ水晶球に手を置く。
その結果は……。
「えっ、裁縫師? すいません、生産職の方は、登録できないんですよ~」
ダメだった。
剣士の練習着を着たら剣士のスキルを使えるようになるが、職業まではごまかせないらしい。
まあ、しょうがないか。
しかしシャレオはここでも納得がいかないようだった。
「あの……エナナさん、なんとかならないのでしょうか?」
「いや、こればっかりは規則なんで無理ですよぉ~! あ、そうだ、『従者』としてなら登録できますよ! 上級職の方が従者を連れているのは珍しくありませんからね!」
すると、シャレオは全身の毛が逆立つほどにビックリしていた。
「と……とんでもありません! こんなにすごいダサスさんが従者だなんて、ぜったいにありえません!」
しかしその顔はすぐに明るさを取り戻す。
名案が思いついたみたいに、白魚のような両手を胸の前でパンと合わせる。
「あ、でしたらこういうのはいかがでしょう? わたくしをダサスさんの従者と登録して、かわりに……」
「いやいやいや! 伝説の勇者様じゃあるまいし、聖女が従者になるなんて聞いたことありませんよ! しかも最低職といわれた裁縫師の従者なんて!」
「そんな! シャレオさんは最低職なんかじゃありません、最高職です!」「ニャーン!」
シャレオとジニーはまた、にゃあにゃあわぁわぁと大騒ぎ。
ジニーはともかくシャレオは大人しい印象があるんだが、彼女は納得できないことには黙っていられないタイプのようだ。