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3.稀なる石

 輝核石(きかくせき)については謎が多い。

 どうやって発生しているのかもわからない。生まれてみるまで何が誕生するのかもわからない。――そもそも、どうすれば孵化するのかさえわかっていない。


 いや、孵化をさせる方法自体はとうの昔に判明しているのだ。

 だがそれは数字錠を前に「3桁入れます。数字なのは間違いありません。ヒントはないです」と言われているのと同じことで、当てのない総当たり戦だ。


 魔力を帯びた血を吸って石は孵る。

 誰の、どんな血で孵るのかは試してみるまでわからない。

 現時点で判明している事例では、全例に共通する要素は不明。

 石内の獣の何らかの要素に対応した血が求められているという推測が有力。

 ただし石の外要素から内の獣の属性を測る方法は現在以て不明。


 通説として言われるのは以上である。

 従って、そもそもが非常に稀少な輝核石を運良く手に入れることができたとしても更にそれを上回る運がなければ石を孵すことはできないのが現状だ。


 しかしそれでもなお、輝核石は大変魅力的な()()として()()されている。

 存在自体は大昔から認知されているにもかかわらず、ここまで遅々として研究が進んでいないのは、石を手に入れたものの決してそれを表に出さない事例が数多くあるからだというのは定説だ。


 運が良ければ、従順で強力な魔獣が手に入る。

 何時の時代も、どの階級にとっても、わかりやすい力は最大のステータスになる。金さえ払えばそれが安全に簡単に手に入るというのなら、それを少しも惜しまない人種はどこにでも、どれだけでもいる。


 だからこそ輝核石は常に闇において高額で取引され、()()()()()()()()()()()()()()()はそれよりもなお珍重される。


「さあ、誰から試しますか?」


 にんまりと魔術師の男が笑った。


 しかしほとんどの人間が石の正体がわからないようだと見ると、かいつまんで要点を説明した。むろん、魔術師にとって都合の良い要点である。

 およそ嘘は吐かなかったが、「誰が孵せるかもわからない卵ではほとんど売れない。もしみなさんの誰かが石を孵すことができれば、その人はめずらかな獣の孵し主という素晴らしいステータスを持って売り出されるんですよ」という言葉を、ヴィカだけが信じなかった。


 1人目2人目は、率先して石に向かった。

 短剣で裂かれた掌を石の表面に擦り付ける。数秒待つが何も起こらず、魔術師の溜息で結論が下される。


「残念でした。普通に売られてください」


 後は叫ぼうが暴れようが関係なく、部屋に控えていた男たちに両側から押さえ込まれて奥の扉から連れられていく。

 3人目は体格のいい男で彼もまた失敗したが、その後が他の2人と違った。自分に近づいてきた2人の男の内の片方を思い切り殴りつけると、魔術師に向けて突き飛ばし、猛然と窓に向けて駆けだしたのだ。

 別の男が彼を押さえ込もうとしたがこれも殴り飛ばした。体当たりで窓を突き破ろうと右肩を突き出すようにして走り、あともう少し、


「ジャーヤー」


 というところで頭上から魔獣に押し潰されて、残り6人が5人になった。


「くき、くき゛ぃ゛い゛い゛い゛」


 ダァン! ダァン! と部屋が揺れるような響きと共に床を飛び跳ねるのは一言で言えば、羽の生えた猿だった。蜻蛉(トンボ)に似た羽を震わせながら猿が跳ねる度、飛び跳ねの音に混じって、ぶぢゅ、ぢゅぢ、という音が聞こえる。

 自分にぶつかってきた男を避けていた魔術師は、やれやれと首を横に振った。


「ひとり減ってしまった。まあ、ひとりくらいなら言い訳も立つでしょう。聞き分けのない馬鹿は嫌いです。――みなさんは、もちろん違いますよねえ?」


 全員が頷いた。

 魔術師は満足げな顔をすると、相変わらず飛び跳ねていた自らの使い魔を静かにさせた。最後の方にはただ猿が飛び跳ねる音しか聞こえなかったのは、肉が完全にすり潰されたからだろう。


 それから後はスムーズに進んだ。魔術師の促しに誰かひとりが立ち上がり、失敗しては項垂れて連れられていく。

 残り2人になりヴィカが動かないことを見ると、残る1人がおずおずと石に向かった。外見だけはヴィカと同じか少し幼いくらいの少女だった。


 豊かな金髪が揺れる背を見ながら、ヴィカはと言うと――困っていた。


 ヴィカがここまで残っていたのは、何か策があったからではなく、ただただ単純にあの石に触れるのが嫌だったからだ。

 一般に魔女や魔術師とは我が身を省みぬほどの知的好奇心に満ちた存在だと言われるが、誰もがそうだと思ったら大間違いである。ヴィカは自分が今まで生きてきたのは臆病と背中合わせの用心深さがあったからだと思っている。誰があんな得体の知れないものに触りたいものか。魔獣が自分の血で孵るのも嫌なら、第一直に触れることさえ嫌だった。此方の側に影響がないなどと誰も証明していないのに。

 そもそも石から孵った先から周囲の人間を喰い散らかした魔獣の例すら存在するというのに、同じ部屋の中で石を孵そうとする試みが行われていること自体ヴィカにはたまらない。その意味では、ヴィカの気持ちは究極の選択の上に置かれていた。


 どうぞ誰も石を孵してくれるな。しかしその場合、最後に自分の番が来る。

 どうぞ私の番よ回ってくるな。しかしそれはつまり、目の前で誰かが石を孵すということだ。


 内心うんうん唸っていたヴィカは、自分を除く最後の一人である少女が掌を石の上にかざした時、最終的に石よ孵れと祈った。魔獣が孵った時の対策はあのいけすかない狐顔がきちんと用意してあるに違いないと信じるから、私の番よ、回ってくるな! と最後に祈った。


 そして、泣きながら引き摺られていく少女を見送り、ヴィカだけが残った。

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