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2.彼らの目的

 ひょろりとした体躯に面長の顔を乗せた青白い男は、この館の主に仕える者だと名乗った。男からは魔力を感じた。ヴィカの魔女としての直感が訴える。この男は「魔力持ち」ではなく、「魔術師」と呼ばれる類の人間だ。


 魔女と魔術師については、単純に性差からくる呼称の違いだと思っている者も多い。厳密にいえば、魔女とは目覚めた後に魔力を磨く者であり、魔術師とは研鑽によって目覚める者たちのことを言う。従って魔術師には男も女も存在するのだが、今は関係のない話だ。

 ただ当然、魔力持ちの人間よりは魔術師の方が遙かに強い。


 魔術師の男は元から細い目をさらにきゅっと細めた。笑顔を見せたつもりのようである。


「ようこそ、みなさん。――ほら、もうその香は良い。しまっておきなさい」


 魔術師が片手を振ると、香炉を持っていた男が一礼して部屋から出て行った。


「さて、これでよしと。あれがあると、なかなか話がわからないでしょう?」


 とは言え、香がなくなればすぐさま醒めるというものでもない。魔術師はぼうとした顔の()()()たちを眺め渡して、嬉しそうにうんうんと頷いた。


「みなさん、立派な魔力持ちだ。――急にこんなところに連れてこられて、さぞかし、驚いたでしょう? すみませんねえ、それに関しては運がなかったと思って、我が身を嘆いて下さい」


 いち早く正気を取り戻した女が周囲をきょろきょろと見回した後、大きく胸を膨らませながら口を開いた。叫ぼうとしたのだろうが、それより早く魔術師が女に人差し指を突きつける。


「黙って。女の甲高い声ほど耳障りなものはありません」


 ぇ゛、ぇ゛あ゛、と(くび)られる鶏と同じ声を漏らしながら、女は目を剥いて自分の喉を掻き毟る仕草を見せた。「わかりましたか」という魔術師の言葉にがくがくと息ができず真っ赤になった顔を上下させる。魔術師の指が女から外れると同時に、女は床の上に身を丸めて激しく咳き込んだ。えずくほど咳き込んで、最終的には吐瀉したことが離れていたヴィカにも音と臭いでわかった。

 魔術師が口と鼻を長い袖で覆って顔をしかめる。


「おお、汚い。……ま、いいです。私は話を遮られるのが嫌いですから、みなさんもどうぞその点ご協力くださいね」


 香の威力から目を覚ました者たちは、程度の差はあれ皆一様に怯えの色を宿した目を魔術師に向けた。

 それを確認した魔術師は、また満足そうにひとつ頷く。


「よろしい。さて大変運のないみなさんの今後ですが、()りにかけられ売られます」


 ざわと空気が揺れたが、そこには驚愕よりも諦観や悲嘆の気配の方が大きかった。皆多かれ少なかれ似たような想像していたのだろう。ヴィカも周囲の空気に合わせながら、でも、と思う。ただの奴隷売買ではないと思う理由は先に述べた通りだ。


 魔術師が、まあまあとでも言いたげに両手を挙げた。


「ショックなのはわかりますが、みなさん落ち着いて。慌てたところで今更何も変わりません。ただ、私どものお相手はほとんどが皆地位のある方々ばかりですから、上手くすれば今までよりもずっと良い暮らしができるかもしれませんよ」


 何人かの目の色が覚悟を持って変わった。どうせ売られるのならば、と言ったところだろう。事実、一定の犠牲の代わりに裕福な暮らしだけは保障された奴隷もいないわけではないのだ。

 魔術師の目が糸のように細くなっている。鼠を(なぶ)る猫の目だなとヴィカは観察した。他人の感情を嬲る目だ。希望や決意がいずれ引き裂かれるのを知っていて、それを楽しみにしている。

 ふふふ、と男にしては甲高い声で魔術師は笑った。


「ただ、それならば普通の人間でも構わないところ。魔力持ちのみなさんを集めたにはちゃァんと理由があるんですよ。魔力持ちのみなさんだけに、別のチャンスを差し上げましょう。ただの奴隷よりも、ずっとよい地位を狙えるかもしれませんよ?」


 来た。

 これだ。


 タイミングを合わせたように、部屋の奥側にある扉が開き一台の台車が運び込まれてきた。何か大きなものがのっているが、布に隠されてその正体は見えない。


「さあ、チャンスはひとり一回。当たりを引き当てる方が今回はいるといいんだけどねえ」


 言外に今までにも同じことを繰り返してきたと告げながら、魔術師は布に手をかけた。


 大きいと思っていたのは仰々しい台座が置いてあったからで、本体は成人男性の握り拳ほどの大きさをした楕円形の球体だった。半透明で光沢があり、黄色であれば琥珀とも見まがうが、輝き自体は青と緑の強い蛋白石(オパール)に似ていた。ただし他のどんな宝石とも異なるのは、石の中心で正体不明の小さな銀色とも灰色とも見える靄のようなものが(うごめ)いている点である。


 きれい、と隣にいる女が呟いた。

 それを傍目(はため)にヴィカは一瞬息を忘れた。実物を見たことは過去二度しかない。そのいずれももっと小さく、もっと色の薄いものだった。背中と腋にじっとりと嫌な汗が滲む。自分たちに求められていることが何かわかった。


 その存在の知名度自体が低いが、知る者はあれを「輝く核の石」と書いて、きかくせき、と呼ぶ。文字通り(いのち)を宿す石だ。もっと単純な言い方をすれば、あれは、魔獣の卵である。


 ヴィカたちは、あれを(かえ)すために集められたのだ。

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